表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/56

21.騎士様譲りの意地悪な笑顔

ソファに押し倒された私は、跳ねる鼓動を必死に抑えた。

嫌な汗が、背筋を流れる。春先だと言うのに、殿下の瞳を見つめられると、ひやりと体が冷えた。


「ヴァーノンとしていたこと、教えてください」


もう一度、殿下が繰り返す。

私は、緊張で震えそうになる体をなだめた。


「ヴァーノンとしていたこと……ですか?」

「そうです」

「それは困りましたね。殿下にお教えするような何もないわ」

「お姉様」


殿下の言葉が、氷のように冷えたものになる。


「僕は子供ではないのです。お姉様とヴァーノンがこういうことをしていたのを、知っているのです」


殿下の言葉と一緒に、さらりと私の視界を青みがかったシルバーが覆った。それと同時に、唇に柔らかな感触が降ってくる。


それが殿下の唇だと理解するのに、時間はかからなかった。


触れるだけのキス。

それでも息を止めて、私は目を見開いた。


甘く痺れるような衝撃に呼吸をするのを忘れた。私、殿下にキスをされてるの? 苦しくなった頃、殿下が顔を離す。

その切なそうな顔に、胸がしめつけられた。


「三ヶ月前、お姉様とヴァーノンが退出された後。僕は言い忘れたことがあって、追いかけたんです。そうしたら、遠目ではありましたが通路の壁に寄って、お姉様とヴァーノンが抱き合っているのを見ました」

「そ、それは……」

「キス、していましたよね」


見られていたことへの恥ずかしさと、知られてしまったことの罪悪感で、私は殿下をまともに見られない。

顔をそらせば、殿下がつつ……と首から鎖骨にかけて指でなぞる。びくっと体が震えた。


「昔から、ヴァーノンとお姉様の仲の良さにもやもやしていました。僕のいないところで仲良くなったお二人に嫉妬して、ヴァーノンに意地悪したのを覚えていますか?」

「ええ……私がヴァーノンと出会った頃のお話かしら。殿下がメイドにあれこれ言いつけて、ヴァーノンを困らせていましたね」

「よく覚えていらっしゃる」


くすりと殿下が、笑った。

それからほの暗い炎を瞳に宿して、私を見下げる。その瞳に、ぞっとした。


初めて、殿下をこわいと思った。

ヴァーノンの瞳のような熱ではない、それ以上の何かが潜んでる。

本能が警鐘をならした。


「……で、殿下、まだ婚姻前ですし、このような体勢は……」

「ヴァーノンとはキスしていたのに、ですか? しかも王宮のあんなところで」


殿下の正論に、どくどくと心臓がはねる。

あぁ、いつ以来かしら。こんなにも、心臓が騒がしいのは。


身体中を巡る熱と、激しい動悸、くらくらと頭に血がのぼる。


この熱量を感じるのは、いつぶりかしら。


「殿下、そんな意地悪を仰らないで……」

「いけないことをされたのはお姉様ですよ。僕というものがありながら……」


殿下がぐっと顔を近づけ、囁く。

声変わりをして昔ほど声は高くなくなったけれど、よく通る甘ったるいテノールの声。きゅんっと私の胸を締め付ける。


「殿下、耳元でしゃべらないで……」

「いいえ。お姉様によく聞こえるようにお話しさせてください」


ぞわぞわと背筋に得たいの知れないものが這い上がる。

やめてー! 耳元で囁かないでー!!


ヴァーノンとは違うタイプの声。私に向けられて囁かれているのだと思うと、言い様のない悦びが体支配するの。しかも壮絶な色気があって、腰がくだけそうになる。


しめつけられる胸がつらくて、潤んだ瞳で殿下を見上げれば、殿下はごくりと喉をならした。


「お、姉様……」


ほの暗かった殿下の瞳に光が差す。

ほんのりと、頬が赤らんだ気がした。


しばらく二人で見つめ合う。


あぁ……ほんとに時間が流れるのは早いこと。

気づかないうちに、「弟」だと思っていた存在は「男」になっていたんだもの。


そっと殿下が私の頬に触れた。

熱がじんわりと伝わる。

私の知らない表情で、彼は私を見つめる。


「殿下……」


キィ……。

扉が、開く音。


びくっと私と殿下の体が震える。


扉の向こうには一人の騎士。

見慣れた黒髪に、金の瞳の騎士。


私が口を開く前に、殿下が身を起こした。


「ヴァーノン……」


ヴァーノンは扉を閉めると、その扉にもたれかかった。

そうして目をつむる。


……って、いや、あの?


「ヴァーノン……何して……」

「何って、護衛だが?」

「えぇ……?」


私が思わず変な声で呻くと、殿下はため息をついた。


「……ヴァーノン、誰も入って来るなって言っておいたのだけれど」

「俺は護衛だ」

「護衛もいらないって言ったのだけれど」

「別に俺は気にしないから、続けてくれ」


はい??

