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19.大人の火遊び

誰にも話してはいけない秘密の関係。

本当はそれが一番良いのだけれど、私の生活はお父様によって縛られているから、協力者なしには難しい。


帰ってきてから早速マリエルに話したところ、大反対された。周囲に知られてしまったとき、その恥を、汚名を、どうされるのかと。ムーリエ家の面汚しと言われますよ、さらにはその先の進退にも関わりますよ、と。

それでも私は「殿下が成長する数年の間だけだから」とお願いを繰り返した。


思いが通じあっていても、私とヴァーノンは恋人にはならない。

あくまでもこれは「恋人ごっこ」を楽しむだけの関係。

私のしつこいまでのお願いに、マリエルも最後は小言をいいながら協力してくれた。


マリエルにお願いして、ヴァーノンに会うための衣装の手配をしてもらった。いつものようなドレスではなくて、使用人が着るようなブラウスとスカートに、低めのヒール。

それを身に纏うと、マリエルと一緒に馬車に乗り込む。行き先は公園だ。御者はマリエルが誤魔化してくれるらしい。


ドキドキしながら馬車の外へ出ると、少し離れたところにヴァーノンがいた。はしたないと思いつつ走り出す。


すごいわ、体がとても軽い!


「ヴァーノン、会いたかったわ!」

「アンリエット、そんなに走ると転ぶだろう」


飛びついた私をヴァーノンは鍛えたその腕でしっかりと抱き止めた。ふふふ、夢みたい。

出会い頭に恋人へと抱きつく。これも一回やってみたかったの。


甘えるようにヴァーノンの胸に頬を寄せれば、頭上に熱くて柔らかな感触が落ちてきた。ヴァーノンが私のつむじにキスをしたみたい。くすぐったいわ。


「大丈夫なのか」


ヴァーノンが優しく私の髪を撫でる。

何が、とか今さらよね。


「大丈夫。マリエルが誤魔化してくれるわ」

「そうか」


ヴァーノンが私を抱き締める腕をほどいて、私に腕を差し出す。手ではなくて、腕。

私はヴァーノンを見上げた。


「これは?」

「ほら、つかまれ」


ヴァーノンが私を抱き寄せて、にやりと唇の端をあげた。耳元をくすぐるハスキーボイスに、頬に熱が集まる。あぁもう、ヴァーノンってばなんでこんなに声がいいのかしら。

私は言われた通り腕を絡める。ふふ、恋人みたいね。


マリエルに手を振って、ヴァーノンのエスコートで歩きだす。今日は以前行ったカフェでお茶をする予定だ。私は今から、とても楽しみ。


「ヴァーノン、ケーキを頼んだら、私があーんってしてあげるわね」

「むしろ貴女の頬がリスのようになるぐらいに、俺が食べさせてやってもいいが?」

「だーめ、今日は私があなたに食べさせる番よ」


私がヴァーノンの顔を見上げて言えば、ヴァーノンはふむ……と空いてる手を口元にやって思案する。それから私を見て、意地悪な笑みを浮かべた。


「そうか……そこまで言うなら、食べさせてもらおう。口移しなら、やぶさかではない」

「く、くちうつしっ!?」


私は自分からヴァーノンにケーキを食べさせる光景を想像する。フォークの代わりに、私の唇がヴァーノンに食べられる。あっ、駄目、そんなことお店でしちゃいけませんっ!


「お、お店なので遠慮しておくわ」

「最近はテイクアウトといって、持ち帰りができるようになった。あの店も、ケーキや焼き菓子の類いは持ち帰りができるから、買って公園で食べるのはどうだろう」

「いえ、お、お店でゆっくりとお茶を楽しみながら……」


私がしどろもどろになりながら、ヴァーノンの歩幅に合わせるように早足で歩いていると、彼は少しだけ身を屈めて駄目押しをした。


「食べさせて、くれるんだろう?」


はい、駄目でしたー! またしてもヴァーノンに勝てませんでしたー!


私は顔を真っ赤にしながら颯爽と歩くヴァーノンに連れられて、この間──といっても一ヶ月ほど前になるかしら──来たカフェにたどり着く。

ヴァーノンは店に入ると私の抗議を黙殺して、カウンターでアップルパイを二つ、さくっと注文してしまった。もちろん、テイクアウトです。言葉もでないってまさにこの事。こうする、と決めたヴァーノンは絶対にそうするのです。


公園に戻ってきた私たちは、馬車から離れた場所にあるベンチを見つけた。公園でも隅の方なので、通りかかる人はほとんどいなかった。

一応、公にはできない関係だし、マリエルとの約束で決めた時間内に戻ることって言われているから、あんまり遠くにはいけない。カフェと違って人目もほとんどないから、思う存分いちゃいちゃしても良いのだけれど……


さすがにこれはどうかと思う。


「ヴァーノン、座りづらくないかしら?」

「特には」


なんと、私は今、ベンチに座ったヴァーノンの膝の上に、横抱きにされるように座っているのです。

澄ました顔でさも当然のようにヴァーノンが私をそこに座らせたのだけれど、これはその、密着しすぎてですね? 心臓にですね? 悪いというかですね?


「これだと、アップルパイ、食べにくいわよ?」

「口移しならこっちの方がいいだろう?」


やっぱり諦めてなかったのね!!


