17.ヴァーノンばかりずるいです!
懇親会から三日後が都合が良いということだったので、言われた通りイレール殿下の元へと参上した。
どんな顔をしていけばいいのかはもう考えないようにしている。ヴァーノンに会わせる顔がない……とかいう考えは意味がないもの。あれだけメロメロにされちゃって今さらだし。それならもういっそ堂々としていればいいのよと開き直った。
ヴァーノンを恋しいと思うのはやめられないのだし、殿下のご招待で彼に出会えればラッキーぐらいに図太くいくのがちょうど良いのかもしれない。
そう思いながら城の廊下をゆったりと歩いて応接室へと入ると、イレール殿下が尻尾を振った犬のごとく飛びついてきた。
「きゃっ」
「お姉さま!」
むぎゅぅっと殿下が私の腰に抱きついてくる。あらまぁ、デジャビュ。
「お久しぶりです、殿下」
「お久しぶりですお姉さま!」
殿下は私に抱きついたまま、ぴょんぴょんと跳び跳ねる。
すごくテンションが高いけれど、今日はどうされたの。
「殿下、お話しするのなら座りましょう。ゆっくりとお話しができないわ」
「ぼくがエスコートするのです!」
殿下が左手を胸にあて、右手は背中にあてる。可愛らしい、お伽噺の王子様みたいな礼をして、私に左手を差し出した。
私は小さな王子殿下の手に己の手を重ね、ソファに誘われる。ふふ、ちっちゃくて可愛らしいお手てね。
ソファに腰を下ろすと、ぽすんと殿下が右隣に座った。
メイドが紅茶を注いでくれる。今日のお茶菓子はシフォンケーキらしい。匂い立つこの香りはアールグレイかしら。
「お姉さま、ヴァーノンといっしょにセザール兄上のこんしん会にしゅっせきされたとききました」
ヴァーノンばかりずるいって書いてあった手紙から察してはいたけれど、やっぱりその話題なのね。
一緒に出席したわけじゃないのだけれど……ちゃんと説明しておかないと。
「ヴァーノンとはたまたま会っただけですよ。私も会場で驚いたもの。セザール殿下とヴァーノンは仲がよろしいのね」
「ヴァーノンは兄上がぼくにつけてくださったのです。兄上とヴァーノンは、おなじ騎士団だったのですよ」
なるほど、そこの繋がりなのね。
この国では剣の素質がある王子は皆、軍司のいろはを学ぶため、また軍を動かすときの信頼を築くために騎士団に入れられる。同じ騎士団だったから仲が良いと言われたらそこそこ納得ができる。
でも、セザール殿下と同じ騎士団ってことはかなり高位の騎士に抜擢されたってことよね……? お兄様を助けるために騎士になったと言っていたけれど、すごく昇進してるのを見ると天職だったのかもしれないわ。
そういえばそのヴァーノンが今日はいない事に気づく。思わずきょろきょろと部屋を見渡してしまった。
「どうしましたか?」
「特に意味はないのだけれど……当の本人がいないなと」
「ヴァーノンは今おしごと中なので、しばらく帰ってこないとおもいます」
あら、そうなの。護衛のくせにいないなんて、とは思うけれど私が口出すことでもないから適当に相づちを打っておく。
紅茶をいただいてほっと息をつくと、殿下がじぃっとこちらを見てきた。なんだろう?
「私の顔に何かついておりますか?」
「いえ、お姉さま、このあいだはぐあいがわるかったのでしょう? お元気そうであんしんしました」
にぱっと笑顔になる殿下。まさに不意討ち。ぐさっと私のツボを刺激する。
か、可愛い……!
私を心配して気遣ってくれるとか……! 殿下、成長されましたねっ! ほんの一、二年前は私が体調を崩してお会いできないと泣いてすねていらっしゃったのにっ!
「殿下がお手紙を下さったおかげです。もうすっかり元気ですよ」
懐かしいことを思いだしながら言えば、ぱぁっと殿下の表情が輝く。
その表情のまま、殿下はソファを飛び降りた。
「お姉さま、お姉さま! 今日はプレゼントがあるのです! 元気になったお姉さまにプレゼントなのです!」
相変わらず突拍子もないことを考えるのねぇ。まさかプレゼント用意してくれていたなんて。
いそいそと殿下が紅茶を淹れてくれたメイドの元に歩いていく。メイドは心得ていたのか、部屋の隅にあるサイドテーブルの上に置いてあった小箱を殿下に手渡した。
殿下がその小箱を持ってソファに戻ってくる。
「ペンダントです。パワーストーンといって、石に力があるそうです」
差し出された小箱を開けると、雫型をした不透明な青色の石を金細工で加工したペンダントが鎮座していた。
「お姉さまはいつも元気ですけど、ぼくが大きくなるまでずっと元気でいてほしいのです。なので、けんこうのねがいがこめられた石をペンダントにしました。ラピスラズリという宝石です」
ラピスラズリ……聞いたことないわねぇ。不透明なのに宝石って、珍しいわ。
私は絵の具のように青い石を見つめる。この国では透明な石ほど宝石として価値が高くなるから、こんな宝石は見たことがない。遠い向こうの国では不透明な石の方が宝石として価値が高くなるらしいけれど、いまいちピンと来ない。
「こんなに珍しい石を頂いてもいいの?」
「いいのです。ローラン兄上に、ぐあいのわるいお姉さまにプレゼントをわたしたいと言ったら、くれたのです」
あらま、この石の出所は第二王子殿下なのね。石マニアで有名なローラン殿下なら、確かにこんな珍しい石も持っていそう。
「お姉さま、つけてさしあげます」
「あら。ではお願いします」
小箱を殿下に返すと、殿下はその小さな手でペンダントを丁寧に取り出した。慣れていないからか、金具を外すのに多少もたつく。
金具を外して、殿下はなぜか前から抱きつくように私にペンダントをつけてくれる。
「ん……ぅ? 見にくいです……」
ぎゅっと殿下に抱きしめてもらっているみたいで、なんだかくすぐったい。ゆるゆると自然と頬がゆるんだ。
あーもー、可愛いです。後ろからやればいいのに、それに気づかないで前からやっているあたり、さすが殿下。可愛いの大サービスありがとうございます。
ようやく殿下が体を離したときには、私の首もとに深い青の雫がぶら下がった。
四苦八苦しながら殿下がつけてくれたペンダントにそっと触れる。石らしい、ひんやりとした感触が指先から伝わる。
「ありがとうございます、殿下。大切にしますね」
微笑みながら礼を言うと、殿下は微妙な顔をされた。どうしたんだろう。何がご不満でもあるのかしら?
