第015話 精神侵食02
現在時刻は13時00分を少し回った頃だろう。私対策というやつなのかアルのときと似たような状況をつくられていた。
ただ気になるのは、あのときは一切左腕を使っていない。あの世界を離脱するときもナイフを使った後追いでの自害という形を取っている。他に特定出来る要素といったら私自身の魂魄に刻まれた傷が因果に与える影響から毎度身体に似たような損傷を受けてしまっているということくらいだが、その辺に関してはリンナが割り込みをかけて私が顕界文明管理官として特定されないように左腕を介して偽装した魂魄情報で上書きしてぼかしてくれている。それだけに今回の状況は余りにも解せなかった。
「見た感じ外傷はないようだし、強力な魔術の余波に当てられて気絶しているだけでしょう」
「これってやっぱり」
「貴女の所為でしょうね」
「だよな」
「とにかく運ぶわよ。ここに放置して行ったら半日後には鎧蟲の餌食になりかねないもの」
ロジィは責任を感じてか即座に男の子を抱えて魔導車へと運んで行った。それを尻目に私は彼が倒れていた辺りを見渡したが異世界の物品が持ち込まれているということはなさそうだった。
遅れるようにして魔導車の運転席に乗り込むとロジィは当然の疑問だとばかりに尋ねる。
「なにしてたんだ?」
「その子の身分を明かすようなものが落ちてないか探してたのよ。こんな場所に子どもがひとりでいるなんて不自然でしょ」
「そうか?」
「どんなことがあったら近くに街もなにもない場所にひとりで来ることになるのよ」
「鎧蟲の生態観測とか?」
「あぁ、そうね。あんたはそういうやつだったわね」
「いやいや、さすがにあたしでもそんなことしなかったって。そいつの服装見る限り、そうじゃないってのくらいまるわかりだしよ」
じろりと睨み付けるとロジィは「あー、こわいこわい」と嘯くようにつぶやいた。そんなロジィを無視して後部座席へと目を向ける。そこには私立学校のものと思われる制服を着込んだ男の子が横たえられている。制服は真新しく、彼が新入生であることをうかがわせた。
「他に誰か倒れてないか確認したら街に戻るわよ」
「起こさなくて平気か? 一応さ、ほら」
「呼吸は安定してるし、治療の必要性もなさそうだから問題ないでしょ。迷子なのか捨てられたのかわかんないけど下手に起こして親はどこだとか泣きわめかれても面倒でしょ」
「冷てーな」
「その子を冷やしたのはあんただけどね」
「物理的にはそーだけどよ」
「とにかくさっさと厄介なお荷物とはおさらばしたいのよ」
魔導車を発進させる。ロジィは重ねてなにかを言って来ることはなく、助手席で口笛を吹きながら時折後部座席をちらりちらりと横目でうかがっていた。
湖を一周して鎧蟲が凍結している場所まで戻ってきたが他に誰かが巻き込まれていたということはなかった。
「じゃ、とっととずらかるわよ」
「ハイハイ、任せるよー」
街への向け魔導車を走らせながら気のない返事をするロジィに対して、意地悪く告げる。
「そんなに気になるんなら後部座席に移れば?」
「気にはなるけどよ。どう扱っていいかわかんないんだよな」
「ふーん。でも、意外ね。あんたが子ども好きだったなんて」
「別に好きってわけじゃねーよ。まず関わることなさそうな生き物だし、どんな生態してんのか気になるんだよ」
「あぁ、そういうことね。その割には、その子見つけたときかなり動揺してたみたいだけど」
「ここぞとばかりに引っ張るな」
「こんな機会、滅多にないしね」
「ひでーやつだ」
「お互い様でしょ」
「まーな」
「で?」
「まー、なんだ。あたしがやらかしたってのもあるが。そいつ服汚れてねーし、ひとりであんなとこまで行けるわけもないからよ。どう考えても捨て子だろ。あたしも親に捨てられたからそれで気になるのかもなって、そのことはお前さんもよく知ってるだろ?」
「そりゃね」
「じゃ、今更聞くまでもねーじゃねーか」
「なんで聞いたかなんてわかりきってんでしょ?」
「あたしをいじりたかっただけってんだろ。本当にしょーもねーな」
「そのしょーもないことをいつもはあんたがやってんだけどね」
その返しになにか思うところがあったのかロジィは運転する私の横顔をじっと見つめながら問いかけた。
「熱でもあんのか?」
「どういう意味よ」
「らしくねーなと思って」
「そんな気分なのよ」
「気分、気分ね」
「なにか言いたそうね」
「じゃ、聞くけどよ。あたしになんか隠してねーか?」
「はぁ? 毎日毎日四六時中顔突き合わせて過ごしてるってのに、今更隠し事もなにもないでしょ」
「実はお前さんの子だったりとかさ」
「いつくのときの子よ、いくつの。まだ16だっての。もうすぐ17だけどさ」
「ほら、あいつなんて言ったけ? よく図書館で見かけた学園一の変人って感じのあいつ」
「アーガイル?」
ロジィ以上の変わり者となると思い当たる人物がなかなか出て来ず。とりあえず脳裏に浮かんだ名前を口に出してみたが彼女の反応からするに正解だったらしい。
「そーそー、そいつ。あいつって「子どもを生成する実験をしてみたいんだけど、手伝ってくれないか?」とかお前さん辺りに言ってきそーだしさ」
「誰もそんなくっだらない誘いに応じるわけないでしょ」
「お前さんって場の雰囲気に流されそうだし」
「そもそも、あいつがお熱上げてんのは図書館司書してるマリィでしょ。私じゃないし、雰囲気に流される気もない」
「マリィって、あのマリィ? あたしが図書館で文献漁ったりしてると、やたらとじーっと視線送ってきて居心地悪いんだよな」
「あんたの普段の言動が頭悪過ぎて、貴重な文献を粗雑に扱いそうだと思ってるんじゃないの?」
「確かに内容理解してるのか試されたことあったな。やたらと質問責めにされて相手にするの面倒だったぞ」
「それって……いや、いいけど」
単純にロジィに教えを請いたかっただけだったのだろうが、私らに対する周囲の目が気になって普通に質問することが出来なかったのだろう。それをロジィに伝えたら面倒なことになりそうなので言及は避けた。
「実際のところどうなんだ?」
「なにがよ」
「子ども」
「子ども身ごもってたらひと目でわかんでしょ。あんたを含めた全員の目が節穴でもない限り」
「そりゃ、ごもっともだ」
「で、本当はなにが聞きたいのよ」
「なんのことだ?」
「変に話題転換なんてするからよ」
「あー、わかる?」
「何年の付き合いだと思ってんのよ。いちいち遠回しに探り入れなくていいわよ」
「だよな。率直に言っちまえば、そいつを見つけてからお前さんの様子があたし以上に変だから気になったんだよ」
「理由はあんたと一緒よ」
「そうなのか?」
「そうよ」
「そうか。なら、いいけどよ」
ロジィは私の回答に納得はしていないだろうが街までの道すがらはこのことについて改めて追求してくることはなかった。




