第052話 絶命因子03
兄上は2日経っても戻って来ることはなかった。前もって指定した期日なのでボクは気兼ねなく街間を定期的に往復する相乗りの魔象人形に乗せてもらい麓街に向かう。いくつか乗り継ぐことになり、それなりの金額がかかってしまったが、どうにか無事に目的地へと到着する。ボクはその足でこの街の万象技巧士組合に向かった。
この地域は物質資源に恵まれているのか、万象技巧士が街中を賑わせていて人材も豊富なようだった。当然、組合もかなりのひとで溢れかえっている。ボクは受付に兄上がここを訪れた際の伝言を残すと山岳地帯に詳しい人材に道案内役を頼むために相場よりも多めの金額を提示して斡旋してもらうことにした。
依頼してから半時間ほど経って紹介された人物はボクと同世代くらいの男の子だった。からかわれているのだろうかとも思ったが、組合職員とのちょっとしたやり取りから組合からの信頼は厚いようにうかがえた。
「あなたが案内してくださるのですか?」
問いに対して彼は右掌を視線の高さまで上げて真っ直ぐに右から左へと横移動させる。その際、彼の掌にはボクが雷鎚の印顆に紋象印を魔力で描くのと同様の手法で文字を宙に記す。
『山岳地帯に詳しい人物をご希望ということでしたので、僭越ながら私が務めさせていただきます』
記された文字から感じる魔力はどことなく転生者が異能を用いるときに使用する魔法力と似ていたけれど異能の発動は感じられないことから別物であることは間違いない。ただ妙な違和感があったので考え込んでいると彼を連れて来た組合職員が口を挟む。
「トールさんは事故で声を失われていますが、実力はうちの折り紙付きですよ。この辺りで彼以上に山岳地帯に詳しい人材は私の知る限りいないかと。かなりお若く見えて心配されているのかもしれませんが、こう見えて彼は10年近い実積がありますからね」
かなり熱の入った力説に気圧されながら彼へと再度目を向けると『ご不満でしたら報酬額を再検討して頂いても構いません』と伝えて来たのでボクは首を横にふる。
「ボクの形で判断されたのかと思ったのです。でも、ボク自身があなたをそうやって判断してしまっていたようです。申し訳ないです。こんなボクですが今回の依頼受けていただけますか?」
『もちろんです』
彼は短く肯定の返事を記してから『必要とあれば文字を音声化することも出来ますので、その辺りは心配なさらずに』と付け加えた。
その後、細かな条件や報酬額等を組合職員を介して書面を作成して契約は成立した。少しくどい手順を踏ませてしまったかと思わなくもなかったが、この手のやりとりには慣れていると彼はこともなげに記した。
長い契約手続きを終えて彼と組合を後にする。案内は明日からということになっているが、その前に方針などを話し合おうと食事に誘う。彼はしばし考えてから誘いに応じた。
どこかよいお店はないかと尋ねる前に彼は『ここを訪れたのなら一度は行っておいた方がいい』と食事処に案内されることとなった。
夕飯時ということもあり、店内はかなりの賑わいを見せていたが店自体にはなにかこれといった特徴があるわけではなく、よくある大衆食堂といった第一印象だった。
ただ彼はこの店の常連らしく、お客たちと度々挨拶を交わしていた。
「ここへは、よく来るので?」
『ここの空き部屋を間借りしてますのでね』
「客引きでしたか」
『世話になってる手前これくらいはね。それはそれとして料理の味は間違いないと保証しますよ』
「それならよいのです」
なるべく喧騒の控え目な席に着き、適当に1品注文する。あまり待たされることなく運ばれて来た料理に舌鼓をうち、腹六分といったところで食事のために動かしていた手をとめる。
「ちょっとお尋ねしてもよろしいですか?」
『なんなりと』
承諾を得たボクは対面の席から彼の隣へと移動する。本当ならテーブルを挟んで言葉を交わしたかったのだけれど周囲の耳が気になったが故の行動だった。彼の隣に腰を下ろすと右掌をテーブルの上にかざしてゆっくりと左から右へと手を移動させていく。掌が過ぎ去った跡には色の薄い文字がちいさく浮かび上がっている。これをテーブルの対面からでも出来ればよかったのだけれど文字列の上下を反転させて描くとなると今のボクの技量では無理があった。
『あなたは人間ではありませんよね?』
彼の筆記術を真似て投げかけられた不躾な質問を目にした彼は動じることなく『さすがは若くして審理鍛刻師となった方ですね』と返した。皮肉とも取れる返答だったが、さっと受け流して次の質問を描き記す。
『魔象人形や人似偶像とも違うようですが、あなたは一体なんなのです?』
『それは私にもわかりません。ですが、審理鍛刻師の審判対象となるかどうかは貴女の判断次第です』
これだけ聞ければ充分だとテーブルを中指でとんとんと二度叩いて描いた文字列を消去して筆談を取りやめる。そして最後に口頭で尋ねる。
「あなたの自我が芽生えた場所に案内してもらえませんか?」
それに対して彼は文字を描くことなく、ちいさく頷いて応じた。




