12.懇親会への道のり
気持ちの整理に三日かかった。
食事が喉を通らなくて部屋にずっと引きこもっていたけれど、お父様は何も言ってこなかった。
部屋に引き込もって考えていると、久しぶりにお母様に会いたいと思った。
可愛い妹と弟と目一杯遊びたいとも。
何もかも忘れるくらい、振りきってしまうくらい、遊んでやりたいと。
でも懇親会の日にちが近づいてきていたから、会いに行くのは難しかった。
お母様はご病気で、静養できるようにとお父様が用意した田舎の別邸にいらっしゃる。可愛い弟妹たちは父よりも母が恋しいようで、お母様に着いていった。
だから王都にあるこのお屋敷の住人は、私とお父様だけ。お父様は仕事柄ここにいるのは当然で、私も殿下に突然招かれてもいいようにこの屋敷にいる。
このお屋敷は檻みたいだと、生まれて初めて思った。
私の行動は全てお父様という飼い主に制限されている。それはもう、幼い頃からずっと。
自由に見えていたものは、全然自由じゃなかった。
不自由も不満もなかったのは、私が自分に何ができるのかを知らなかったから。
「お嬢様、そろそろ」
「ええ、そうね」
マリエルが声をかけてきた。
私はそれに頷く。
今日が例の懇親会の日。
マリエルに連れられて、衣装部屋に移動する。メイドが数人いたのを追い出した。マリエルだけが残って私を着付け始める。
「時間がかかるので、やはり他のメイドもお呼びしましょう?」
「いいの。マリエル、お願い。こんなひどい顔、他の人に見せたくないのよ」
さすがに食が細まって、眠れない日が続けば、多少なりとも顔色が悪く、やつれてしまっているように見える。他の人に見られたくないと思うのは、普通でしょ?
マリエルは嘆息して、黙々と着付けを始めた。
着ていたドレスを脱がせて、コルセットを締め直す。ぎゅうぎゅう締め上げて、ヒールを履いて、パーティードレスを身に纏う。
白いレースのチューブトップ。ウエストで切り替えされた金の刺繍が施された青色のアシンメトトリーの裾からは、白のフリルが顔をのぞかせる。
顔色を隠すようにいつもより濃い目に化粧を施して、髪をアップにした。ヘッドドレスは右耳に寄せる感じで。小粒のサファイアのイヤリングと大粒のサファイアのネックレスは、デザインを揃えてある。
前は森の妖精がテーマだったけれど、今回は夜の海がテーマ。鏡を見てみると、試着の時より素敵な仕上がりになっていた。刺繍とかはやっぱり完成してからの方が美しいわ。
「終わりました」
「ありがとう」
「やはりお痩せになりましたね。ウエスト、余ってしまってます」
「う……帰ってきたら、ちゃんと食べるわ」
苦笑すると、マリエルは「そうしてください」と語気を強めた。私は肩をすくめる。かなり心配させてしまったみたいで、本当にごめんなさい。
マリエルが化粧箱や宝石箱を片付ける。脱ぎ捨てたドレスもクローゼットへ。
ちょうど片付け終ったときに、扉がノックされる。部屋の外から「旦那様がお待ちです」とメイドの声がかかった。
もうそんな時間か。気乗りしないけれど、行かないといけないわね。
マリエルが片付けもほどほどに衣装部屋の扉を開けてくれる。
ドレスを引きずりながら、私は外の馬車へと向かった。
お父様は馬車にすでに乗っていらっしゃった。ドレスを見て「よく似合っている」と誉めてくださる。
いつも通りのお父様に、少しだけほっとした。
馬車に乗り込むと、すぐにお父様は馬車を出した。
しばらくぼんやりと外を見る。ガタゴトと重たい馬車の車輪が体に響く。時々馬のいななきが聞こえた。
馬車の外に意識を向けていると、お父様が話を切り出した。……まぁ、お父様から何か言われるのを覚悟していたので、驚きはしないけれど。
