13.仲睦まじい人々
第一王子殿下主催の懇親会。
その名の通り、第一王子であるセザール殿下が親睦を深めたい人を誘って開かれるパーティ。
お父様も重鎮の一人として、セザール殿下が将来王位を継がれたときには教えを乞われる立場になると思う。だから呼ばれた。
私は言わずもがな、弟のイレール殿下の婚約者だからでしょうね。
「本日はお招き頂きまして、有難うございます」
「いや、こちらこそご足労いただき感謝する、ムーリエ公爵、アンリエット嬢」
お父様がセザール殿下に挨拶をする横で、私もドレスをつまんで挨拶をする。
「殿下におかれましては、ご機嫌麗しく存じます」
「そうだな。今日はゆっくりしていってくれ」
私はドレスを元に戻して、背筋を伸ばした。
いつもなら王太子妃様がいるはずなのだけれど……珍しく殿下お一人なのね。どうしたのかしら。
私が気になっていると、お父様も気になったようでさりげなくお尋ねになられた。
「殿下、本日はタチアナ様は如何されましたかな?」
「まだ伏せておくつもりなのだが……彼女からアンリエット嬢への伝言も預かっていてな」
「私にですか?」
「そうだ。彼女は身重ゆえ、今回のパーティを見送らせた。だがそなたと話すのを楽しみにしていたようだから、機会があれば共に茶をして欲しいとのことだ」
あら。タチアナ様、おめでたなのね。
お二人とも二十歳だからそろそろ子供ができるのではと噂されていたけれど、ようやくお子さまがお生まれになるのか。
私は祝福の意味も込めて、ドレスをつまんで頭を下げる。
「慎んでお受けいたします。気分が良い日にでもお呼びくださいませ」
「あぁ」
「赤さまが生まれた暁には私からも何か送らせましょうぞ」
お父様が僅かに目元をゆるませた。セザール殿下は嬉しそうに答える。
「ありがとう。気持ちだけ受け取っておく。ムーリエ公爵は私たちよりも、イレールの成長に注力して欲しい」
「左様でございますか。ではその通りにいたしましょう」
お父様が一礼をしたので、私も合わせる。殿下への挨拶は終わったので、そのままお父様について顔馴染みの貴族の方々へと挨拶に回った。
何人かと挨拶が終わると、お父様から「挨拶はもう良いから、自由になさい」とのお言葉があったので、お父様から離れた。伯爵の一人と難しいお話をされるのでしょうね。
私はそのまま壁際に移動しようとしたところで、顔見知りに会った。
「マリー」
「あら、アンリエット。来ていたのね」
「来ていたのね、って来ない方がおかしいわよ?」
「ふふ、たしかに」
マリーは相変わらずトレードカラーのオレンジ色のドレスを着ていたから、後ろ姿でも直ぐにわかったわ。
ただ、今日はマーメイドラインのドレスを着ていたから意外だった。背中は大きく開き、膝下で光沢のあるドレープが大きく波打っている。
普段はプリンセスラインとかのもっと可愛らしいデザインを好むのに。珍しく大人っぽいマーメイドラインを選んでいるのには何か理由があるのかしら。
気になってしまったので、ちょっと彼女に聞いてみる。
「いつもと違う雰囲気の、素敵なドレスね。どうしたの?」
「えっ、あっ、これは……」
マリーの顔がみるみるうちにほんのりと赤くなる。白粉を叩いていなかったら、熟れたリンゴのように真っ赤になっているわね。
その反応だけで、丸分かりだわ。
「レイモン様とやらのリクエストかしら?」
「な、何で分かるの!?」
いや、分からない方がどうかと思うけれど。
あからさまな態度で隠せると思ったら大間違いよ。
「そんなに顔を赤くしたら、誰でも分かっちゃうわよ」
「アンリエット、からかわないで……」
むぅ、と恨みがましそうに見られるけれど、私のせいじゃないからね? 顔に出てるマリーの、のせいだからね?
まぁでも、そんなものを来ているということは、そのレイモン様もセザール殿下に呼ばれた覚えめでたき方ってことね。やったじゃないの。クラヴェリ伯爵もそれを知ってて結婚をお許しになられたのかしらね。
「恥ずかしがることはないわ。よく似合っているもの。雰囲気が違って見えるから、一瞬誰だかわからなかったわ。レイモン様の目は確かね」
「そんなに誉めないで。惚れても差し上げないわよ?」
「あいにく、人の旦那をとる趣味はないのよ」
旦那、という言葉にさらに反応して赤くなる。ふふ、からかうの少し楽しいわ。
いつもの調子を取り戻してきた。これなら何とか乗り切れそうね。
真っ赤になるマリーがこちらを睨むけれど、私は口許を隠してほほほと笑ってやった。
「もう、意地悪なんだから」
「私ですもの。そういえば今日は一人?」
「いいえ。クラヴェリ家はお父様とお母様、パトリックと私の四人です」
「やっぱりパトリック来ているの」
「当たり前よ。セザール殿下の付きの騎士になるんだから」
ダンスを誘ってきたからいるのかなぁと思ったけれど本当にいるとは。というかセザール殿下付きの騎士? 彼も出世するわねぇ……会わずにおくことできるかしら?
