第022話 精神侵食09
「ダメだ。対象が多過ぎる。少なくとも1万はいるぞ。一箇所に固まってるならまだしも、こう散らばってちゃーな」
ロジィは大量の紙束をテーブルにぶちまける。
「この量を一件一件虱潰しに確かめてくのは無理があるわね。たぶん調べてる間にも対象者は増えていくでしょうし」
「それにしてもわからないな。なんだって殻命の祖は任務を半端なまま放置してるんだ」
「還らないためじゃない? 対象もしくは自分が死なない限り、任務が終わることはないから強制送還されることもないもの」
「目的は今回あたしがお前さんにやらせてることと同じってことか」
「うん。でも生存が目的にしても数が多過ぎるわね。見境ないといっていいほどだわ。他になにか理由があるのかしら」
「見境ないか。もしかして身体を乗り換える度に発症者が増えていってることそのものに原因があるんじゃねーかな」
「……そうか、器。異能持ちの魂を受け入れられるだけの肉体を探してるのかも知れない。転生時の肉体はとっくに朽ちているでしょうし」
「それでか。殻命の祖がひーじーさんの身体を乗っ取っていた可能性があるにも関わらず発症していなかったのは」
「おそらくそうだと思う。同じ転生者の肉体だったから異能持ちの魂にも耐えられた」
「だとしたら」
そこまで口にしたロジィと顔を見合わせて頷き合う。
「急いだ方がいいかも知れない」
街へと駆け出し、学園へと向かう。
「私が最後に顔を合わせたのは半年以上前だけれど、そのときは無事だったはず。顔を合わせるときは毎度左腕を抑え込むので精一杯で見落としてた可能性もあるけれど」
「しかし、解せないな。なぜすぐに乗っ取らないんだ。予知で新たな転生者が来ることも知っていただろうに」
「私の存在が邪魔だったのかも」
「お前さんの目か」
「それもあるだろうけど、私に肉体を破壊される可能性があるからなんじゃないかな。それか私がショータの肉体に殺されたときの送還に巻き込まれる可能性を警戒してるのかも。一応は私と同じ顕界文明管理官だし」
「そういうことか。それならいっそこれを破壊してみるか。殻命の祖を送還出来るんじゃないか?」
走りながらロジィは懐に忍ばせていた予知の魔導球を取り出して、指先でコツコツと叩く。
「あんたも非情よね。その中にいるのは、あんたの曽祖父だってのに」
「会ったこともない上に、もうとっくに死んだ人間だぞ。今更、躊躇う必要がどこにあるよ。帰る肉体もないってのに」
「ロジィは私なんかよりよっぽど私の仕事に向いてるよ」
「全く嬉しくない褒め言葉だな」
ロジィは魔導球を指で弾き上げ所持していた魔杖筒で魔砲を放ち正確に撃ち抜いた。
「どうだ。なにか反応はあったか?」
「送還反応は感じられない」
「貴重な魔導球無駄にしちまったな」
「気にするとこそこなの」
「当然だろ。しかし、まずいな」
「えぇ、たぶん気付かれた。でも、なんで送還されないのかしら」
「管理官除名されてるんじゃないか?」
「最悪ね」
学園に到着し、事務手続きをすっ飛ばして駆け込む。背後に上がる事務員の怒声を聞き流しながら校内を走り抜ける。
「ショータの所属は?」
「こっちだ。今はアーガイルの教室に所属してたはず」
「え、なに。あいつ教師になってたの?」
「そーなんだよ。笑っちまうよな。興味あること以外一切目に入らないようなやつなのによ。それが教師って」
「あんたがそれ言うの」
「あたしは教師にゃならねーよ」
「でしょうね」
「着いた」
勢い任せに教室の扉を開き、飛び込む。私たち突然の闖入者に教室内にいた全員の視線が突き刺さる。その中のひとりが逸早く、冷静さを取り戻して教壇より声を投げかけて来た。
「なんだい君たちは卒業生に今更この授業は必要ないだろ」
「おいおい、アーガイル。あたしはうちの子の様子を見に来ただけだぜ」
「今日は参観日ではないぞ」
「とにかく無駄話してる暇はないんだよ。ショータはどこだ?」
おちゃらけた雰囲気を消して声を低めたロジィの様子からアーガイルはなにかを察したようで、うんざりした表情を真剣なものへと切り替えた。
「彼なら先刻調子が悪いからと退席した。医務室に向かったはずだ」
「遅かったみたいね」
「悪りぃな、アーガイル。邪魔したな」
教室を後にして念のため医務室の方へと向かったが案の定空振りだった。
「どうする?」
「ショータの身体を乗っ取ってるんなら私の左腕の暴走が使えるかも」
「大丈夫か?」
「これがあるから」
左腕の腕輪をとんとんと指先で突いてみせる。
「それにこの方法は、まだそれほど遠くに行ってない今しか使えない」
「OK、ヤバくなったらあたしが切り落としてやるよ」
「まだそれやる気だったの。やめてよね。とにかく行くよ」
左腕の制御を捨てた直後、指先から異形化が進行していく。手首まで変化するとなにかを求めるように私の意思を無視して蠢き始めた。
「気持ち悪いわね」
「お前さんの手だっての」
「とにかくこれで追える。ロジィ、覚悟は出来てる?」
「あたしの手でやれるだけマシだ」
「割り切ってるわね」
「悔やんでも状況が悪化するだけだからな。しかし、他の身体に逃げられる可能性の方が気になる。無駄死にさせちゃ、申し訳が立たんからな」
「この状況になるまでショータの身体を乗っ取るのを渋ってたところを見る限り、大丈夫だと思う」
「そうか。それなら問題ない」
ロジィは魔杖筒をぎゅっと普段よりも強く握りしめる。それを見ぬふりをして私は暴走する手の示す方へと足を踏み出した。
「行くよ」
「おーよ」
その声を合図にして私は右手の甲とロジィの左手の甲をこつりとぶつけ合う。その際にお互いに強化魔法を掛け合って疲労した身体に鞭を打ち全速力でショータの身体を追って走り始めた。




