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英雄だが嫁が成長するまでは独身だ!4

大型魔獣。

ここ数十年、魔獣討伐が活発になってたからか、目撃されたという報告がなかったから油断していた。


見上げるほどに大きな巨躯。

鋼のような剛毛。

ぎらぎらと血走った瞳。

何人を食い殺してきたのかが伺える、赤に染まった顋(あぎと)。


それが一体じゃない。

目算して……二十はいるか?


そのうちの一頭と視線が合った。


「……ッ!? 団長!」

「きゃあああっ」


腕を振って、ちまいのを団長へと放り投げる。

団長がちまいのを受けとるのも確認しないまま、俺は剣を防御のために構えた。


「ぐ、う……ッ!?」


突進されて、吹き飛ばされる。


「パトリック!」


なんとか衝撃を殺して受け身を取った。くっそ、腕が痺れた!


「お、おうじしゃま……っ」

「ひぃっ」


ぐずぐずと涙を一杯に浮かべたちまいのと、うっかり今ので目を開けてしまったらしい夫人を、団長は地面へ下ろしている。


「ご婦人方、すまないがここからは走れ。ここは死して尚、我ら白陽騎士団が食い止めるゆえ」


団長が厳しい声音で言う。別の一匹が団長の方へと狙いを定めた。


「行け!」

「ひぃ……っ」

「おうじしゃまぁ……!」


夫人は及び腰になりながらも、必死に娘を抱き上げて教会へと入ってく。その背中を庇うように団長は魔獣の突進を背中に担いでいた大剣でもって防いだ。それでも数メートル後方へ押されてる。


「団長!」

「余所見をするな!」


本能で俺は大きく右へと飛んだ。チッ、さっきのがまた突進してきやがった!


「どうなってんだこれ!」

「ジェフ! さっさと教会行け!」


ジェフの方へ突進していこうとした奴がいるから、俺はそいつへと思いっきり体当たりをして進路を妨害する。


「グルルルルルル!」

「壁かよ!」


大型魔獣はたたらをふんで、俺を睨み付けてきた。

俺は間を置かず跳躍して、その喉元に狙いを定める。

前足でたたき落とされそうになるが、無理やり空中で体勢を変えて、その前足すら足場にして深く突き刺す。


抉るように突き刺さった剣に、大型魔獣は悲鳴をあげてのたうち回る。首をぶんぶん振られて、剣の柄を握ったままだった俺は酔いそうになって手を離した。

暴れる魔獣に踏み潰されないように、着地と共に飛び退く。ボタッ、ボタタッ、とバケツをひっくり返したかのような量で血が滴り落ちてくる。


ふらふらと覚束無い動きをしていた大型魔獣が体を倒して痙攣している。絶命するのも時間の問題か。


一安心する間もなく、自分に向けられた殺気に半ば無意識でその場を飛び退いた。だが、相手は勢いを殺さず追従してくる。


「げ」


ぐわりと大型魔獣の顋が開いた。

剣はさっきの奴の喉だ。

防げない。


食われると思った瞬間、矢のごとく飛んできた団長の大剣が大型魔獣の横っ面を叩いた。俺の体の横に顋がずれる。


「助かった」

「さっさと剣を回収してこい! ジェフ! お前は気力の残ってる奴らかき集めてこい!」

「了解!」


教会に侍女を送り届けたジェフが大型魔獣戦線を離脱する。俺は待ったのきかない大型魔獣どもをすり抜け、さっき仕留めた奴の喉から剣を抜いた。よかった、歯こぼれはまだしてねぇな。


柄まで血みどろだったから、マントで丹念に拭えばようやくしっかりと手に馴染んだ。



◇◇◇



いくら魔獣に慣れているといえども、所詮は小型のものだ。

人間は自分より巨大なものに恐れを抱く。

ただでさえ、それまでの戦闘による負傷等で動ける騎士の数は半分以下にまで減っていた。その上で、大型魔獣を前に怯まなかった奴となるとさらに減る。


団長が、大型魔獣を相手に怯まない奴らの半分を割いて教会の守りを最優先にと指示を出した。残りの半分で直接魔獣退治をしかける。


臨時で、六人一組で班を作り、大型魔獣を相手取る。それでも同時に叩けるのは三匹までだ。奴等は待てができねぇから幾ら気を回していようとどこかで綻びは出てくる。


「パトリック、左だ!」

「チッ」


隊長の声に大型魔獣の正面にいた俺は、大型魔獣の股ぐらを潜るように逃げる。俺らが相手していたのとは別の大型魔獣が突進してきて、俺らの獲物とぶつかった。


「ギァァァァァ」

「グルルルルル」


仲間内でやり出したのをこれ幸いと魔獣の毛を引っ付かんでよじ登る。暴れ馬以上に不安定で振り落とされそうだが、なんとか踏ん張る。


後ろ足から登り、背中を伝って、首に剣を突き刺す。一際大きく吠え、さらに暴れだした。それでも俺は剣が抜けなくほど深く深く突き刺す。

根本まで突き刺したとき、喧嘩を売っていた方の魔獣が噛みついてこようとしたのに気づき、息の根も絶え絶えの魔獣から離脱した。


「あっぶね」

「……馬車やら馬やらから飛び降りるのをよく見たけど、まさか暴れ魔獣からも飛び降りるとはなぁ……」

「おい、剣寄越せ。持ってかれた」

「お前何回目だよ!? 今の剣俺のだからな!? はいこれさっき殺した奴に突き刺してた剣!!」


ジェフはさっき殺した魔獣に突き刺さったままだった俺の剣を回収してくれたようで、一振りの剣を渡してくれた。ちなみに今使ってたのは、ジェフの主張通りこいつの剣だ。また適当に回収しといてくれ。


