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英雄だが嫁が成長するまでは独身だ!5

ゆらり、と大型魔獣の体が傾ぐ。

間合いの外にいた俺は、ようやく手にしていた剣を手放した。


「倒した……」


呟いた声は誰のものか。

さすがに疲れすぎた俺には特定ができなかった。


肩で息をしながらも、俺は周囲に目配せをする。

大型魔獣はもういない。

通常の魔獣も、ほとんど駆逐されたようで周囲にいない。


赤黒く染まる土の中、点々とする白の騎士たち。

その騎士も大概赤いが、わずかな白がこの景色の中でよく映えた。


もういいだろうか。疲れた。

さすがの疲労でふらりと膝をつくと、わっと歓声が沸く。


「倒したぞ! 大型魔獣を全て!」

「強い奴だと思っていたがこれほどまでとは!」

「英雄だ!! もはや英雄の所業だろ!!」


あー、口々に盛り上がってるところ悪いが、まだ油断するな?

俺はサッとジェフに目配せをする。ジェフは心得たとでも言うように、しっかりとうなずいた。


「大型はもういないだろうがまだ魔獣はいる! 警戒を解くな!」

「動けるものは偵察に行け。大型魔獣班は一度教会で休め」


ジェフが怒鳴り、隊長が淡々と指示を出せば騎士は皆冷静さを取り戻して、各自動き始めた。


俺は疲労でもう一歩も動けねぇ。汚れるのも構わず、仰向けに寝転んだ。チッ、魔獣の血でぬめりやがる。

腕は使いなれない大剣を扱ったからか握力腕力ともにないし、少しばかり筋肉がつっている。まだまだ鍛え方が足りねぇかと顔をしかめていると、ジェフが上から覗きこんできた。


「お疲れさん。動けるか?」

「無理。もう一歩も動きたくねぇ」

「動きたくない、ならまだ動けるな」


悪魔の台詞にうげぇと顔が歪む。さすが相棒、俺の事をよく分かってやがる。

それでも自力で歩くには疲労が蓄積され過ぎていて、立ち上がるとよろけてしまった。かっこ悪ぃが、ジェフに肩を貸してもらって教会の中へと入った。


教会の扉をくぐると、礼拝堂に集まっている村人からの視線が突き刺さる。うぉう、何だか居心地が悪い。


その中であの赤毛のちまいのが、とてとてと長椅子の間を駆けてくる。


「おーじしゃまー!」


ぽふんっと俺の足にしがみついてくるちまいの。子供の取るに足らない力なのに、緊張の糸が切れた俺はそれだけでもたたらを踏んでしまった。


「おいコラちまいの。せっかく汚れねぇようにしてやったのに、くっついたらドレスが汚れちまうだろうが」

「おうじしゃま、すごいの! とってもおつよいの! カビーたちをまもってくれたの!」


ぎゅうぎゅう抱きついて離れないちまいのに辟易していると、伯爵夫人が歩み寄ってきた。


「この村を、私たちを守ってくださり、ありがとうございます。夫の代わりに御礼を申し上げますわ」

「当然の事をしたまでです。俺たち騎士、特に白陽騎士団は、民を守るのが使命だ」


さすがに取り繕った態度で夫人に答えれば、肩を貸してくれているジェフが震えた。こいつ、絶対に笑ってやがるな? 後で覚えてろよ。


あぁー、もうどうでもいいから寝させてくれ。こっちは疲れてんだ。休ませろ。


ふらつきながらも歩きだそうとすれば、今度は村人達に囲まれる。やはり口々に感謝の言葉を述べられて、顔がひきつりそうになる。だから囲むな! 寝させろ!


段々イライラして地が出てきそうになっていると、下から舌足らずな声が上がった。


「みなしゃま、おうじしゃまはおつかれなのです! これからおやすみするのです!」


ちまいのの主張に、俺を囲んでいた村人が一歩引いていく。おいちまいの、お前も離れろ。何しれっと抱きついたまんまなんだよ。

だがちまいのを無下にするのは印象が悪いかと言葉を飲み込む。ったく、柄に合わねぇ。


教会のシスターに案内されて、休める場所に移動する。小さな村では施療院も兼ねている教会には施療室があり、寝台が幾つかあったがそのどれもが満身創痍の騎士で埋まってた。

シスターは俺たちを応接室に案内するとソファを勧められる。寝られる場所を整えてくるというシスターに断りをいれて、このままソファを使わせてもらうことにした。行儀が悪いだろうが、仮眠をとるだけならソファで十分だ。