続けるって何を??


「えっと……あの……」


私はゆっくりと身を起こす。

殿下とヴァーノンを交互に見比べる。


殿下は恨めしそうにヴァーノンを睨み付けると、ソファから立ち上がって、ぐいぐいとヴァーノンを引っ張り、部屋から追い出そうとする。


「ヴァーノンは絶対に出ていってくださいー!」

「俺は気にしないから続ければ良い。正当な婚約者なのだから、遠慮することはないだろう?」


殿下も鍛えているはずだけれど、さすがはヴァーノンというべきかしら。全く微動だにしない。


「いいから出て行ってくださいってばー!」

「何故だ」

「ヴァーノンはお姉様の可愛い顔をいっぱい見ているじゃないですかー!」

「好いた女の可愛い顔を見たいと思うのは普通だと思うが?」

「これだから開き直ってるヴァーノンは!!」


えっ?

ええっ?

ちょっと待って? 何を言っているの?

殿下とヴァーノンは何を言い争っているの?


私が目を白黒させていると、ヴァーノンを外に出そうとするのを諦めた殿下がこっちに戻ってくる。

幼い頃のようにぎゅっと私を抱き締めた。昔と違うのは、前は私がすっぽりと彼を抱き締めていたのに、彼が私をすっぽりと覆っている点だ。


「ヴァーノンは僕のいないところでお姉様に可愛い顔をさせたんでしょう! もう十分じゃないですかー!」

「その俺からあれこれ聞き出したろう。お手並み拝見くらいさせてもらってもいいじゃないか」


何のお手並みを拝見するつもりなの!?

しかもヴァーノン、あなた殿下とグルなの!?

私の可愛い顔って何!?


私の知らないところで、二人が何かを企んでいる。

というより、取引してる?


「で、殿下……?」


そろそろと殿下の顔を見上げると、殿下は私を見下げた。


……ヴァーノン譲りの意地悪な笑顔で。


ひぇっ……。


思わず顔がひきつる。


「お姉様……」


お砂糖を煮詰めて蜂蜜を溶かしたシロップのような甘い声で、殿下が私の耳元で囁く。え、今の声、殿下? 殿下よね? 少し高くて、艶っぽい声。

殿下今、どこから声を出したの。


思わずぎょっとして身を引いた。それはもう、ずさっと。抱き締められていた、殿下の腕を振りほどいて。


「お姉様?」


いつもと同じ、殿下の声。きょとんとしたその声に、ほっとする。

え、それじゃ、さっきの声は?


「どうした、アンリエット。腰がひけているぞ」


耳に吹き掛ける、甘いハスキーボイス。体の体温が急上昇していく。


いつの間にかソファの後ろに移動してきたヴァーノンの顔が、私の肩にあった。


「ひぁ……!」


思わず顔を真っ赤にして、小さく叫んでしまう。殿下が拗ねたように唇を尖らせた。


「むぅ……ヴァーノン……」

「逃げられないようにしないと、この人は逃げるぞ」


ヴァーノン、余計なことを言わなくてもいいの!

ぐいっと両腕をヴァーノンにとられる。軽く万歳するような姿勢になった。


「なっ、なっ」

「僕にはまだ力がないのが悔しいです、お姉様」


さっきと同じ、艶っぽい声。

あ、だめ、そんな声で寄らないで殿下。


どくどくと鼓動が高まる。

後ろのヴァーノン。

前の殿下。

逃げ場がない。


「で、殿下……お戯れは……」

「大丈夫です、少しだけお話しするだけです──ここで」


ドレスを踏んで、殿下がソファの上で膝立ちする。


私の右耳にはヴァーノンが。

私の左耳には殿下が。


密着した状態で、吐息を吹き掛ける。


「アンリエット」

「お姉様」

「なっ、なっ……っ」


私のドキドキが最高潮になり、全身の血流が沸騰して、くらりと眩暈がした。


ふらっと私の体から力が抜ける。


「お、お姉さま!?」


ぎょっとした殿下の声と、くくっと肩で笑うヴァーノンの声を遠くで聞きながら、私は真っ赤になってふるふると震えた。

ヴァーノンが私の両腕を離して、ソファから落ちないように支えてくれる。


私は自分で自分の顔を覆った。


「むりー! 殿下顔良すぎて無理ー! 声もだめぇー! ヴァーノンのばかぁー!」


力一杯叫ぶと、殿下はショックを受けたように愕然と固まってしまった。


「え……無理……え……お姉様……?」

「むりー! だめぇー!」


魂が抜けたように呆然とする殿下と、身悶えする私。ヴァーノンはそれを見て、まだ肩を震わせている。




とりあえず、迎えの時間が来るまで、そんなカオスな時間が続きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