第056話 絶命因子07
ずっと不思議だった。なぜ左腕を異形化させることが出来ないのだろうかと、それはリンナの凍結が解除されたばかりで以前のようには能力を発揮出来ないためだと思っていたけれど、そもそもボクとリンナには繋がりがなかったらしい。だからといって結局のところボクのやることには変わりはない。捜査中の人物が転生者かどうかは関係はなく、命導律師である者に審判を下す。それが顕界文明管理官としてではなく審理鍛刻師としてのボクの仕事だった。
それに志半ばで命を落としてしまった母上の仕事をボクが完遂することが出来れば、それはそれで記憶の中だけに存在している母上への手向けとなる。しかし、記憶をそのままに遺志を継いでいるのでボク自身が母上なのかとも思わなくもなかったけれどボクはボクであって母上ではないのだと結論付けた。
ただこれらのことに関してどうしても気になることがひとつある。
どうしてボクは今世での母上の記憶がないのだろうか?
それだけが妙に胸の奥で引っかかっている。今世の記憶さえきちんと引き継いでいれば命導律師の情報は容易に集められそうな気がしただけに少し残念ではあった。
そんなことを考えて過ごしているうちに母上似の人似偶像を破壊してから30日が経過しようとしていた。トールの情報が正しければ、そろそろ新たな人似偶像が廃棄される頃だろう。これから10日間は人似偶像を破壊した付近を重点的に捜索することにしたが、単身ではどうしても限界がある。それを補うための人員を確保して捜索範囲を拡大するために他の審理鍛刻師にも協会を通してそれとなく情報を共有しておいた。
結果として捜索開始から3日目に他の審理鍛刻師が人似偶像を発見した。だが発見した審理鍛刻師は、それを手ずから破壊したというわけではなかった。
どうやら捜索中に投身自殺を試みようとしている者を発見して引き止めようと声をかけたらしいのだが反応は返ってくることはなく、目の前であっさりと身投げされ、まだ息はあるかもしれないと急いで応急処置を施そうと駆け寄ったところ人似偶像であったと発覚したという流れだった。
ここでも廃棄される人似偶像は投身自殺を行うという不可解な行動に首を捻りつつ、新たな疑問が浮かび上がった。
人似偶像を発見した審理鍛刻師は経験の浅いボクと違って長年この仕事を務めてきた有能な人物だったのだが、そんな人物が投身自殺した人似偶像を人間ではないと見抜けなかったということだった。そんなことでは仕事に支障が出るし、そもそもこの仕事を遂行するだけの能力が欠如しているとしか言いようがない。それだけに妙だった。
それで件の人物によくよく話を聞いてみるとどうやら魔法力を感知出来ないようだった。それは彼だけではなく他の審理鍛刻師も同様なようでボクが死の紋象印を刻んで魔法力を除去したものならまだしも新たに回収された魔法力を多量に含有した念土を目の前にしても魔法力を感知することが出来ないでいた。
それを知り現在捜査中の命導律師に審判を下すのは母上から魔法力を感知することの出来る眼を授かったボクに与えられた絶対の使命なのだと感じた。
仇を討つほどの思い入れをボクは母上に対しては抱いてはいない。けれど彼女が成し遂げられなかった仕事だけは完遂させたかった。
早速、新たに回収された念土を解析して産地を特定したところ付近の採掘場から採取されたものが使われていることがわかり、やはり命導律師は拠点をこちらへと移している。しかも特定された念土の産地は兄上が荷車を引いて行った場所だった。それなら回収された念土で造られていた人似偶像と顔を合わせていないとも限らなかったので、ボクは大鋏を抱えて部屋に引きこもっていた兄上を無理やり引っ張り出して協会へと連行してきた。
ほぼ原形を残したままになっていた人似偶像の顔を目にした兄上は首を横にふる。さすがにそこまで都合よくは進まないらしい。肩を落として一旦身体の力を抜いた。
「リーくん。もう帰っていいですよ」
「無理やり連れて来ておいて、これで終わりなのか。勘弁してくれよ」
「勘弁して欲しいのはボクの方です。最近は、部屋から出ないでないをしているのですか」
「そんなもの俺の勝手だろう」
「母上の仇を討つのではなかったのですか」
「勿論そのつもりだ」
「探してもいないのにどうやって仇を討つつもりなのです」
「心配するな。近いうちに向こうから会いに来るはずだ」
「なにを根拠にそんなことを言っているのです」
「俺にはわかるんだよ」
「そうですか。でしたらボクも期待して待ってますね。それまではうちで英気を養っておいてください」
「あぁ、任せておけ」
自信満々にそれだけ言い残すと兄上は肩で風を切って帰って行った。その救いようのないほどに愚かな背中を見送りながら深くため息を吐いた。