「パトリック、それじゃゆっくり休めよ」

「ジェフも疲れてるんじゃねぇのか?」

「俺はお前のサポートばかりでまだ体力には余裕あるからなー」


能天気に笑ってみせるジェフに俺は肩を竦める。口には出さないが、毎度毎度俺が全力で飛び出していけるのはこいつのお陰だからな。これでも感謝してるんだ。


また何かあったら連絡してもらうことにする。シスターから毛布を受け取りつつソファで横になると、ふと視界の端に赤いのがうつりこむ。


「おいジェフ、このちまいのも回収すんの忘れんな」

「なつかれてるなぁ」


にやにやと面白そうなジェフに、ソファによじ登って、俺とソファの背もたれな間の空間に割り込んだ赤髪の回収を頼む。だがちまいのはジェフが抱えようと腕を差し入れようとしたときに抵抗した。


「うぉ、ちょ、暴れんな」

「いやぁ~! カビーもおうじしゃまとねるの! そいねしてあげるの! よくねむれるの!」


駄々をこねるちまいのに、俺とジェフは顔を見合わせた。これはなかなか離れてくれそうにない。


俺は深々とため息をついた。この時点で俺の疲労はピークに達しており、もう何もかも考えるのがめんどくさくなっていた。


俺はマントと騎士服の上着を脱いで床に脱ぎ捨てる。皺になるかとも思ったが、畳むのすら億劫だ。放置。それから、ちまいのを温石よろしく背中から抱き込んでソファに転がった。


「あーもーうるせー。黙ってろよ。俺が寝たら起こすなよ」


きゃっきゃっと喜ぶちまいの。ちまいのにもかかるように毛布を広げると、ちまいのも大人しくなる……わけもなく。


「こもりうた、うたいましょーねー」


舌足らずな戦慄で、子供の頃乳母がよく聞かせてくれた子守唄を歌い始めやがった。


「静かにしてろ」

「むぐ」


子守唄なんて耳障りなものより、俺には静寂が欲しいんだ。大人に子守唄なんかいらねぇ。

俺の手でちまいのの小さな口を覆う。ふくふくの頬はパンのようにふわふわで、ぷっくりとした小さな唇はしっとりとしてる。鼻も小さくて、俺の手は簡単にちまいのの顔を覆ってしまえそうだ。


「おうじしゃまのおてて、おおきい」


俺はうとうととしながら、俺の手をはぎとったちまいのの声を聞いた。外された腕がぎゅうっと抱き込まれる感触がする。


子供はうるさいが体温は高くて、良い具合にオレの睡眠導入剤になってくれた。



◇◇◇



それを皮切りに、魔獣の大量発生……特に大型魔獣が出現した時は俺を筆頭に魔獣殲滅部隊が組まれた。だがまぁ、一番最初みたいな地獄はなく、ほとんど残党狩りに近かったがな。


同時期に俺が目の敵にしてたヴァーノンがアンリエットと怪しい関係になってたのも手伝って、討伐が捗る捗る。あいつら絶対できてやがるだろ。くそ、浮気するならヴァーノンじゃなくて俺としてくれ……ごほん。しまった、口が滑った。


ランズマン伯爵家とは家位が同じなこともあって、そこから懇意になった。ローズと同い年だったカビーがうちに出入りするのもその頃だったな。


つらつらとそこまで思い出した俺は、不意に現実に引き戻される。カビーが俺の前まで回り込んで必死に何かを言い募っていた。


「パトリック様! こっちを見てくださいまし! そうですわ、一緒に御茶会致しましょう? ローズが先日アンリエット王子妃様から頂いたお菓子をお出ししてくださるそうですの!」

「めんどくせぇ、俺は庭で鍛練してくる」

「まぁ偶然ですの! カビーもお庭にご用がありますのよ!」

「茶会はどうした」

「ローズにお願いしてお庭でお茶にすればよろしいのですわ」

「俺鍛練するつったよな?」

「パトリック様のご雄姿を拝見しながらのお茶なんて贅沢ですわ!」

「んな茶会、ローズは嫌がるぞ」

「うふふ、楽しみですの!」


人の話を聞かない上に、俺ん家で好き勝手するカビーにため息をつく。しかも屋敷の奴等はそれを微笑ましく思ってるから止めやしないどころか積極的に手伝ってくる有り様だ。ローズも何だかんだで何時ものことだと苦笑しながらも応じてしまうだろう。

カビーと出会ってから何十回とついてきたため息をつく。早く大人になってくれないものか。社交界に出るようになってもこれじゃあ頭が痛い。それまでに治って欲しいんだが……。


「パトリック様、ため息をつくと幸せが逃げていきますわ?」

「誰のせいだと思ってやがる」

「まぁ、誰のせいですの? お強いパトリック様を困らせるなんて! このカビーが成敗してくださりますわ!」

「成敗て……その細腕でか?」

「そうですね、パトリック様を困らせるような強敵に対し、わたくしでは力不足ですの……あっ、ではこう致しましょう! このカビーが囮になってパトリック様がその隙をつけば完璧ですの! きゃあっ、二人の初の共同作業ですわ!」


ポッと赤くなるカビーに、俺は愛剣を磨く手を止めて、何度目かのため息をつく。またこいつは突拍子もないこと考えやがって。


「物理的にどうにかするなんてお前には無理だ。だから協力は結構。そんなんで二人の共同作業を消費すんな馬鹿」

「まぁ! カビーはパトリック様を心配しておりますのに!」

「目下の俺の悩みはお前がさっさと大人になって貰うことだな。子供みたいにぎゃーぎゃー騒ぐな、鬱陶しい。俺は無駄なことを喋らない、意思の強くて、敏い女が好きだ」


カビーがピタリと騒ぐのをやめた。そちらを見ると、目を驚愕に見開いてこちらを凝視するカビー。

どうしたんだ?


