第054話 絶命因子05
幸いにも天候に恵まれて予定通りに入山3日目には何事もなく無事に目的地に到着した。
『ここです』
彼が指し示した先には魔法力を帯びた念土が、こんもりとちいさな山を作っていた。なにか不審なものはないかと周辺に目を走らせるが特に目に付くものはない。
「身を投げるのは、あの崖の上からということですか?」
『えぇ、だいたい30〜40日に一度の頻度ですね』
「前回がいつだったかわかりますか?」
『私が知る範囲だと70日近く前ですね』
「ここへは定期的に?」
『私の身体を維持するためにはどうにか魔力を補給しなければなりませんからそれをここの念土を利用して補っていましたので。同胞と言えなくもない彼らの亡骸を冒涜する浅ましい行為だとは思いますが私にもやるべきことがありますので』
「アリーシャさんのためですか」
『そうですね。それと私の中に眠る彼の望みでもありましたから』
「前回からいつも以上の期間が空いているとなるとここに送られる人似偶像を作製していた命導律師は廃棄場所を変えた可能性があるかもしれないですね。もしくはその命導律師が死んでしまったかですかね。10年以上継続していたことを急に辞めたとなると後者の可能性の方が高いかもしれませんが」
『前者だった場合もそうですが、後者だった場合どうしようもありませんね。だとすると私としてはかなり困ったことになりましたね』
「魔力さえ補えれば身体は維持出来るのです?」
『可能だとは思いますが。しかし、ここの念土に含まれていた魔力は少々特殊でしたので試してみないことにはなんとも』
「ボクの魔力で試しましょうか?」
『試していただけるというのでしたら』
「では」
彼へと手を伸ばして雷鎚に魔力を注ぎ込むのと同じ要領で彼に魔力を流し込む。必要な魔力量の目安がわからなかったので魔象人形1体を破壊するのに普段使用している程度に留めた。
『ありがとうございます。身体の維持そのものは問題なく行えそうです』
「そのものは、ということはなにか違う問題が?」
『何と言うのでしょうね。初めて取り込む念土以外からの魔力だけに違和感を覚えるといいますか』
「食中りみたいなものでしょうか。正確には魔力中毒といったところなのでしょうけれど」
『かもしれませんね。まだここには魔力が残されてはいますが、遠からず枯渇するでしょうから今後の魔力補給については独自に考えることにします。それで、これからどうされますか。街へ戻りますか? それとも』
「戻りましょう。ボクの目的は達しました」
ボクがここに来るきっかけとなった人似偶像は本来ならここに投棄される予定だったのだろう。けれど命導律師が拠点を移したために、あの人似偶像がここを訪れることはなかった。もしくは訪れようとしている最中にボクらに出くわしたといったところだろう。ここまで案内してくれた彼には命導律師の死の可能性を示唆しけれど念土から魔法力が消失していないところを見る限り死んだということはない。だとしたら新しい拠点はボクらの住んでいる街から遠くはないはずだと結論を出した。
下山も無事に全行程を踏破して麓街にたどり着いたのは下山開始から2日目の夕刻だった。ボクはアリーシャさんの実家で夕飯を摂り、その日は麓街で一泊してから審理鍛刻師協会本部のある街に乗り合い魔象人形を乗り継いで戻った。
協会本部に今回の遠征で得た命導律師に関する情報の報告と引き換えるように遠征費と追加の活動資金を受け取り、万象技巧士組合に向かった。
すると案の定兄上は依頼を完遂することが出来ずに帰還しており、違約金を払うことも出来ずに組合で雑用をさせられていた。
「リーくんは本当に愚かですね。簡単なお使いも満足に出来なかったのですか?」
「何を言うんだ。俺はきっちり念土の材料を運んで来たんだぞ。ただ依頼では産地が指定されていたらくして偽装しただのなんだのと言われてな」
「あきれてしまいます。なんのために頭が付いているのかわかりませんね。その採取して来たものはどうしたのです?」
「全部捨ててしまったぞ」
「リーくんは今しばらくここで雑用係でもしていてください。ボクは次の仕事がありますので、この辺で失礼します」
「待ってくれ、頼む。今回だけでいいんだ、お金を貸してくれ」
兄上は恥も外聞もなく地べたに這いつくばってボクの足に縋り付いてきた。
「以前も言いましたが御自分でなんとかなさってください」
「頼むよ、リィス。家族なんだから助け合うべきだろう」
「リーくん。ボクらは同じ母上から産まれたというだけの赤の他人です。お金を貸す義理はありません」
「なんてことを言うんだ。血の繋がった家族じゃないか。それを赤の他人だなどと」
「そもそもリーくんは本当にボクの兄上なのですか? あまりにも年齢が離れすぎていて信じ難いのですが。母の顔も知らないボクを騙しているのではないですか?」
そう言い放つと兄上は顔を強張らせる。それも一瞬のことで大きな手でボクの口を塞ぐとへこへこと頭を繰り返し下げながら「妹がお騒がせしてすいません」と引き攣った顔で言って組合の外にボクを小脇に抱えるようにして連れ出した。
「リィス、僕たちは血の繋がった家族なんだ。そこに嘘はない。だから二度とあんな悲しいことは言わないでくれ」
「でしたらボクの母上がどんな方だったのか教えてください」
「それはリィスが大人になればわかることだよ」
「リーくんはなにを隠しているのです。ボクに母上のことを知られるとまずいことでもあるのですか」
「なにもないさ。リィスが大人になれば、リィスの母上と同じになれる。ただそれだけのことだよ」
兄上の言動はなにひとつ理解出来ず。ボクはただただ困惑するばかりだった。
それを加速させる要素として彼が、なぜ急にボクを今までのように『お前』ではなく『リィス』と名で呼ぶようになったのか不審でならなかった。