「後五匹か……」


隊長が呟く。騎士の疲労は濃い。戦闘が長引くにつれ、無事だった騎士も負傷が目立つようになった。三班で動いていた大型魔獣班も、今は一班が消え、今は五人と六人の班が一つずつだ。


突撃してきた大型魔獣がつい今しがた絶命した魔獣から意識がそれる。同じ班の奴が狙われ、なんとか剣でその鋭い爪を防いだが、後方へと吹き飛ばされる。突然の事で受け身がとれなかったのか、起き上がるのに時間がかかっている。あの分じゃ、どこかの骨折ってるな。


意識が吹き飛ばされた奴に向かってる隙をついて、ジェフが魔獣の目に矢を射った。片目がつぶれ、大型魔獣が暴れだす。

俺はまた魔獣に駆け寄ってその喉元に剣を突き刺した。


「ギィィィィィィィアアア」


最初の三体をほふった所で、剣は斬る機能を失った。既に何体も切り結んでいるからしょうがねぇ。だが武器の替えもねぇ。大型魔獣退治の戦法が突きしかないのは心底めんどくさいったらありゃしねぇ。


また一体、絶命させる。剣が抜けないから、潰される前に剣を手放して離脱する。これで残り四匹か。


白い騎士服がだいぶ赤く染まっている。返り血を浴びないほどの強さを手に入れようと、日々訓練してきたが……まだまだだな。さすがに大型魔獣相手に返り血を気にしてる余裕は無ぇ。


「おいジェフ剣を───」


次の獲物に向かうために、ジェフに剣を要求しようと振り返ると、ジェフが別な方向を見て切羽詰まった顔をしていた。


「団長!」


ジェフの視線の先を追う。

そこには一匹の魔獣の爪を防いだものの、別の魔獣の突進に、空へと浮き上がった団長の姿。団長自慢の大剣が手から離れ、別々の場所へと落下する。

普通なら、空中に弾かれようが団長は上手く受け身を取る。それなのに落下を始めた団長は受け身を取ろうとしない───いや、取れないのか!


「団長!」


隊長ともう一人近くにいた奴が、団長の落下地点に駆け出す。どうやら全員、団長が気絶してるのに気がついたらしい。なんとか間に合った二人が、意識の無い団長を受け止める。団長は巨駆なんで、二人して後ろに倒れ込み潰れてるが。


これで三人離脱。隊長はたぶん戻ってくるだろうが、団長を受け止めたもう一人の方はかなり疲労が濃くて限界だろうな。その上団長が抜けるのは、デカい。


どうすべきか、脳内を回転させていると、凄まじい殺気を感じた。咄嗟に本能で大きく前へ飛ぶ。団長に突進をかました魔獣がこちらに狙いを定めて、こっちに突進を仕掛けてきやがった!


「ジェフ!」


剣を、と言おうとして、俺とジェフの間に割り込むように魔獣がいることに気がつく。チッ、邪魔くせぇ!


俺はすぐさま近くに使える武器がないかと探す。何か無いか、何か……。


視界の端に、鈍く光るものを見つけた。一度、教会の方を見る。持ち主は今しばらく戻ってこないはずだ。


なら、俺が借りても問題はない!


俺は迷わずそれを拾った。愛剣の何倍も重いその剣は、振り慣れていないからか、どうしても動作が大きくなりがちだが……。


「足の骨ぐらいは折れそうだな!」


突進してきた魔獣野郎の足を目掛けて、剣を振りかぶる。魔獣の前足に引っ掛かるという絶妙さだ。


魔獣が面白いくらいに顔面から地面へとずしゃっと転んだ。

俺はこれ幸いと魔獣の首を突き刺した。

愛剣と違って体重をかけやすく、ずぶずぶと柔らかな肉へと沈んでいく。


最期の力で暴れる魔獣に振り落とされないよう均衡を保つ。大剣による傷は通常の剣よりも広く、深く、動脈をぶっつりと断ったようで、剣を僅かに抜いただけで血がこぽりと溢れ出る。暴れていた魔獣は出血多量からかすぐに大人しくなり絶命した。


「後、三匹……!」


俺は剣を引き抜いて、血しぶきが上がると同時に魔獣から離脱する。


二つあった班はジェフの指示のもと一つになり、俺の援護に回る。


俺は不敵に笑って見せた。

団長がいなくとも、隊長がいなくとも、やってやる。


俺は正面見据えて、団長の剣を構える。

これくらい軽くいなせなけりゃ、あいつにはまだまだ及ばねぇからな。


俺の闘志はまだまだ燃え尽きちゃいねぇ!

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