じわり、とカビーの目に涙が浮かぶ。ここ数年付き合ってきて初めての事に今度は俺が目を丸くした。


「どうしたんだ、おい」

「か、カビーでは、パトリック様のお好みになれませんの? こんなに煩くして、敏くもなくて、意思もたぶん、強くないですの。子供ですの、私ではパトリック様のお嫁様の資格がありませんの」


ぽろぽろと大粒の雨粒を溢すカビー。俺はガシガシと自分の頭を片手でかきまぜた。ちくしょう、伝わってやがらねぇ!


舌打ちすると余計泣かせてしまうかもしれないから我慢する。その代わり、少々乱暴にぐいっと親指でカビーの涙をぬぐってやる。


「お前が子供なのは事実だろうが。デビューも済ませてねぇマセガキが。俺はさっさと大人のイイ女になれつってんだ。心も、体も、さっさと成長しろ。そうしたら二人の初めての共同作業は教会でやってやる」


にやりと唇の端を上げて笑う。

うつむきがちだったカビーが顔をあげた。お、涙は止まったな?


「パトリックさま、そ、それって……」

「二度は言わねぇ。次に言うとしたら、そうだなぁ……お前がイイ女になった時だ」


カビーの表情が一転、花が咲き誇るような満開の笑顔になる。


「はいですの! わたくし、がんばりますの!」

「せいぜい頑張れや。んで、そんなイイ女なら、誘われた茶会をどうする?」


カビーがにっこりと笑って、ドレスを摘まむと俺に礼をとった。


「カビーはこれからローズの御茶会に招待されておりますのでここでお別れしますわ」

「上出来だ」


よしよしと頭を撫でてやれば、頬を熟れた林檎のように染めて、カビーがいそいそと俺から離れていく。別れる前にもう一度礼をして、そそくさとローズのいるだろう場所に向かっていった。


やれやれ、やっと行ったか。これでようやく俺も鍛練ができる。休みだろうが、軽い鍛練は欠かせない。俺は未だにヴァーノンに一歩及ばず、だ。

まぁだが、今まで一歩及ばずだったヴァーノンに対して俺が一歩リードしたことがあるな。


俺はカビーが去っていった廊下を見る。


未来の嫁が走って行った廊下を。


カビーが社交界に出たらこんなにも年の差のある俺の嫁になるなんて言わなくなるかもしれないが……これほどクラヴェリ家の奴らに好かれてんだ、自然と囲われるだろ。つか俺の親が囲う気満々だしな。


どうせ縁談も適齢期を越えたせいか、同世代の女性からはあがってこねぇ。しかも俺の英雄という二つ名を気にしてか再婚希望者ですら縁談をもってこねぇ。


どちみち、俺に残ってんのはカビーぐらいなもんだ。

……いやまぁ、正確にいえばクラヴェリ家に取り入ろうとする意地きたねぇ馬鹿どもからは縁談は来てるから、カビー一人だけということはないんだが。


だが、俺としてもそんな奴らと結婚なんてくそ食らえだ。それくらいならカビーとの歳の差なんて大事の前の小事。今だ恋人も許嫁もいないヴァーノンより一歩リードできるのも大きいな。


妥協だろうが何だろうが、今はまぁ、カビーの好きなようにさせてやる。社交界デビューしたら自由はないと思え。


さて、と俺も部屋を出る。鍛練しよう。じっと物思いに更けるなんて柄にもねぇことをするもんじゃねぇな。


俺は、部屋を出るときふと思い出した。

使用人が勝手に用意した、カビーのためのお菓子と茶が手付かずでそのままだったということに。


俺はやれやれと肩をすくめると、カビー用のお菓子を一つ摘まんで、残りは下げさせた。


焼き菓子のバターの風味が口一杯に広がる。


あー甘い、甘い。

甘くて思わず顔がにやけてしまった。






【英雄だが嫁が成長するまで独身だ! 完】

本編、本編裏話、外伝を経て、ここで完結とさせていただきます。また思い付いたときにでも、番外や後日談が書けたらなと思います。


ブクマ、評価、レビューありがとうございました!

またアルファポリスやTwitterで感想をくださっていた方々、本編のみで終わるつもりが裏話や外伝の構想につながりました。欲を言えば、読者様のヴァーノンの脳内cvを聞いてみたかったです……笑




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