騎士と猫のような妖精1
ヴァーノン視点です。
初めて彼女を見かけたのは、画家である俺の兄のパトロンを勤めてくださっているクラヴェリ伯爵家のパーティーだった。
宴もたけなわといった頃というのに、彼女は壁を背に退屈そうに行き交う人々を眺めていた。
美しく、眩いほどのブロンドヘアーははわふわと背中で波打って、エメラルドの瞳に反射する輝きに見惚れた。
瞬きするのも惜しいほどに可憐で美しい女性だというのに、俺が彼女を観察し初めてから誰一人として彼女に声をかけようとはしない。
もしかして、彼女は妖精で俺以外には見えていないんじゃないか?
一瞬よぎった考えを、俺は打ち消した。最近なつかれているクラヴェリ家の末娘ローズ嬢に読み聞かせてやっている童話の影響か。俺らしくないと自嘲する。
「ヴァーノン、何見てんだ?」
声をかけられ、そちらの方を向く。
パトリック・クラヴェリ。クラヴェリ家の次男で、俺の剣の教え子の一人だ。
俺は一瞥だけをして、また視線を戻した。もし彼女が妖精だったら、目を離した一瞬のうちに消えてしまうかもしれないと思ったからだ。
彼女は先程のまま、同じ場所でぼんやりと遠くを見やっていた。
俺はじっと彼女を見つめる。もしかしたら、彼女が俺の存在に気がつくかもしれないと。
「ヴァーノン、何を見て……って、ああ。あいつを見てんのか?」
俺の視線の先をたどったパトリックが忌々しげに言う。
あいつ? もしかしてパトリックは彼女の事を知っているのだろうか。
「パトリック、彼女を知っているのか?」
「知ってるも何も、ヴァーノンは知らないのか?」
「存じ上げていないな」
眉を潜めて言えば、パトリックは嫌そうに顔を歪めた。
「……俺に聞かなくとも、イレール殿下の側付きになったのなら、幾らでも会うだろうから紹介してもらえば?」
殿下に関わる人間なのかと思って、先日から主と仰いでいる幼くも貴きお方の顔を浮かべる。
彼と関わりのある女性か……王家付きとなるくらいの身分あるメイドに彼女のような者がいただろうかと記憶を掘り返すが、残念ながら思い当たらない。
それ以外となると……
「アンリエット・エマ・ムーリエか?」
「正解。ちっちゃい奴が可愛くて可愛くて仕方のない幼児性愛者だ」
「彼女が幼児性愛者? そんな風には見えないが」
そんな危うい人物には見えないが……
「じゃなきゃローズに餌付けして可愛がらねーし、そもそも御年十歳の殿下と内々の婚約なんてしねーだろ。つか、婚約を理由に嬉々として会いに行ってるじゃねーか」
それは普通に子供を可愛がる類いでは。
そう思って言い返そうとした矢先、パトリックはこちらに話す暇を与えずに話続ける。
「あいつが危ない趣味をしてるって皆知ってるから近づかねーんだよ。あいつとは幼馴染みだからな。俺もよく知ってる」
今にも舌打ちしそうな勢いのパトリックをもう一度一瞥をして、視線を戻した。
そうか、パトリックの幼馴染みだったか。
それならきっとそうなのだろう。彼が言うとおり、確かに皆彼女を避けるように……むしろ無視するかのように過ごしている。
俺は彼女を妖精から一転、殿下を惑わす危険人物として目に焼き付けておく。彼女が殿下と二人きりになるようなことにならないないように気を付けなければ。
そうこう思っているうちに、彼女はクラヴェリ伯爵ご令嬢であるマリー嬢に話しかけられ、壁から背を離して人混みに紛れ込んでいった。
短い時間だったが、俺の中には妖精のように可憐な少女の姿が、しかと焼き付いて離れなかった。
◇◇◇
俺は翌日、殿下に剣の持ち方を教えながら話を聞かされていた。
「そういえばヴァーノン、久々にほかの先生たちのつごうが合わずおひまになる日があるのです。ヴァーノンも、その日はけいこをお休みさせてくれますか?」
「まだ剣を持ち始めたばかりだからあまり鍛練をおろそかにしてほしくはないが……」
渋い顔をする俺に、殿下は必死に言いつのった。
「お姉さまをおよびしようかと思うのです! おべんきょうばかりでもうずっと会っていないのです!」
お姉さま……はて、王族には王女はいなかったはずだが……
「ヴァーノンははじめましてですよね? アンリエットお姉さまはとてもおやさしくて、すてきなお姉さまです! きっとヴァーノンもきにいりますよ!」
アンリエット嬢。
その名前に眉を潜めた。
聞いたばかり故、殿下には会ってほしくないのだが……
「……昨夜、クラヴェリ伯爵家のパーティーにて、少しだけお姿を拝見した」
「えっ!? ほんとですかっ?」
殿下が木剣を落としそうになって慌てて握り直される。そんなに驚くようなことだろうか。
「ヴァーノン、お姉さまはどんなドレスをきていましたか! おしえてください!」
「その前に素振りを百回だ。先程から手が止まっているぞ」
「ふります! ふりますからよこでお話をしてください!」
俺は殿下が素振りをされる横で、彼女の姿を思い起こした。
「……ライムグリーンの光沢ある生地が基調となった裾広がりのドレス。腰のあたりから透き通る白が重ねられて、ピンクやイエローの花飾りが咲いていた」
まるで森に住む妖精のような雰囲気の少女だった。
見たことありのままを伝えれば殿下はこちらへと視線を向けてくる。
「うらやましいです!」
「手を止めるな」
厳しく言うと、殿下は振っていた木剣を振りだす。ただ、その顔は集中しているとは言いがたい。
「ぼくもっ、はやくっ、パーティーにっ、でたいですっ!」
まだ剣を持ちたてならこんなものか。速さも重さも全然足りない。集中力は普通よりあると聞いていたが、話題選びが悪かったのかあまり集中できていないな。
殿下のひととなりは大体把握してきた。明日から、本格的なメニューを組始めるとするか……。
腰にはいた剣の柄に触れる。セザール様から「幼いうちからしごいておけ」と言われたので遠慮する気は毛頭無い。内政面ではローラン殿下がいらっしゃるから、セザール様はできればイレール殿下を軍事面での補佐に据えたいとお考えだ。
王族ゆえのお立場を、今の内から押し付けられて憐れに思うものの、俺はセザール様に言われた通りにするだけだ。やれと言われたからには徹底的にやる。
「ひゃくっ!」
「もう後二百回だ」
「ふえました!?」
殿下が泣きそうな声で訴えてくるが、話す余裕があるなら剣を振ってもらおう。
口角をわずかにあげて笑う。
心配はいらん。すぐにそれに慣れるだろうからな。




