第016話 精神侵食03
私たちが生活拠点としてる魔工都市テックの郊外にある倉庫へと魔導車をしまって、そのまま車内で今後の方針を話していたが折り合いがつかずにいた。
「学園に預ければそれで済む話じゃない。寄宿舎もあるんだし、身元不明でも引き取ってくれるでしょ」
「いや、責任持ってあたしらが身元を引き受けるべきだね」
「なんなの。急に母性にでも目覚めたの?」
「そーじゃねーよ」
「それはペットじゃないのよ、わかる?」
「わかってるって」
「じゃあ、なんなのよ。なんでそんなにその子にこだわるのよ」
「直感」
「は?」
「だからよ、そいつはあたしらが育てるべきだって直感が、びびびっと来たんだよ」
「なーに意味わかんないこと言ってんの。それは愛玩動物じゃないの。人間よ、人間。他人を導けるほどの人生経験も経済力もない私らがどうこう出来る問題じゃないでしょ」
「いーや、出来るね」
「自分ひとりまともに飼育出来てないのに、よくそんなこと言えるわね」
「それは否定しないが、それとこれとは別問題だろ」
「一緒よ、一緒。なにとんちんかんなこと言ってんのよ」
「だったらだ。あたしらでそいつを育てる。学園にも行かせる。それでいいだろ」
「いいわけないでしょ。どこにそんなお金あるよの。それを寄宿舎にぶち込めば私らが学費も生活費も負担する必要はないのは知ってるでしょ」
「そこは交渉するさ。あたしらのとこを下宿代わりに使わせるって方向で」
「それが通るってんなら別にいいわよ。ただし私はあんたの気まぐれには絶対に関わるつもりはないからね」
「確かに言質はとったぞ」
「もう勝手にすれば」
「OK、OK、勝手にさせてもらうな」
勝ち誇ったように言うロジィは発見されてからかれこれ数時間経ってもまだ目を覚ましていなかった男の子を強めに揺さぶった。するとそれを待っていたかのように男の子は眠たげに目を擦りながら欠伸をした。目をぱちぱちとさせながら無言できょろきょろとした後、起き上がってきちんと姿勢を正して座ると私たちへと顔を向けた。
「や、おはよお」
片手を上げて満面の笑みでロジィは挨拶を試みたが男の子はただただきょとんとしていた。
「もしかして言葉が通じてないのか?」
「どうすんのよ」
「こりゃ、想定外だったな」
「さっきのあれはあきらめて、やっぱり寄宿舎に預けるべきよ」
「いーや、あきらめないね」
今度は大げさな身振り手振りを交えて会話を試みていたが、どうにも反応が悪かった。男の子は聞いたことのない言語で話しかけられ続けて次第に不安が募っているのか、ぎゅっと握った拳を両膝の上に置いて俯き加減で硬直していた。
私としては転生特典で言語を取得させられていないと言うだけで嫌な予感しかせず今すぐにでも距離を取りたい気分だった。
「うーん、仕方ない。片っ端から試してみるかな」
などとロジィは意味ありげにつぶやくと次々と彼女自身が知りうる限りの他言語を駆使し始めた。そうしていくつ目だろうか、彼女はどういうわけか『おはよう』と私が顕界文明管理官になる以前使用していた言語を口にした。
男の子はようやく耳慣れた言葉を聞いて、ぱっと顔を上げた。それを見てとったロジィは正解を引き当てたと確信して再度その言語を使用した。
『この言葉なあわかうか?』
男の子は、こくりと頷いた。
『どこかあ来たか覚えてうか?』
男の子は、首を横へ振った。
そんな形で意思疎通が可能になるとロジィは質問責めにして男の子自身の情報を引き出そうとしていた。だけれど彼は家族のことすら覚えておらず言葉と自分の名前以外なにも覚えていなかった。それはアルのときも似たようなものだったのでなんとなくそんな気はしていた。
「ロジィ、その言葉どこで覚えたの?」
「あぁ、これか。原初の魔砲使いが使ってたらしいんだよ、この言語。漁った文献でも極稀にしか見かけなかったし、発音あってるのか怪しいけどな」
「なんでそんな言葉を、その子が?」
「さーてね。神隠しに遭って時間跳躍でもしたとかか?」
「あるわけないでしょ、そんなこと」
「もしかしたら、もしかするかもよ」
「くだらない妄言ね」
「可能性としては、なくはないだろ」
「微塵もないわよ、そんな可能性」
「とにかくだ。これで第一段階はクリアだな」
「その子となに話してたんだか知らないけど、本当に大丈夫なんでしょうね」
「心配無用」
「だといいけど」
ロジィが再度男の子と会話を試みているのを尻目に深々とため息を吐く。彼女がやたらと転生者の男の子にこだわっていた理由がなんとなく見えて来た。
ロジィは、この世界に送り込まれた過去の転生者に対する知識をどこかで得ていた。私も前任者たちが仕損じた転生者についてはそれなりに調べてはいたが、彼女が言うような文献にはお目にかかったことがない。それだけに妙な気分だった。
この世界に大きな影響を与えた転生者はふたり。鎧蟲を生み出したと言われる殻命の祖、そしてロジィが口にした原初の魔砲使い。
前任者は厄介なものを残してくれたと頭が痛くなる。特に殻命の祖に関しては恨めしさしかない。出来ることなら遥か過去まで遡って私が手ずから葬ってやりたいくらいだった。