ぱたぱたと逃れようとするけれど、片腕でぐっと腰を捕まえられているので抜け出せないし、あんまり暴れるとヴァーノンが重いだろうと思って、思いっきり動けない。


その様子を見てか、くくっとヴァーノンが喉の奥で笑った。アップルパイの包みの箱を隣に置いて、少し前のめりになる。自然と彼の唇が、私の首もとへと近づく。


「本気で逃げないということは、期待しているのだろう」


囁く声にびくっと体が跳ねる。だから駄目ぇ~~! その声で囁かないでぇ~~!

ヴァーノンに楽しそうに笑われながら、一通り身悶えし終わると、私はキッとヴァーノンを睨んだ。


「なんだ?」

「そんなにお望みならしてあげようじゃない」


腕を伸ばしてアップルパイの箱を開けると、包みを一つ取り出した。

パイを一口かじって、体を捻る。ヴァーノンの唇に、自分から唇を重ねた。少し空いていたヴァーノンの口にアップルパイを押し込む。自分の口に残っていたアップルパイの欠片を飲み込んだ。


「美味しい?」


ヴァーノンがゆっくりと咀嚼する。


「あぁ、うまい。それなら今度はこちらの番だな」

「え?」


ヴァーノンは私の手にある。アップルパイをかじると、そのまま私の唇に迫る。


ぬめっとした生暖かい感触と共に、アップルパイの味がした。


私は咀嚼するのを忘れて、そのままごくんっと飲み込んでしまう。


「……ん、んっ!」

「しまった」


とんとんとんっと胸を叩く。

喉に!! つまった!!


さすがのヴァーノンも驚いたようで、慌てて私の背中をさする。お店ではないし、水筒もないので、流し込めるような飲み物がない。


幸い、すぐに嚥下することができた。私はぐったりとヴァーノンにもたれかかる。喉の違和感が、まだ残ってる。


「すまん、悪ふざけが過ぎたか?」

「びっくりしただけ」


ちょっとばかりつらかったので、私の瞳にうっすらと涙が浮かぶ。はぁ、ヴァーノンに殺されるかと思ったわ。ヴァーノンに殺されるなら、窒息よりもどきどきで殺してもらいたいんだけれど。


ヴァーノンが私の顔を見て、不自然に咳払いをする。それから私の手に握られていた残りのアップルパイを二口で食べきってしまった。ぺろりと最後、私の指についていた蜜を舐めとるのも忘れない。生温かいぬるっとした感触が、指を撫でた。


「なっ」

「外で食べるのは危険だな。今度からは貴女の言うとおり、店で食べよう」


私は指を舐められて唖然としながらも、ヴァーノンの言葉に頷いた。そうね、喉をつまらせると危険だものね。


その後は、残ったもう一つのアップルパイをヴァーノンに手ずから食べさせてもらって、その日は約束の時間を終えた。お父様が帰ってくる前に、屋敷に帰らないといけないから。






……そうやって、お父様に隠れてヴァーノンとの逢瀬を重ねる時間が六年間続いた。


時には昼間の公園で。

時には殿下とのお茶会の後の王城の一角で。

時には招かれたパーティーの会場で。


変装したり、着飾ったり、ありのままの私だったり。


人目を忍んで、ヴァーノンとの逢瀬を積み重ねた。


お父様は気づいていたかもしれない。ただ一度だけ「ベルレアンとは仲良くなりすぎないようにな」と言われたけれど、他には何も言わなかった。

勝手な私の解釈だけれど、純潔さえ守れば見逃してくれるみたい。ただ、どこからお父様に知られたのか分からなかったので、私とヴァーノンはよりいっそう周囲に気を配ることになってしまったけれど。


この六年でしたことと言えば、ヴァーノンに抱き締めてもらって、キスをして、恋人繋ぎをして、デートして、あーんってして、頭を撫でてもらって、ダンスをして……時々意地悪な顔でヴァーノンが私をいじめて。

決して一線を越えない「恋人ごっこ」ばかりだった。


時々、ヴァーノンが餓えた獣のように瞳をギラつかせる事があったけれど、そういう時は決まっていつもより長いキスをして、早々に別れた。私は本能でこれ以上一緒にいたら戻れないと気づいていたから、彼が「帰るか」と一言言えば「そうね」と言ってお別れした。


誘ったのは私だけれど、よくもまぁ、六年も付き合ってくれたものだとヴァーノンには感謝していた。

私の夢だった「花の乙女の時に恋人らしいことする」というのが概ね叶ってしまったんだもの。


ある時、どうしてここまで私に付き合ってくれたのかとヴァーノンに聞いた事がある。「貴女が妖精だったからだ」と言われた。意味が分からない。こんな風に時々詩人のようになるヴァーノンも、私は好きだった。


ヴァーノンへの情熱そのものは最初の一年でおさまった。自分でも驚いたわ。「いけない関係」に慣れてくると、ゆるゆると穏やかな愛情が芽生えたの。ばちばちと火の粉をあげていた炎はとろ火になって、私を温かい気持ちで満たしてくれた。


でもいつか、いつか終わりが来る。

六年も経った。

イレール殿下が十六歳になり、私は二四歳になった。

そろそろ婚約期間が終わり、殿下も社交デビューをする頃合いだ。

だから、私たちの関係もそろそろ終わりねと時々ヴァーノンと話をしていたのだけれど。




それは、思いがけない形で迎えることになる。






殿下に、ヴァーノンとの関係が知られたのだ。

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