第十一話 十二個の始まりの器
傷がまだ完全には癒えきっていない俺は、九重堂の1階作業場にいた。
大きな作業机を囲み、俺と黒江、神崎、そして小夜の四人が集まっていた。
神崎が持参した陰陽寮特製の霊薬のおかげで痛みは引いているが、空気は重く張り詰めている。
「……まずは、私からお話しさせてください」
小夜が静かに口を開いた。
その瞳には、かつて刺客として俺たちの前に立った時とは違う、優しげで深く痛ましい色が宿っていた。
「私が陰陽寮に入る前……冴木刹那の配下として動いていた頃のことです。私は、冴木が何を目的として戦っているのか……その理由を直接聞いていました」
小夜は記憶を辿るように、ぽつり、ぽつりと語り始めた。
◇
闇の世界に生まれた私は親を知らず、色々な仕事をこなしながら生きてきました。
月明かりすら届かない、冷たい竹林の奥深く。
冴木刹那はいつでも、長大なる太刀を静かに磨いていた。
その傍らには、常に一人の美しい遊女の幻影が寄り添うように漂っている。
『……冴木様。何故そこまでして戦われるのですか』
小夜が尋ねたことがあった。
冴木は刀を拭う手を止めず、氷のように冷たい声で答えた。
『……我が愛しき者を、再びこの世に呼び戻すためだ』
冴木の背後に浮かぶ遊女の幻影——化生の器の化身である彼女の名は『鏡花』。
冴木にとって鏡花は単なる武具でも妖怪でもない。かつて生前、己のすべてを捧げて愛した女性そのものであり、死してなおその魂を刀という器に繋ぎ止め、その力を振るっているのだという。
『……あの“死者蘇生の術者”は言った。あなたの恋人をこの刀の付喪神と同化させました。大丈夫です、この刀が壊れない限り、あなたの恋人は生き続けます。そしてこの試練を勝ち残った最後の一人だけが、真に望んだ者の命を完璧に蘇らせることができると』
冴木の瞳には、狂気とも言える執念の炎が宿っていた。街でみた哀れな歩く死体。あの歪んだ怪物どもは、術者が『勝ち残りゲーム』の駒として、あるいは実験の失敗作として撒き散らした副産物に過ぎない。
冴木はその残酷な実態を知りながらも、ただ鏡花を完全に「人間」として蘇らせるその一点のためだけに、術者の言葉を信じ、敵を切り捨て続けていたのだ。
◇
「……冴木様は、鏡花さんを心から愛しておられました。だからこそ……あの術者の騙し討ちのような戯言に、全てを賭けていらっしゃるんです」
小夜の回想が終わり、作業場に重い静寂が訪れた。
「なるほどね……」
神崎が煙草に火をつけ、紫煙を天井へと燻らせた。
「愛する者を死者蘇生で取り戻す、か。冴木ほどの男が術者に踊らされている理由は理解できた。……だがね、九重くん、黒江ちゃん。ここからが本当の本題だ」
神崎は机の上に、古びた羊皮紙の巻物を広げた。
そこには江戸時代のよく読めないような文字でびっしりと怪異の記録が記されている。
「君たちもすこし聞いたかもしれないが化生の器、そう黒江ちゃん。彼女たちが何故これほど異常な霊力を持ち、今この時代に一斉に目覚めているのか。その根源の話をしよう」
神崎の表情から完全に軽薄さが消えた。
「時は江戸中期。陰陽師の需要が減り、術者たちの力が弱まり、妖怪や付喪神と契約して戦うことが増えていた時代だ。その頃、ある狂人的な天才陰陽師がいた。名を『源将一』という」
俺は聞いたことあるようなその名前を、たらが思い出せずにいる。
「源……将一……?」
「そうだ。源将一は考えた。『100年経った道具が付喪神になるのを待つのは生ぬるい。なら、意図的に最強の付喪神を作り出せばいい』とな。彼は格式ある古い道具に、膨大な霊力と特殊な術式を意図的に注ぎ込み……100年後に目覚めた時、人知を超えた力を発揮するよう仕込んで封印した」
神崎は巻物の一点を指で叩く。
「だが時代が下るにつれ、陰陽師の家系は途絶え、源将一が作った道具の所在も分からなくなった。……その意図的に作られた『最強の付喪神の器』は、全部で十二個存在する。そして今、何者かの手によって、その十二の封印が一気に解かれているんだ」
俺と黒江は顔を見合わせた。
「それじゃあ……黒江も、もしかしたら冴木の『鏡花』も……」
「ああ。その十二個の特殊な器こそが、陰陽寮で秘匿されてきた都市伝説——『始まりの器』の正体さ。黒江ちゃんも、刀の鏡花も、源将一が生み出した十二の遺産のうちの一つなんだよ」
「私が……源将一という陰陽師に作られた『始まりの器』……」
黒江が己の手を見つめ、静かに呟く。俺は黒江の手を強く握りしめた。どこでどう作られたかなんて関係ない。
黒江は俺の大切な相棒だ。
「黒江、気にするな。俺はなんであれお前を手放したりしない」
「蓮様!」
黒江は安心したように笑った。
神崎がにやりと笑った気がするが、俺は照れ隠しに無視する。
「よし、現状の謎が出揃ったところで、最後のパズルだ」
神崎が手帳を開く。
「冴木が口にしていた裏組織のトップ『羅刹様』という存在の正体についてだ。皆はどう思う?」
俺は顎に手を当て、思考を巡らせた。
「死者蘇生の術者と、羅刹様……これは同一人物なのか、それとも別なのか。もし冴木が『勝ち残った一人だけが願いを叶えられる』と信じ込まされているなら、指示を出す羅刹様は『黒幕』というより、この狂ったゲームの管理人とか、主催者じゃないですか?」
「私もそう思いますわ」
黒江が鋭い眼光で続ける。
「冴木ほどの強者が『従っている』のではない……『利害の一致で利用させてもらっている』ような雰囲気を醸し出していました。となれば、羅刹様とは、壊れた付喪神や死者蘇生の術を用いて『人間界の霊脈そのものを書き換えようとしている者』……あるいは、源将一の血を引く者か、その術式を継承した現代の術者ではありませんこと?」
「同感です」
小夜が深く頷く。
「冴木様は羅刹様を『様』と呼びつつも、心の底から忠誠を誓っているようには見えませんでした。羅刹様という存在は、私は会ったことがありません。もし十二の『始まりの器』を全て持っているのだとしたら大変な脅威です。互いに戦わせ、何か巨大な術を完成させようとしているはずです!」
「……ふむ」
神崎が満足そうに頷き、煙草の煙を吐き出した。
「源将一が残した十二の『始まりの器』。死者蘇生を餌に最強の刺客・冴木を操る『死者蘇生の術者』。そして全体を裏で糸引く謎の『羅刹』……。敵の目的は、十二の器をすべて戦わせ、激突させることにあることは確かだろうな」
俺は力強く作業机を叩いて立ち上がった。
「目的がどうあれ関係ねぇ。道具を人間の欲望で歪め、死者を弄ぶような奴らは絶対に許さねぇ。……借金を返しきって、黒江を守って、その『羅刹』って黒幕の顔面を叩き潰してやる!」
「蓮様……! 一生ついていきますわ!」
黒江が目を輝かせ、小夜と神崎も力強く頷いた。
次なる戦いへの決意を新たにする九重堂。
四人の作戦会議は、静かな熱気を帯びて夜更けまで続くのだった。




