第039話 死者延命14
私は空き部屋に入るたびにカーテン・絨毯・寝具などに火を放つという行為を幾度となく繰り返した。そうして十数部屋目にたどり着いた例の応接室、そこにはまだふたりの亡骸が放置されていたが、それ以上に目を引いたのは業魔の胴体がテーブルの上に無造作に置かれたまま残っていたことだった。ただ少し腹部が凹んでいるように見えた気がしたが些細なことだと無視して心臓のある位置に手を触れる。すると今もしっかりと脈打っていた。
重要なものではなかったのかと疑念を抱いたが、こちらにとっては好都合でしかなかったので気にするのは後回しにして松明のひとつを部屋の片隅へと放り出す。そして室内に残されていた血塗れのナイフを手に取り赤黒い胴体の心臓部に突き立てから懐から毒液の入った小瓶を取り出す。小瓶と栓を開け、ナイフを抜き取ると傷痕に毒液を注ぎ込む。小瓶の中身全てを注ぎ込み終わる頃には傷がみるみるうちにふさがってしまった。
毒の効果が発揮してくれればいいがと数分間待ち、状態を確認していたが程なく心臓は活動を停止して淡く放たれていた魔法力も消失した。
それを看取ってからもうひとつの松明をテーブルの下に放り込み、応接室を出た。
目的を達成したが私はどうしても気になることがあり、任務完了の報告を保留して玄関ではなく書斎へと向かった。そうして向かった先で私はなんとなくノックする。
「どうぞ、開いているよ」
返って来たのは随分と落ち着いた声だった。
「おかえり。君はきっと帰ってくると思っていたよ。君には私が必要だからね」
出迎えたのは私とそう変わらない年齢の若い男だったが、目鼻立ちはグウェンとよく似ていた。
「グウェンなの?」
「あぁ、そうだよ」
「でも、その姿は」
「驚いたかい? やっと君と同じになれたんだよ、私も」
「私と同じ?」
「そうだよ。生骸とは少しばかり違うけれどね」
「生きたまま骸操術を自身に施したってことなの」
「よくわかったね。君を連れ出した彼から得た知識かな」
「そうね。でも、なんでそんなことを? 若返るため?」
「君のためだよ。君に相応しい容姿それと君と同じく永遠の時を生き永らえるための肉体を得るためにね」
「グウェン、それは無理だよ。私はもうすぐ動けなくなる。それに生命霊液の原料になってたあれもダメにしちゃったから」
「あぁ、そんなことを気にしてるのかい。心配いらないよ。もうあんなものは必要ないからね」
「必要ない?」
「そうだよ。二体の業魔の内腑を喰らって得た魔力で死棄者となった私自身の血からいくらでも生命霊液なんてつくれるからね。君が不安に思うことはなにもないんだよ」
最早、彼とは会話が成立しないと悟った。なにを言ったところで彼には彼の世界が成立し続ける幻想に囚われている。彼からは魔法力など感じられない。そんな彼の血から生命霊液など精製出来ようはずもない。おそらく彼は転生者が死棄者とやらと同一の存在だと誤認しているのだろう。そんな彼には私の言葉など端から届いていない。所詮は私の死体を使ったお人形遊びをしている気狂いでしかなく、私の人格は彼の中には存在していなかった。それを確かめるように質問を彼に投げかける。
「ねぇ、グウェン。貴方はどうして私を求めるの?」
「君が美しいからだよ」
「私のどこが好きなの?」
「容姿だね。特にその顔が私の理想とする容貌をしているよ」
「ありがと。でも、それも長くは続かないと思うよ」
「そうはならないさ。そうさせないために君を殺して生骸にしたんだよ。老い衰えて醜くなる君など存在してはいけないからね」
「あぁ、そう、やっぱりそうだったんだね」
「そうだよ。喜んでくれるかい」
「えぇ、とても嬉しいよ。だから、ずっと一緒に居るためにあなたの全部を私に頂戴」
彼が求めていそうな言動を用いて、彼に魔力供給を求める。すると彼は素直に従った。いや、彼の脳裏に描かれたお人形遊びの役柄に則した行動をとったに過ぎない。しかし、それは私にとって最良の結果となった。
彼との最後の口付けを交わして彼の保有する魔力のほぼ全てを注ぎ込まれる。魔力が枯渇して崩れ落ちそうになる彼を私は強く彼を抱きしめ、それを阻止し続けた。
