25.秘技甘々口封じ
私は何も言わないで胸のドキドキと頬の熱が収まるまで顔を抑え続けた。
殿下がヴァーノンの手を払ったので、私の体からヴァーノンの手が離れる。
……うん、そろそろいいかしら。
落ち着きが戻ってきた私はそろりと顔から手を離す。
横から覗きこんでいた殿下と視線があって、私は思わずのけぞる。せっかく収まった胸の鼓動が、また激しく鳴り出した。
対する殿下は私の行動にぴしりと固まった。
あっ、わ、私のせい? もしかして殿下を傷つけてしまったっ?
「で、殿下?」
声をかけると、彼はさっと顔を下に下げてしまう。覗きこもうとしたら、背を向けられてしまった。
私は思わずヴァーノンを見上げる。
ヴァーノンは相変わらず意地の悪そうな笑みを浮かべて、くくっと肩を震わせた。
「ヴァーノン、これはいったいどういうことなの」
「男として見てもらうためにどうしたら良いのかと聞かれたので、指導したまでだが」
しれっと言ってのけるヴァーノンに私は唖然とする。
「……こんな破廉恥な指導、殿下にさせないで」
「破廉恥とは心外な。俺とは平気でやっていただろう?」
つつ……と先程まで殿下と触れ合っていた唇に指を這わせる。その手をぺしっと弾けば、ヴァーノンは私が叩いた手の甲にキスをした。
わ、私にキスしてくるよりも恥ずかしいことしないで……!
真っ赤になってふるふるしていると、突然膝が重くなる。見てみれば、殿下が私の太ももを枕にソファに仰向けになっていた。腕を顔の上に持ってきているから表情が見えないわ。
「お姉様は、僕のことお嫌いですか……」
今にも泣きそうな、切なそうな声。
私は困ってしまって、さらさらとした殿下の髪をゆっくりと撫で付けた。
「嫌いじゃ、ないわ」
「それならどうして僕を拒否するんですか」
たぶん、この間の言葉とさっきのけぞった事を言っているのね。別に、拒否している訳じゃないのだけれど……
「驚いただけだから、気にしないで」
「気にします。お姉様はヴァーノンが好きで、ヴァーノンもお姉様が好きなんでしょう? 僕と婚約してるのにキスするくらい、好きなんでしょう?」
それを言われてしまえば私は反論できない。
……知られたら、殿下を傷つけることくらい知っていたはずなのにね。私はやっぱり馬鹿だわ。
「殿下は、ヴァーノンといけないことをしている私が嫌い?」
「……悔しいです」
悔しい?
思いがけない殿下の言葉に私は手を止めた。いつの間にか殿下はその手を伸ばしていて、私の頬へと添える。
「僕がもっと早く生まれていたら……お姉様にもっと早く男として見てもらえていたかもしれないのに」
年齢の壁は越えられない。
確かに、私の婚約者がもっと私と年が近かったら、ヴァーノンに目移りすることなく殿下と恋をしていたかもね。
でも現実はそうではなくて。
「……ヴァーノンなんて嫌いです」
殿下が寝そべったまま、ソファの隣でこちらを見下ろしているヴァーノンを睨む。
ヴァーノンはふっと笑った。
「何度も言っているが、嫉妬するくらいなら、俺を彼女から引き剥がせばいい。一言、この部屋を出ていけと命じろ」
「……ヴァーノンなんて嫌いです」
もう一度同じことを言って不貞腐れた殿下に、私はぱちりと目を瞬かせた。
嫉妬。
嫉妬と言ったの?
殿下がヴァーノンに嫉妬した。
ようやく、殿下の瞳の奥に灯されたほの暗い炎の正体に気がついた。
きっとそれは嫉妬だったんだわ。
それも、小さい子のような独占欲ではなく、男の愛と執着にまみれた嫉妬。
嫉妬をするくらい、彼は大人になっていたのね……。
「……ヴァーノン、潮時だわ。あなたが何を言って今こんな状況になったのかは分からないけれど、殿下はもう立派に成長されたわ。きっと今が、約束の時よ」
殿下の腕に触れる。殿下は顔から手を退けようとはしない。
ヴァーノンによって上向かされる。かち合った視線。
「俺にどうしてほしいと?」
「ただの護衛騎士ならまず部屋の外に出るべきだわ」
「それは聞けない」
はい?
さっきあなた自分で殿下に「この部屋を出ていけと命じろ」と言ったばかりじゃない!
「俺は殿下の護衛だからな。殿下からの言葉なら仕方なしと従うが、貴女の言葉に従うつもりはない」
唇の端を上げ、いつものように不敵に笑うヴァーノン。
彼の言葉は確かに一理あるけれど……なんか納得いかないわ。
「私とあなたのことなのよ? ここは引き際をわきまえるべきよ?」
「俺を誘ったのは貴女だろう」
「その私がやめましょうと言っているのよ」
「だが今はまだやめる必要はない」
ああ言えばこう言う。
いくら押しても手応えのないヴァーノン。いったい何が言いたいのよ。
「殿下。殿下も私とヴァーノンの関係が嫌なら、きっぱりと言ってください」
殿下はそっと顔から腕を離した。
じっと私を見つめてくる。
「嫌です」
…………………………………………………なんで?
「えっ、あの、殿下、嫉妬していたのでは?」
「たぶん嫉妬してますよ」
「それならやはり、ヴァーノンか私を遠ざけるべきでは?」
「どうしてですか?」
どうしてって。
私が逆にこの状況にどうしてって聞きたいのですけれど!?
