第010話 消息不明01
泥濘む地面に足をとられた隙を相手は見逃すはずもなく、裂帛の気合いを発して大剣を上段から振り下ろす。
回避は間に合わない。
迫り来る一撃に死を覚悟したが身体は反射的に強化魔術を施した右腕の膂力と上半身のバネだけで片手剣を逆袈裟に振り上げていた。
けたたましい剣戟が響く。
打ち下ろされた大剣を勢いと力任せの一撃で間一髪弾き返す。手中の片手剣は打ち合った際の衝撃に耐え切れず破砕していた。
オレは柄だけが残された手中のガラクタを眼前の相手へと投げ放ちながら後方へと飛び退って足元に転がる死体から武器を剥ぎ取る。新たに手にした片手剣に強化魔術を施し、まだ構えが乱れている相手へと地面を這うように駆けてがら空きになっている相手の胴を目掛けて斬りつける。得物の特性上防御は間に合わないかと思われたが大柄な相手は器用に大剣を操り、剣の腹でこちらの一撃を防ぐと同時に腹部へと強烈な拳を叩き込んできた。余りの威力にオレの痩躯は簡単に吹き飛ばされ、体格差による純粋な膂力の差を思い知らされた。
地面を転がり泥塗れになった身体が重い。
浅く息を吸って呼吸を止め、一足で相手の間合いへと飛び込んで左腕を突き出すと大柄な男は警戒するように大きく飛び退って回避した。
やはり二つ名と言うのは便利だと再認識する。オレは右手に持っていた片手剣に簡素な魔術を追加付与して相手の注意を引くように頭上へと投擲し、爬虫類化した左腕を大きく振りかぶりながら突進した。
オレの突進を阻害しようと右前方から矢が飛来する。それを右手で掴み取り、射手へと投げ返す。余計な動作は正面の相手にとっては充分すぎる隙となった。
とっさに左腕を掲げて防御を試みたが強化魔術ごと切断される。左腕を捨てて相手が放った一撃の勢いを殺していなければ胴体まで斬り裂かれていただろう。大剣が喰い込む左の肩口に血を滲ませながら相手を睨み付け、右の拳が砕けるのも構わずに全力で左腕を切断した大剣の側面を殴り付けた。
それはどうにか相手の膂力を上回り、体勢を崩させた。
そこへ後方に控えていた味方の射撃魔術が殺到し、眼前の男を次々と刺し貫いた。
相手は理解出来ぬといった様子で目を見開き、オレを見据えた。そこへ頭上に投擲していた片手剣が降ってくる。それを先刻まで砕けていた右の手で掴み取り横へと振り抜く。剣先は相手の頸動脈を斬り裂き、鮮血が舞った。
「武器に頼りすぎなんだよ、おっさん」
そう吐き捨てると私は切断された左腕を拾い上げて強引に治癒魔術で接続し、幾重にも特殊な魔術が重ね掛けされた大剣を奪って撤退した。
「対象の生存を再測定、死亡時には転送を」
逃走中、虚空へと向けてひとりごちるも反応はない。
「クソッ、今回もハズレかよ」
忌々しく毒付いて歯噛みする。転生者の異能取得限界時刻は既に2年も前に過ぎ去っていた。
拠点へと帰還し、その足でうちの団に所属している治療師の居る天幕へと向かった。
「先生、よろしく頼むよ」
「また蜥蜴の尻尾切り?」
「これがオレの戦い方なんだよ」
「そのうち動かなくなっても知らないよ」
「もとからまともに指すら動かねーし、盾代わりになるなら充分だろ」
「あんまりこんなこと繰り返すようなら治療を拒否するかもよ?」
「先生はそんなことしないさ」
「そんなこと言われたら断れないじゃない」
「感謝してる」
「だったら無茶しないでくれるかな」
「無理だ。捨て身でもなきゃ、二つ名持ちなんて相手に出来ない」
「自分も二つ名持ちでしょ、黒蜥蜴殿」
「不名誉な二つ名だよ。赤竜の名を冠する傭兵団に所属してて蜥蜴なんてよ」
「だったら尻尾切りをやめなよ」
「気が向いたらね」
「はぁ、あなたのことだから私の言うことなんて聞いてくれないんでしょうけど」
「じゃ、治療どうもね」
長々とした小言が始まりそうだったのでそそくさと場を後にして団長の元へと戦利品を片手に向った。
「親父殿、今回の戦利品だ。施されてる術式は多少綻んでるが対抗魔術の魔導具としては一級品だし、中央の魔術師にはかなりの高値で売れるんじゃねーかな」
「鉄鬼を討ち取ったのか」
「あぁ」
「また勝手に、お前は」
「いつかは相手をすることになってたんだろうし、問題ないだろ。それに団の名は使ってない」
「そういう問題ではない。なんでお前はそう生き急ぐんだ」
「何度目だよ。もう、その話はいいだろ」
「お前は女なんだぞ、わかっているのか」
「あんたもオレを女と侮るのか」
「何故そうなるんだ」
「もういいよ」
投げやりに会話を切って戦利品の大剣を残して自分の寝床のある天幕へと引き上げる。
この地域で二つ名持ちはオレを除くと残るは親父殿だけだ。これだけ狩り尽くしても対象が死亡していないとなると能力を隠して平凡な人間を演じているのだろうか?
だがリンナの予報した転生予定地は当時かなりの激戦区で異能を使わなければ転生したばかりの人間が生存することは不可能な状況だっただけに不思議でならなかった。
寝袋の上に座り込み、右腕に厳重に巻き付けた包帯を解いていく。素肌をさらした右腕はあちこちに打撲痕が残っており、何度となく骨折を繰り返したことで見苦しいほどに歪んでいた。
手の感覚を確かめるために手を握ったり開いたりしてみる。手のひらの皮膚が何度となく破けては張り代わっているために分厚く硬質化していて握り込み難いくらいで指関節には問題はなく、生活に支障はなさそうだった。
不具合の有無を確かめてから独自に薬草を煎じてつくった軟膏を右腕に塗り、包帯には治癒魔術を何重にも施しながら巻いていった。
ずっと考えないようにしていたが包帯を巻き終わった腕を見つめながら、ふと考えてしまう。
本当に転生者などいるのだろうか?




