24.騎士流キスレッスン
私は王宮の一室でメイドに囲まれながら、あれよあれよ着飾られていた。
スカイブルーのAラインのドレスは、腰の辺りにベルトのようにキラキラと銀のビーズたちが散らばっている。
スカート部分がシンプルにさらりと流れて裾の辺りでフリルがあしらわれている。それ以外の装飾がスカートに見受けられない代わりに、オフショルダーの上半身は白色の花の刺繍がふんだんにあしらわれていた。
金色の横髪をいつもより多く残して巻いて、ふわふわにする。後ろはうなじが見えるように結い上げる。小粒の宝石を上げた髪に散らし、首もとには以前殿下から頂いたラピスラズリのネックレス。
殿下が監修したというドレス。控えめだけれど、私の年を考えれば派手すぎないからありがたい。綺麗なスカイブルーが殿下の髪を思い起こさせてくれて、それがちょっぴり恥ずかしいかしら。まるで殿下に「僕のものです!」って主張されてるみたいなんだもの。
メイドによる細かい詰めの採寸などをされると、ようやく解放された。
一度殿下にお見せくださいと言われ、応接室へ続く扉を開いた。
メイドにドレスの裾を持ってもらい、いつもの応接室へと戻るとイレール殿下とヴァーノンが待ち構えていた。
ドレス姿の私を見た瞬間、殿下がぱぁっと表情を輝かせる。
「お姉さまよくお似合いです!」
「ありがとうございます。素敵なドレスで私も気に入ったわ」
約束していた、殿下からのドレスの試着。まだこれで完成というわけではないけれど、殿下らしい可愛らしいドレスのチョイスに私は大変満足だわ。
満面の笑みで殿下が私の手をとってエスコートをしてくれようとしたとき、それを遮る手があった。ヴァーノンだわ。
「ヴァーノン?」
「殿下、アンリエット様に触れる許可を」
他人行儀なその言葉はメイドの目があるからこそ。
何かを察したらしい殿下はむっと眉を潜めながらも許可をした。
「仕方ないですね。僕じゃまだ身長が足りないので」
エスコートをしようとした手を殿下は引っ込めた。
え? どうして?
行き場のなくなった手をさ迷わせていると、器用に膝の裏に手が回されて、視界がまわった。
「失礼」
耳元をくすぐるヴァーノンの吐息。驚いて顔をあげれば、すぐそばにヴァーノンのお顔。
六年経って、貫禄が増したものの、まだ二十代という若さあふれるお顔が私を見つめて微笑んでいた。いつも意地悪で野性味のあるお顔なのに、時折私にだけ見せてくれるこの柔らかい表情が、私は好き。
「……ヴァーノン」
恨めしそうな声に私はハッとする。しまった、二人の時にしか見せてくれない貴重なヴァーノンの表情に油断したわ!
はね上がる私の心臓とは対照的に、ヴァーノンはいつもの表情になって顔を上げた。
「君たち、下がっていいよ」
殿下が私に付き従っていたメイドたちを追い返す。私のドレスを持っていたメイドも下がっていった。
あ、そういうことね。
ヴァーノンが私を抱き上げたのは、汚れないようにと裾を持っていたメイドも一緒に人払いしたかったからかしら。殿下が「僕じゃ身長が足りない」と言ったのも、彼では私を抱き上げてもドレスの裾を引きずっちゃうかからかしら。
こういうところで、殿下の幼さを思い知らされる。
もう私の身長を追い越してしまったとはいえ、まだ延びしろはあるわ。王族の身長を考えれば、ヴァーノンほどはないにしろ、もう少しは延びるはずだもの。
メイドを下がらせた殿下がこちらに歩み寄ってくる。
さらりと私の横髪をすくった。
「もう少し待っていてくださいね。今にきっと、ヴァーノンに負けないくらい格好いい騎士になりますので」
私の金糸にそっと口づける殿下の真剣な眼差しに、思わず笑ってしまった。
「ふふ」
「どうしました?」
「昔交わした約束を思い出して」
いつだったか……そう、殿下が私とダンスをしてください仰ったときだわ。あの時はまだ殿下の身長が足りなくて、格好いい騎士様になったらダンスをしてくださいねと約束をしたのだけれど、どれだけ格好よくなればいいのかと聞かれて、私ってば咄嗟にヴァーノンの名前をあげちゃったのよね。
殿下が眉間にしわを寄せている。その間にも私はヴァーノンによってソファへと座らされていた。
「……約束って、何かしましたっけ」
「ふふ、十歳の頃のお話ですよ。覚えていらっしゃらないかしら」
殿下が真剣に頭を悩ませているけれど、出てこないらしい。
私がちらりとソファの横に立ったヴァーノンを見ると、彼は当時のことを覚えているのか、面白そうに目を細めている。
「ダンスのときか?」
「ええ、そうです」
やっぱりヴァーノンは覚えているのね。
ダンスダンス……と殿下は思い出そうとしているけれど、どうやらおぼえていない様子。
「大きくなったらダンスをしてくれますかと聞いた覚えがあるんですが……それですか?」
惜しいわ。確かにその会話もした気がするけれど。
「ヴァーノンくらいに大きくなりたいと仰った殿下に、鍛えて格好よくなってくださいと言ったら、殿下にどれくらい格好よくなればいいのか聞かれたんです。そのときに私がヴァーノンくらい格好よくなってくださいねとお答えしたら、先程と同じようなお言葉を言われたんですよ」