「そういえばアンリエット、パトリックから手紙は行ったかしら?」
「ええ、来たわよ」
「謝罪、ちゃんとしていた?」
「してたわ。ちゃんと許してあげるって返してあげたわよ」
謝罪をして来たのだから、それはちゃんと受け入れてあげた。ただし、それと同時にダンスの申し込みもされたのでそっちは断ったのだけれど。
それはわざわざマリーに伝えるほどのことではないでしょう。
「ごめんなさいね。パトリックが流した噂も身内だけのものだったから、そんなに広まってはいないはずよ。方々にこの旨のお手紙を送っていたから、誤解も解けるわ」
「ありがとう」
「いいえ、馬鹿な弟の尻拭いをするのも、姉の役目よ」
クラヴェリ伯爵家ってほんとしっかり者とまぬけ者があわさったような性格の人が多いから、いったいどんな教育をしているのって、一度聞いてみたことがある。そうしたらマリーには「パトリックの場合は頭よりも筋肉に栄養がいってしまったのよ」と言われたのよね。
マリーもしっかりしている所はあるけれど時々ポンコツになる。パトリックほどではないけれど。やっぱり兄弟なのよねぇ。
「パトリックといえば、今回の昇進なのだけれど……」
「えぇ」
一段落したところで、他愛ない世間話を始める。
パトリックが昇進した経緯を、マリーが教えてくれた。どうやら先日、大きな事件を解決したのだとか。どうも郊外に出た魔物討伐に一躍買ったらしい。それを皮切りに手柄を何度もあげ、その腕を認められたのだとか。
貴族のわりにパトリックは実践向きらしく、身分と腕が確かなことから今回の昇進に繋がったらしい。脳筋が脳筋らしく働けるところで良かったじゃないと言ったら、マリーに「王族の護衛って実は暇なのよ」と言われた。昇進どころか大抜擢にも近いのに、当の本人はそんな理由で近衛への異動も渋っているらしい。
どうしてそんなに強いのかと聞いてみたら、「腕の良い師匠がいたからよ」と言われた。誰かと尋ねようとして、不意にマリーの視線が明後日の方向を向く。あら?
マリーの視線の方を見てみると、柔らかな金髪の男性がいた。あぁ、なるほど。彼か。
「えっと……その、師匠なんですけれど……」
しどろもどろになりながら私との会話を続けてくれるけど、うん、私も気になってしょうがないからさ。
チラチラとマリーが男性の方に視線を向けている。全く、分かりやすいんだから。
「マリー」
「はい? えっと、あぁ、そうですわ、パトリックのお話なんですけれど」
「それはもういいから」
私は苦笑しながら、マリーの大きく開いた背中を押した。
「ひゃっ、冷たっ」
「気になってしょうがないのでしょう? 行ってらっしゃいな、愛しのレイモン様のところに」
「いいえ、その、別に私はレイモン様を見ていたわけではなくっ」
今さら隠さなくてもバレバレよ。
私は笑いながらぐいぐいとマリーの背中を押した。こんなに肌を露出させて、温かいとはいえ、夜は冷えるんだから。
「もぅ……人がせっかく気を利かせてお喋りしてあげたのに……」
「余計なお世話です。ほら、あなたの婚約者、他のお嬢様に取られるわよ?」
「意地悪はよして」
くすくすと二人で笑いながら顔を見合わせると、マリーはひらひらと手を振って背を向けた。まっすぐにレイモン様の元へと駆けていく。
あんな風に愛しい人のもとへ真っ直ぐに走っていけるのがちょっぴり羨ましい。
レイモン様と合流したマリーはドレスをつまんで挨拶をする。こちらからはマリーの表情は分からないけれど、レイモン様の表情はよく見えた。
微笑んでいる。柔らかな笑み。でもどこか、獲物を狙う獣のような危うさがある。彼の熱を帯びた瞳はマリーを見ているけれど……あれによく似た瞳を、私は知っている気がした。
「なーんてね」
つきあってられないわ。マリーとレイモン様が腕を組んだのも見届けたからもういいでしょう。
私は彼女たちに背を向けて、近くの給仕からワインのグラスを頂くと、当初の予定通り壁際に移動した。
いつも通りの壁の花。もはや私の定位置ね。
ここにいれば、適当な貴族が私に話しかけてくるから、私から話しかける必要もないし。
そうやって時間を潰すのが、私の社交界。デビューしてからの習慣。
ほら、さっそく声をかけられた。
「アンリエット嬢、ご機嫌麗しゅう」
「ご機嫌よう。お久しぶりでございます」
話しかけてきたお父様のご友人に、私は挨拶をする。
ぼんやりとしているよりは、誰かと話をしていた方が良い。
お父様のご友人か同姓の友人としか話さないからダンスは踊らないけれど、無為に過ごすよりは……ね?