「ずいぶんと心配させてくれたが、体調は大丈夫なのかね」
「ええ、大丈夫よ」
「それなら良いが……」
お父様にはここ数日気分が優れないととだけ言っていたからか、こちらを見る瞳に心配の色を隠せてない。やっぱり実の血を分けた娘だから、それなりの心配をしてくれているのかしら。
神妙な顔で、お父様は続ける。
「もし何かあったらすぐに言うんだぞ」
「もう、心配性なんだから」
「心配するのは自由だろう」
くすくすと笑ってやれば、ようやくお父様も信じてくれたのか、表情を柔らかくした。
「それと、気分が悪いということだったから言わなかったんだが」
あら、何かしら。
「殿下から手紙が届いている。お茶会の帰り、お前が元気がなかったのを心配したようだ。帰ったらでいいので、落ち着いたら返事を書きなさい」
「分かりました」
殿下からお手紙が届いていたのね。
心配をかけるなんて、申し訳ないことをしてしまったわ。
私は帰ったらどんなお返事を書こうかと想いを巡らせる。
がたごとと、馬車が煉瓦づくりの道を行く。
歪な車道を、車輪がぐるぐる回る。
お父様は話すべき事は全て話したのか、背を預けて、足と手を組まれた。まぶたを瞑り、瞑想される。
私は背筋を伸ばして、手を自分の膝へ乗せて外を見続ける。
静かな道ね。
懇親会は夕方から始まる。目の前で、初めてヴァーノンと会ったときと同じオレンジの夕日が落ちていく。
でもなんだか、あのとき以上に、夕日に寂しさを感じてしまう。
恋をすると見える景色が変わるとか言うけれど、そうね。私の世界は、少し彩度が落ちてしまったかも。
あれだけ鮮やかだったはずの世界は、今は少し味気ない。現実を知ってしまったからかしら。
以前のように前向きに何かを考えることができない。
全てが後ろめたく、何にも意味を見出だせない。
これじゃ駄目だと分かってる。
答えも、もう出ていると理解している。
それでも期待せずにはいられない。
私は小さくため息をついた。すごく憂鬱。懇親会に出席しても、私は踊りたい人もいないし、数回ご機嫌うかがいで踊った後は、また壁の花なんでしょうね。嫌になっちゃう。
「……どうした、やはり体調が優れないか?」
お父様が目を開ける。私のため息を聞いてしまったからか。
私はまた微笑みを作る。
「いいえ、体調は大丈夫ですよ」
「それなら何を案じている」
お父様が眉を潜めた。威厳のあるお顔なので、眉を潜めると怒っているように見える。でも声色から怒っているのではなくて、私の身を案じていることが分かった。
「お父様のお耳にいれるほどのことではありません」
「それなら言っても問題は無いだろう」
お父様、こういうときに限ってしつこい。また一つため息をつきそうになったけれど、なんとか誤魔化すことにする。
「殿下のお手紙、どういった内容にしようかと思っただけです。これ以上心配させないようにしつつ、私が元気にしていることをアピールするにはどうしたらよいかと思いまして。また誰かを誘ってお茶会でもした方が良いのかしらと」
お父様はそれは良いと頷いた。
「ただの平淡な文章では伝わらないが、そういったことを書くのは相手にも伝わりやすいからな。今日の懇親会で誰か誘ってみなさい」
「そうするわ」
よし、うまく誤魔化せたついでに悩みの種が一つ消えた。
がたごとと揺れる馬車が、城に近づいていく。
窓の外にはもう城の門が見えている。
さて、これからは気合いを入れていきましょう。
相変わらず気持ちは浮上しないけれど、誰かに私の悩みを探られても困るわ。ポーカーフェイスで、私は私の秘密を守るの。
壁の花はいつものこと。そう、いつも通りにやれば万事うまくいくはずよ。
大丈夫、私は公爵令嬢。
何も心配入らない。
笑顔を振り撒くくらいなら、お手のものよ。