「本当ですか」
殿下はさっぱり覚えていないらしく、複雑そうな表情をされる。ようやく体も動いて、私の横に座られた。
「本当です。ね、ヴァーノン」
「ああ」
ヴァーノンに同意を求めれば、彼も頷く。
殿下は自分の事なのに覚えていないことが悔しかったのか、むぅ……と唸った。ふふ、仕方ないわ、だってもう六年前のことだもの。幼いときの記憶なんてあっという間だわ。
殿下の様子を微笑ましく見ていると、不意に殿下と視線が合った。海色の瞳が、私の瞳を射抜く。
私はどきりとした。
この間見た、あのほの暗い光を見た気がした。
「お姉様」
殿下が口を開く。
私は努めて平静を装う。
「何でしょう、殿下」
鼓動が早まった気がした。緊張ゆえか、鼓動の音が大きく聞こえるんだもの。
「お姉様はその時からヴァーノンが好きだったのですね」
びくっと体が震えた。
そうだった。殿下は私とヴァーノンの関係を知っていらっしゃった。私は油断して、自分からこの話題を振ってしまったようだわ。
突き刺さる殿下の視線が痛くて、私は目をそらす。視線の先にヴァーノンのブーツが見えた。顔をあげて、彼の顔を見る。
……え、何その顔。
ヴァーノンは唇の端を上げ、相変わらず面白そうに目を細めていた。
……すごく、意地悪な顔だわ。
視線が合ったヴァーノンになんでそんな顔をするのかって聞こうとして、彼に肩を掴まれぐいっと体の向きを変えられた。殿下と目が合う。
えっ、どうして?
もしや、これは?
「お姉様、ヴァーノンとばかり見つめあっているなんて、お仕置きです」
お仕置き?
およそ殿下の口から聞くとは思わなかった言葉が飛び出てきたわ。なに、お仕置きって。私、何をされるの?
殿下が顔を近づけてくる。
私は逃げようとするけれど、後ろにはヴァーノンがいて、私の退路を断っている。
「ほら殿下。リベンジされるんだろう?」
リベンジ???
今リベンジって言った???
なんの????
ばくばくと心臓が飛び出しそうになるのを抑えながら、私はヴァーノンと殿下から逃れようとする。品もなくバタバタと手足を動かしていたけれど、意味がなかった。
殿下が前回のようにドレスの裾を膝で踏む。ヴァーノンに肩を掴まれているので、腕も思いきり動かせない。
殿下が私の顎を持ち上げた。
そこで気づく。
もしかして、リベンジって……!
理解したと同時に、殿下の瞳が振ってくる。
それと共に感じた唇の感触。
突然のキスに、私は息を止めてしまった。
触れるだけじゃない。噛みつくようなキス。
驚いて目をみはっていると、耳元で擽るようなハスキーボイスが囁かれる。
「アンリエット、息が止まっているぞ。呼吸しろ」
呼吸しろって言われましても!
私は殿下の色っぽいお顔を直視できなくて目をつむる。すると、暗闇の中で、ヴァーノンがさらにおかしなことを言い出した。
「殿下、そのまま舌で彼女の唇を舐めろ」
「……!?」
私は驚いて目を開こうとして、自分の唇を撫でた生暖かい感触に一層強く目をつむった。
な、なななに!!?
今の殿下の仕業ですか!?
「彼女が口を開くまで、舐め続けろ」
ヴァーノンが私の耳元で殿下へと指示を出す。殿下はその通りに私の唇をぺろぺろと舐め出した。
ひゃ……、な、何この状況……!
私の唇を蹂躙しているのは殿下なのに、何故だかヴァーノンに犯されている気分になって、私はぞくぞくと背筋をせりあがってくる何かに必死に耐える。
何なのよこの状況~!
声を出したいけれど、出せれない。
なんたって、殿下が私の口を塞いでいるのだから。
……ああ、もう、だめだわ。
止めていた息が、続かない。
「……っ」
私が胸一杯に呼吸をするように口をあけると、私の唇を舐めていた殿下の舌が行き場を失って止まった。
キスが終わった?
それなら今のうちにと殿下の体を押し退けようとすると、ヴァーノンがまたしても私の耳元で囁く。
「口が開いたな? 互いの舌を絡めるんだ」
ヴァーノンの指示で、殿下が私の口に侵入してきた。
ひぁぁぁぁぁ!! どうしてぇ!!
殿下のキスが濃厚なものへと様変わりして、私の体は硬直する。
苦しかった呼吸を再開すれば、殿下の吐息が喉の奥へと伝わっていく。
……むり、むりむりむり!!!
まって、まって、まって!
ヴァーノン、私たちのキスを見ないで聞かないで!
弟のように思っていた殿下に、口の中を蹂躙されて体から力が抜けそうになる。耳元では相変わらずヴァーノンの吐息が吹きかかっているし……二人の男性から迫られているこの状況にどう対応すればいいのか分からなくなる。
私はたまらず殿下の服を掴んだ。
しばらくそうして殿下の猛攻に堪えていると、だんだんと頭に霞がかってくる。あ、駄目だわ、空気が足りない。
服を掴んでいた手にも力が入らなくなって、手が投げ出された。
ようやく私を解放してくれた殿下が自分の唇を舐めながら頬を赤く染める。
「お姉様」
殿下がふにゃっと笑ったのを見て、私はたまらず顔を隠した。




