第050話 絶命因子01
「リーくんは愚かですね」
「仮にも兄に向かって」
「他に言葉が見つからないのですよ」
「それと、その呼び方は辞めてくれ」
「なにか問題がありましたか? リーくんはリーくんではないですか」
「なんというかガキっぽいだろ。俺はもうじき二十代を折り返す手前なんだぞ」
「照れていらっしゃるのですね」
「いや、まぁ、もういいよ。それでどうするんだよ、これ」
兄上が示す先には半壊した土塊人形が崩れ落ちていた。
「放置しておけば土に還るのではないですか? 元は土なのですから」
「土つっても念土ととして一度加工されてものだぞ、このまま放置しても平気か?」
「では、死の紋象印でも刻んでおきましょう。それで問題ないはずです。リーくんも鋏などではなく、ボクの雷鎚のような大鎚を使った方がよいのではありませんか。忌々しくも頑強な魔象人形どもも一撃の下に粉砕出来ますよ」
それを証明して見せるように原型を留めていた魔象人形の頭部へと大鎚を振り下ろして木っ端微塵に破砕した。
「この鬼鋏は母上の形見なんだ手放すことなんて出来ないよ」
「感傷ではごはんを食べることはできません。想い出よりも実利を取るべきです」
「身もふたもないことを言ってくれるなよ」
「事実なので仕方ありません。ボクの稼ぎがなければリーくんはごはんを食べることもままならないではないですか」
「返す言葉もないよ」
「では自覚していただいたようなので、その鋏を破壊させてもらいます。リーくんも早く大鎚を手に取って、ボクのような審理鍛刻師になるとよいですよ。違法な魔象人形を破壊するだけの簡単なお仕事ですので」
「いやいやいや、待ってくれ。形見だって言っただろ。お前の母上の遺品なんだぞ」
「ボクは母上の顔も知りませんし、浸れるだけの感傷の持ち合わせもありませんので」
「いや、俺が悪かった。頼むからこれを壊すなんてことはしてくれるな」
懇願する兄上は必死になってボクの強行を止めに入った。実際に破壊してもいいが関係にヒビが入るだけなので単なる脅しとして利用したに過ぎないが、こうも必死になられるとボクに対して兄上が抱いている心象具合が透けて見えた。
「わかりました。今はあきらめます。ですが、その前にひとつお聞かせください」
「なんだろうか?」
「なぜさきほどの戦闘で魔象人形に一切攻撃なさらなかったのでしょうか。なにか不都合がございましたか? 明確な理由がお有りでしたらどうぞ言い訳なさってください」
「何を言っても言い訳というわけか」
「くだらないことを言ってないで、早くお答えください」
「いや、なんだ。どうにもこいつらが悪い存在だとは思えなくてな」
「これは違法な術式の施された土塊です。存在が悪い悪くないではなく、存在してはならないのです。ご理解しておられますか? その考えは命導律師に賛同するに等しいことなのですよ。命は育むものであって、命を創造してはならない。それはこの世界の鉄則です」
「お前は審理鍛刻師としての思想に毒され過ぎてるんだよ」
「ごはんを食べていくためには必要なことですので。それにボクが聞きたいのはそんな答えではありません。誤魔化さないでいただけますか。明確な理由をお聞かせください」
改めて問い直すと兄上は途端に渋い顔をして、重たげに口を開いた。
「似てたんだよ。顔が母上にな」
「やはり感傷が邪魔をしているようですね。だから愚かだと言ったのです。魔象人形とりわけ人似偶像は報酬がおいしいのですから率先して破壊していただかないと困ります。次からは躊躇わぬようにボクが頭部を真っ先に破壊することとしましょう」
「容赦ないな」
「する必要がないのですから当然です。それにリーくんが言ったのですよ、母上の仇は命導律師なのだと。なのになぜ命導律師の造った魔象人形を破壊しようとしないのです」
「造物主と被造物は分けて考えるべきだと思うんだよ、俺は」
「度し難いことです。なにが仕掛けられているかもわからないというのに」
「それはわかっているつもりだが、心情的にはな」
「そんな無駄なもの捨ててください。ごはんが食べられなくなってしまいます。リーくんは恥ずかしくはないのですか、14も歳下の妹に養ってもらって」
「それは、はい、申し訳なく」
「思うだけでは」
「ごはんは食べられませんね、はい」
「そうですよ。全てはごはんのためなのです。きちんと働いてください。働いておいしいものを食べるのです」
「あぁ、わかってるよ」
「それにですね、リーくん。この人似偶像の顔が母上に似ていたということはボクらの捜している命導律師なのかも知れませんよ」
「それは確かにあり得るな」
「破壊されたことでなにかアクションを起こしてくれると良いのですが、難しいかもですね。使い捨てられた魔象人形でしょうから」
「目撃情報でも追ってみるか? これだけ精巧な人似偶像だったんだ人目には付いてただろ」
「精巧過ぎて街中に違和感なく溶け込んでいましたから気付いてもいないかも知れませんね」
「困ったものだな。手詰まりだぞ。しばらく魔象人形狩りを続けるのか」
「いえ、そうでもありませんよ。審理鍛刻師協会本部に、この人似偶像を構成していた念土を分析してもらって産地を絞り込んでみます」
「そんなこと出来るのか?」
「出来るはずです」
「だといいが」
「リーくんはリーくんでなにか探しておいてください。今日も働いていないんですから」
「そう責めないでくれよ」
「タダ飯喰らいは罪なのですよ。悔い改めてください」
「猛省してる」
「でしたら、その鋏を売ってくると」
ボクが鋏の売却指示をし終わる前に兄上は大鋏を担ぐと「目撃情報聞き込んできまーす」と街中の方へと小走に駆けて行った。