分かんない。二人がいったい何を考えているのか私には分からない。
殿下とヴァーノンが視線を交わした。何やらアイコンタクトをしているようだけれど、私にはさっぱりその意図は汲み取れないわ。
「……殿下、一応言っておきますけれど、私は殿下がいるのに浮気をしたのよ。普通ならそれだけで重罪、お家とり潰しの可能性もあるのよ?」
「知ってますよそれくらい」
「それではなぜこんな状況になっているんです!?」
私はとうとう声をあげた。
殿下もヴァーノンも、やることなすこと全部矛盾しているわ!
「いい加減、私にも話しなさい! 何を企んでいるの!」
ヴァーノンの手を振りほどき、殿下の手も下におろさせる。ヴァーノンと殿下を、交互に睨み付けた。
二人とも再びアイコンタクトをとる。それがなんだか、無性に腹が立つ。
「殿下、何を企んでいるのですか。全てお話しください」
「企むも何も……ヴァーノンがさっき言ったことそのままです」
「さっき言ったとはどれのことですか」
「指導です。ヴァーノンには僕の師匠としてまだまだ教えてもらわないことがあるのです」
「学ぶべきものをお間違えですよ、殿下?」
私はにっこりと微笑んだ。
それはもう、公爵令嬢にふさわしいとびきりの、よそ行きの笑顔で。
「ヴァーノンはあくまでも剣の師ということで殿下に指導しているはずです。それ以外は職務範囲外かと思われますが、いかがでしょうか?」
「職務範囲外だが、これは俺の好意だ。殿下から騎士としてではなく、ヴァーノン・ベルレアンとして頼まれた」
「静かになさい、ヴァーノン。私は殿下と話しているのよ」
「黙るのは貴女だ、アンリエット」
影がかかり、強制的に上向かされる。金の瞳が近づいて、強引に私の唇を奪った。
「……っ!」
「お姉様……僕はもう子供ではありませんが、かといって大人の恋愛事情に精通しているわけでもなく、ましてや恋愛なんてしたこともありません」
殿下が身を起こし、私の腰に腕を絡めた。顔を耳に寄せて囁く艶やかな声が、脳内で反響する。
「だから、ヴァーノンに協力してもらっているのです。それくらいいいでしょう? お姉様、僕のわがまま聞いてください」
ひぁぁぁ……! みみ、耳! 殿下、耳元で喋らないで!
殿下の声を脳に響かせ、口内はヴァーノンに翻弄される。あんっ、これ、さっきと、逆!
殿下とヴァーノンの役割が交代しても、私の不規則な鼓動は止まらない。ばくばくと暴れてる。
反論したくても、反論できない。ヴァーノンに口を塞がれているから。
暴れたくても、暴れられない。いつの間にか殿下に両腕を背中に回されて拘束されてる。
……なに、この軽い拷問!
何がどうしたら婚約者と浮気相手に同時に拘束、あまつさえ一蓮托生されて攻められないといけないのよ! 責められるならまだしも、攻められるのは納得いかないわ!
「……んんん!」
「恥ずかしいですか、お姉様。大丈夫です、今だけですから。ヴァーノンとお姉様のキスを見て、僕よく学びますから。いずれヴァーノンのいないところで、二人きりで甘い時間を過ごせるように」
見ないで殿下ぁぁぁ!!
私とヴァーノンの濃厚なキスを! そんな至近距離で見ないでぇっ!
「ヴァーノンとキスしているお姉様はとっても幸せそうです。目がとろんとしていて、頬なんか熟れたリンゴのように上気していて、零れる吐息が何て言うのでしょうか……かんのう的? です。見ていて、僕もキスをして差し上げたいです」
殿下そんなこと解説しなくていいですぅぅぅ! 私を羞恥心で殺す気ですか!
し、しかも、か、かかか官能的だなんて!
誰ですか! 私の可愛いイレール殿下にそんな言葉を教えたのは!!
ヴァーノンか! ヴァーノンだわ! ヴァーノンに違いないわ!
私は二人の鎖から離れようと身を揺らすけれど、二人とも手離してはくれない。
うぅ……どうしてこうなったの……。
釈然としないまま、キスで丸め込まれてしまった私は、結局、意識が朦朧とするまで、殿下に見られながらヴァーノンに唇を吸われ続けた。
その後も何度か殿下とヴァーノンに言い募ろうとする度に、どちらかの唇で口を塞がれ、体も押さえ込まれることが何度も続いた。
ここまでされているのに、未だに私の純潔が散らされないのは殿下が子供ゆえか、ヴァーノンの理性が鉄壁なのかは分からないけれど……正直、彼らのやっていることは倫理的にどうなのというのを、お屋敷に戻ってから気づいた。
ヴァーノンとこの関係を始めるときに決めた約束のこともある。
二人が何を企んでいるのか、殿下の言葉の端々で気づいたことはあるけれど……。
でも、こんな現状、そのままにしておいたら駄目だわ。
私から誘ったことだもの。なんとかヴァーノンを説得しなければ。
私はそう思って、ささっと手紙を書くと、マリエルにお願いして、ヴァーノンに届けるようにと伝えた。
三人でいるときに切り出すからいけないのよ。
殿下の我が儘に付き合わされて、いつ切れるか分からない綱渡りをヴァーノンにさせるわけには行かないわ
こうなったらとことこん、二人で話し合うまでよ。