「殿下?」
「ごめんなさい、お姉さま……今日のドレスにはあまり似合わないのですね……ブローチとかにしてもらえばよかったです」
殿下ががっくりと肩を落とす。私はその様子に苦笑するしかない。
今日のドレスは詰め襟で、アラベスク模様のドレスに白いレースを所々にあしらっている。ドレスに濃い柄がついているから、濃い青のペンダントはあまり映えなかった。詰め襟の上に、スカーフもしているしね。
でも、殿下を悲しませるのは私の本意じゃない。何か殿下の機嫌をとれないかと、少し思案する。
「ねぇ、殿下。これ、絶対外に見せていなきゃ駄目?」
「どういうことですか?」
殿下がきょとんとする。簡単なことです。
「ドレスの下に身につけていてもいいかしら。そうしたら、ドレスのデザインに左右されずにいつでも身につけられるわ」
「でも、アクセサリーは見せるものです」
「あら、殿下のこれはお守りなのでしょう? それなら無理に見せる必要はありません。持っているということに意味があるもの」
そう言えば、殿下は「確かに!」と満足そうに頷いた。良かった。せっかくの贈り物だもの。頂いた私が喜ぶのはもちろん、贈ってくれた殿下にも笑ってほしいわ。
とりあえず今日のところはスカーフを外して、ペンダントがよく見えるようにしておく。
ペンダントを頂いた後も、殿下が何かと話題を提供してくれてるので会話が弾んだ。数日ぶりのお茶会とはいえ、よくもまぁこんなに話題が次々と出てくるものねと感心しっぱなし。
対する私はセザール殿下との懇親会くらいしか大きな話題がないので、やっぱりイレール殿下の聞き手に回る方が多かった。いつものことだから慣れているし、楽しいから良いのだけれど。
そうやっていつも通りのお喋りを楽しむと、コンコンコンと扉がノックされた。殿下が「どうぞ」と言うと、初めて会ったときのように、騎士服に身を包んだヴァーノンが入室してきた。
少しだけどきっとして動きがぎこちなくなるけど、私は平常心を意識する。
「失礼する。殿下、頼まれていた仕事は片付けてきたぞ」
「む……ヴァーノン、おもったよりおしごとが早いです」
「これでも時間がかかった方だ。殿下に頼まれて、メイドがクローゼットと壁の隙間に落とした小物を取るためにクローゼットを移動し終えたら、別のメイドに声をかけられ、そちらが終わったらまた別のメイドに声をかけられ……ここに来るまでに五人ほどのメイドに頼まれた雑用をこなしてきた」
殿下がぷくーっと頬を膨らませた。おやおや、なぁにその可愛いほっぺは。つついちゃいますよ。
私が殿下のほっぺをつつきたくて手をさ迷わせていると、殿下がソファに座りながら私の腰に抱きついた。
「ヴァーノンは外でたいきしていてください」
「何故」
「ぼくがお姉さまをひとりじめするためです!」
すごく素直な告白に、私の胸がきゅんっとときめいた。はぅっ、可愛い!
もしや殿下、私がヴァーノンに取られちゃうと思ったのかしら。自分が知らないところで私とヴァーノンが仲良くしているから、一人前に嫉妬をしてくれているの?
子供の嫉妬なんてたいしたことはないけれど、独り占めしたいだなんて言われて喜ばない人はいないわ。
よしよしと殿下の頭を撫でていると、ヴァーノンがちらりと私に視線を向けた気がした。気のせい? いや、しっかりと視線が合った。
何か言われるのかと思って、唇を引き結ぶ。
心の中で身構える私。でもそれは杞憂に終わった。
「そうか、分かった。私は外に出ている」
あっさりと承諾したヴァーノン。踵を返して出ていった。
私は拍子抜けする。えっ、あのヴァーノンがあっさり引いた? 私にはあんなにぐいぐい来るのに、殿下相手だとなんだかんだで上司だからやっぱり強気に出られないのかしら?
ちょっとだけ寂しいような気がするけれど……っていやいやいや、そんなことなないのです。
これが普通。本来あるべき姿なのだもの。
この後も、何事もなく殿下とのお話は続いた。 ヴァーノンが来る以前のように和やかなお話をして、お茶とお菓子をいただく。
今までと変わりなくて、だから私は油断していた。
可愛い可愛いと殿下を思う存分愛でて、いざ退出した後。
あのヴァーノンが、そんな簡単に引き下がるわけがなかったというのを思い知らされた。




