第058話 絶命因子09
痛みに呻くボクをそのままに兄上は切断した左腕を丁寧に布で包む。
「ようやく器の準備が整いましたよ、姉上」
ぼそりとつぶやいてから包んだ物を大事そうに一旦ベッド側に設えられたチェストの上に置き、ボクに止血の処置を施す。そんな彼に対して抗議の言葉を投げかけようにも激痛でそれどころではなかった。
ボクに下手な応急処置を施した兄上はボクの身体を肩に担ぎ上げる。苦痛で抵抗どころではないボクはされるがままに大鋏や左腕と一緒に家の外に運び出される。移動中は彼の歩調に合わせて伝わる振動で切断面の痛みが繰り返しボクを苛む。額に脂汗を浮かべながら強く歯噛みしてそれに耐え続ける。ほどなく到着したのは協会本部だった。
監視員が常駐しているわけではないので見咎められることはない。こんな時間になんのつもりかと思っていると彼は躊躇うことなく、建物内へと足を踏み入れて真っ直ぐに保管室の方に足を進める。道を迷う様子が一切ないことから回収した人似偶像の顔を確認させたときに場所を覚えたのだろう。保管室の扉は当然のように施錠されている。そのことに今更のように気付くと彼は大鋏で無理やり鍵を破壊して扉を抉じ開けた。
警報装置などといった気の利いたものはない。光の射さない真っ暗な保管室に入ると彼は部屋の中央に設えられたテーブルの上にボクの身体を下ろしてなにかを探し始める。彼は目的のものを発見出来ないことに苛立っているのか保管されている備品の扱いがぞんざいだった。そんな彼に対してボクは痛みを誤魔化すように浅い呼吸を合間に挟みながら少し口早に尋ねる。
「一体なにを探しているのです。ボクが場所を知っているものなら教えますから言ってください。そう備品を雑に扱われると困るのですよ」
「姉上の身体さ。あるんだろう、ここに」
「母上似の人似偶像を構成していた念土のことですか。それなら、その奥の保管庫の中ですよ」
ボクの返答を受けると彼はなにかに取り憑かれでもしたのかと思うほど乱暴に鍵付きのちいさな保管庫を破壊して中身の念土を全て床にぶち撒けた。
「さっきからなにをしているのですか。狼藉が過ぎますよ」
そんなボクの言葉はあっさりと無視される。彼はここまで大事に抱えて来たボクの左腕を包んでいた布から取り出して念土の前に跪いき、その上に供えた。
すると念土は生き生き蠢いてボクの左腕を取り込みなにかを形造っていく。息を飲んで成り行きを見守っていると最終的に人間の形を成す。その姿はボクが破壊した母上似の人似偶像そのものだった。
「リヒト、服」
「すぐに、すぐに用意します」
兄上は再形成された一糸纏わぬ人似偶像に命じられて保管室から駆け出していった。
「さすがに頭が痛い。10年も棺桶の中で一切身動きも取れないまま身体が土塊されていってただけでも気が狂いそうだったのに、どうにか身動きが取れるようになってあいつの魔法力に抵抗しながら外をさまよって貴女を見つけたと思ったら問答無用で頭を破壊されて危うく自我が吹き飛ぶところだったよ」
「なにを言っているのです」
「10年も経ってるのにまだ寝ぼけてるの?」
「寝ぼける? さっきからなんなのですか」
「あー、もしかして記憶を引き継ぐのに失敗したの? だとしたら困っ」
そこまで口にしたところで彼女はボクの左腕が失われているのを目にして、なにかよい案が浮かんだとばかりにゆっくりと首肯する。そしてボクの側へと来るなり左腕のあった場所に手を伸ばして来た。
「これで私の記憶を少なからず分け与えられるとは思うけれど、どうかな?」
なんのことかと思っていると彼女から分離した念土の一部がボクの左腕切断面に集まり、徐々に痛みが和らぐと失われてしまったボクの左腕が形成される。その処置が完了してようやくボクは今の自分が置かれた現状を理解した。
「貴女のことはなんて呼んだらいいの?」
「リィスでよいですよ。元々母上の偽名でしょうけれど」
「母上ねぇ。私には貴女を産んだ覚えはないけどね。それで思い出せたの?」
「概ね。ボクは母上の来世ということになるのですかね」
「私が貴女の前世ってこと? どうなのかな。記憶自体は私のものを引き継いでいるんだろうけれど魂はリンナのものだから」
「しかし、賭けには成功していたようでなによりなのですよ」
「成功って言っていいのか微妙だけれどね。貴女は私のこと忘れてたみたいだしさ。それにしても左腕の魂だけでよく事足りたわね」
「人間の魂とは根本的に違うみたいですから」
「みたいね。私の方は身体を再形成出来ても左腕を担ってたリンナの魂を切り離した影響か一切動かないもの」
「それで、これからどうなされるのです?」
「私が新たに身体を手に入れたことは向こうにも伝わってるだろうから遠からず向こうから接触して来るでしょうね」
「対策はあるのですか?」
「リンナの魂を切り離してしまった私にはあれを駆除することは不可能ね。相手は明らかに人間ではなかったもの。リンナと同種の存在か、それに類する存在みたいだったしね。駆除できる可能性があるとすれば貴女が鍵になるでしょうね」
「ボクが鍵ですか」
「それまで力を貸してもらうわよ」
急に与えられた情報に困惑しながらもボクは状況を飲み込み、はっきりと返答する。
「任せてください、母上」
母上と呼ばれた彼女は複雑そうな顔をしたが、ボクからの言葉を受け入れていた。