そうしているうちに階下からぱちぱちとちいさく爆ぜる音が耳に届き始め、壁面と床の隙間から煙が流れ込み始めた。それを追うようにして、ちろちろと蛇の舌のような火が部屋へと入り込み、絨毯を舐め広がっていった。あとはもう時間の問題だった。室内は橙の炎に包まれ、衣類にも燃え移り、私とグウェンの肌が焼け焦げ、嫌な臭いを漂わせる。死体である私は全身が焼ける痛みに苛まれることも意識を飛ばすことなく息を止めるなどという行為も必要としなかったが、私とは違って生体に骸操術を施して死棄者となったグウェンは、肺が機能していたが故に一酸化中毒で意識を失っていた。もう充分だろうと彼を私の腕の中から解放する。どさりと床に崩れ落ちた彼は燃え盛る炎に包まれ再生する様子もなく炭化していった。
一方で私はというと生命霊液の効果なのか、グウェンから注がれた魔力の影響なのか、火傷を負っても即座に回復して何事もなかったかのように肉体は元のまま保持されていた。ので炎の中でグウェンが復活することがないであろう骨だけとなるまで看取った。
夜が明けた頃、倒壊した屋敷の瓦礫から這い出す。そこへ吹き付けた冷たい風に身を震わせてから自身がなにも身につけてないことに気付く。炎に焼かれて衣服などとっくに燃え尽きてしまっているのだから当然のことだった。
周囲には消し炭しかなく、服など望めるはずもないと思っているとふわりと布切れが肩にかけられた。
「無事だったんすね」
「無事に見える?」
「違うんすか?」
「まぁ、外傷はないわね」
「なら無事ってことで。それでこれからどうするんすか、帰るとここんなことになっちゃってますけど」
「野次馬は?」
「とっくに帰ったっすよ」
「もしかしてあの日からかなり時間経ってるの? 夜が明けてすぐに瓦礫の中から這い出てきたと思ったんだけど」
「鎮火して10日ほど経ってるっすよ」
「そんなに」
「そんなにっすよ。花の世話しに通いながらずっと探してたんすからね」
「消し炭になってるとは思わなかったわけ?」
訊きながら肩にかけられていた服に袖を通す。
「生命霊液のことがあったすからね。そう簡単にはと」
「単に私がしぶとく生き残ってるとでも思ったんでしょ」
「そういうことっすね」
「失礼なやつね。でも、なんだってこんな時間にいるのよ」
「目立つんすよ、昼間だと。それに日中は最近在り付いた仕事の関係で来れないっすしね」
「そういうことね。で、花は?」
「枯れてはいないっすよ。まだつぼみをつける様子もないっすけど」
「気長に付き合ってやってよね」
「ねぇちゃんがいるんだからもう俺が世話する必要ないじゃないっすか」
「そういえばさ、あんたまだあれ持ってる?」
「急になんの話っすか」
「ここに来る前に渡したでしょ」
「もう捨てちゃいましたよ」
「嘘ね。後生大事に今も持ってるんでしょ」
「なんに使うつもりっすか」
「渡したときに言ったでしょ」
「必要なんすか、それって」
「これ以上、お人形遊びに付き合うのはごめんなのよ。それにもう魔力なんて残ってないし、ここから動けそうもないもの」
「だったら俺が」
「私の遺体は花壇の側にでも埋葬してくれる?」
「俺の話を聞いてくださいよ」
「なら私の亡骸相手に話しなさい。私の意識が途切れた後、この身体をひとり遊びに使おうがなにしようがあんたの好きにしていいからさ」
「そんなこと」
「出来ない? 今やってることと大して変わんないじゃない」
「それは」
「とにかくさ、ここに残ってる生命霊液とっととダメにしちゃいたいんだけど」
自身の左胸をとんとんと指し示す。ゲイルは目を背けていたが、諦めたように毒液の満たされた小瓶を取り出して私へと手渡した。
「ナイフかなにか持ってない?」
「持ってないっすよ」
「そ、ならこれでいっか」
手元に落ちていた割れた硝子片を拾い上げ、彼の見ている前で無雑作にざくりと胸元に突き立てる。彼はとっさに私の治療をしようと手を伸ばして来たが、それをぺしりと打ち払ってから小瓶の栓を抜く。彼は今にも泣きそうな顔をしていたが、そんなことなど無視して硝子片をわずかばかりひねって傷口を抉じ開ける。そして硝子片に毒液を滴らせて傷口の奥へと流し込んでいった。
「じゃ、埋葬よろしくね。あと、あの花ちゃんと咲かせなさいよ。私の墓前に供えて貰わないといけないんだから」
それだけ言い残して私は意識を手放した。




