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ぼくのおねえさま1

六年後、イレール視点です。

僕はずっとずっと、あの人が好きだった。


小さい頃から僕の頭を撫でてくれた。

小さい頃から僕と一緒にお話ししてくれた。

小さい頃から僕らは約束されていた。


大好きだって僕は言った。

大好きよってあの人も言った。


でも僕とあの人の「好き」って違うんだ。


そう気づいたのは、僕が大人になろうと背伸びをしてから。


あの人が、僕には向けない表情があると気づいてから。


僕には決して向けられないその表情は、僕から目をそらしたふとした瞬間にする。

視線の先には必ず同じ人がいた。


羨ましいなぁ。

もしかして彼は僕の知らない彼女の顔をもっと知ってるのかな。

そう思ったら、いてもたってもいられなかった。


たまーに、彼らが二人きりになる。

他の人に任せてもいいのに、わざわざ彼が見送りをすると言い出す。他の護衛に任せていてもいいのに、彼は「このまま騎士団の方に顔を出す」とかいって、もののついでのように見送りに行く。


僕はそぅっと部屋を抜け出して、二人を追いかけた。今日はカルヴィンが護衛についていた。彼なら少しくらい融通が聞くから、カルヴィン一人を伴って二人を追いかける。


近づき過ぎると人間離れした彼の感知範囲内に引っ掛かってしまうから、ちょっとズルをする。

あの人が帰宅するための道筋を脳内で弾き出して、遠くから様子見ができる場所を探す。

中庭に面した一階の回廊を、中庭を挟んで建つ建物の二階の窓からそっと様子を伺う。


二人が仲睦まじそうに歩いている。

不意に、彼が彼女の肩に手を置いて顔を覗き込むように近づけた。


時間にして一瞬だったと思う。


あの人が怒っている。

頬を染めて、恥ずかしそうに何かを言っている。

彼はそれに気づいている。

意地が悪そうに笑って、身体を離す。


そうしてまた再び歩き出す。


あの人は怒っていたようだけど、すぐに綺麗な微笑みになる。

それは、僕の知らない表情で。

うっとりと蕩けるように甘い微笑みに、僕の心臓が早鐘を打つ。


なんだろう、この気持ち。


親密そうな雰囲気。

あの人は、僕にあんな顔をしない。

いつも穏やかに微笑んでいるのに、彼に向けるのは僕の知らない微笑み。


……羨ましいな。


彼はどうやって、彼女にあんな顔をさせるようになったんだろう。とっても気になる。

いつかは、僕にもあんな顔をしてくれるのだろうか。


……いや、目の前で起きたことをそのまま信じるのならば、僕はそれを理解しているのだけれど。

そして、もし僕が見たものが本当なら、あの人は僕にあんな顔をしてくれない気がする。


「カルヴィン」

「はい」


視線を向けないまま、護衛の名前を呼ぶ。


「今、ヴァーノンがお姉様に何をしたのか見えましたか?」

「……」


答えのない返事にちらりとそちらへ視線を向ける。

彼は微妙な顔で目をそらしていた。


「……なにも、見ていません」


絶対見たでしょう。

さすがカルヴィン、誤魔化すの下手ですね。


もし護衛がカルヴィンじゃなくてジルダだったら、もっと上手くごまかして本当に見たか見ていないのか分からなかっただろうけど。


はぁ、と一つため息をつく。


「命令です、カルヴィン。今見たことは他言無用で。こんなことで僕のお姉様が遠くに行っちゃうのは嫌ですから」

「……かしこまりました」


命令というと、カルヴィンは改まって騎士の礼で受ける。


視線を窓へと戻す。

二人の姿が屋内へと消えていく。


じっと見送っていると、背後でカルヴィンが嘆息した。


「ったく……あいつも、いつからあんなことをしているんだ」

「さぁ……いつからでしょうね」


僕が気づいたのは最近。でも、よくよく記憶をたどってみれば、もう随分と前からあの人はあんな顔をしていたことを思い出す。


きっと今までも、僕の知らないところでこんなことをしていたのかもしれない。

そう思うと、少しだけあの人のあんな顔を引き出した彼が恨めしい。


「……殿下、これからどうなされるんですか。黙っていても、これはいずれ……」

「彼のことです、たぶん色々と逃げ道を用意していると思います」

「かといって、このままはさすがに」

「いいんです、僕に考えがあるので。後で彼と直接話します。人払い、しておいてくださいね」

「はい」


彼の方はどうとでもなると思う。油断は絶対していないと思う。今のアレだって、角度を計算していたように見えるし。目に入ったゴミを取っていたと言われたらそれまでだし。


でもこれは、良い材料になる。

彼との取引に持ちかけられる。


僕はそっと唇の端をあげた。

姿が見えなくなった彼らを見つめて、ことりと窓にこめかみをつけた。


「お姉様、僕に隠し事するなんていけない人ですね」


あなたは僕のお姉様なんですから。

僕の模範となるような人でいないといけないじゃないですか。

それに彼だって、僕の師匠(せんせい)です。


「僕の知らないこと、色々と教えてもらわないといけないですね」


お姉様についても。

この気持ちの伝え方についても。


……二人に教えてもらうことが沢山あって、どれから教えてもらおうか迷うけど。


お姉様とはまたしばらく会えないので、先にヴァーノンから教えてもらうのが筋かな。






───お姉様と仲睦まじく(なかよく)なる方法を。

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