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化生の蠱毒  作者: 志摩


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第十話 陰陽寮登場



「……神崎さん、」



 血を吐き出しながら、俺は壁を背に這い上がった。

 膝は笑い、手首は痺れて感覚がない。



 だが、去りかけようとした冴木刹那の足がピタリと止まる。


「九重くん! 相手はあの冴木刹那だぞ! 今の君たちじゃ——」


「神崎さん、手出し無用ですわ……! 蓮様の目は……まだ死んでおられません!」



 肩から血を流す黒江が、俺の横に並び立つ。


 俺の視線は、石畳に転がる壊れた霊具に注がれていた。さきほどの少女から落ちた、小さな破片。



「職人が……目の前にある道具の屑を放っておけるかよ」




 俺はポケットから手持ちの練り墨と小さな銅線を取り出し、ボロボロの手に力を込めた。





 壊れた徳利の破片を円状に並べ、一反木綿の布で繋ぐ。それらを黒江の練り墨で接着し、微弱な霊脈の回路をその場で再構築する。



「な……ガラクタで即席の霊具を組み上げたというのか……!?」



 神崎が目を見開く。


「黒江! お前の【木】の霊力を、この即席陣の『導線』として流し込め! 冴木の【金】の刃を受け止めるんじゃない……高密度の練り墨で整えて、刃の軌道を歪ませろ!」


「はいっ……蓮様! 私の命、全て蓮様に捧げますわぁぁぁっ!!」


 俺の死をも覚悟した極限の指揮に、黒江の身体から溢れ出る霊気が跳ね上がった。


 青黒かった墨の霊力が、限界を突破して極彩色の朱赤と蒼紫の混ざり合う輝きへと変貌する。



「愛の力で……理を覆す! 『純愛極限・五行超越陣』!!」


「ほう……面白い。ならばその執念ごと、切り刻んでやる!」


 冴木が太刀を上段に構え、刀から溢れる霊力の光とともに跳躍した。




「金色一波(こんじきいっぱ)!!」


「蓮様への愛は……何ものにも断ち切れませんわぁぁぁっ!!」


 朱色と蒼紫色の極大霊光が、狭い路地裏で真っ向から激突した!



 ドッバァァァァァァァンッ!!!!



 凄まじい衝撃波が路地裏の壁を粉砕し、廃墟を崩し、街灯を一瞬で吹き飛ばす。



 高密度の墨と斬撃が互いの霊気を削り合い、膨大な光の濁流となって空へ吹き荒れた。



 光が収まった時、路地裏は半壊していた。


「ハァ……ハァ……」



 ピシャリ。


 冴木の太刀にはヒビが入っていた。



 一方の俺と黒江も霊力を完全に使い果たし、その場に崩れ落ちている。


 互いの器の霊力が尽きた、完全な相打ちだった。

 体にはなんの傷もなく、飄々としている冴木のほうが有利に見える。



 冴木はヒビの入った太刀を鞘に納め、冷ややかな目で俺たちを見下ろした。


「……五行の相性を、即席の道具で歪めたか。見事だ、九重 蓮」



 冴木は背を向け、闇の中へ歩き出す。

 その後ろに美しい遊女はもう浮かんでいなかった。


「次会った時は……必ず殺す」


 その言葉を残し、最強の刺客は静かに撤退していった。



「おいおい……無茶苦茶やりやがって。本当、生きてるのが不思議なくらいだぜ」



 冴木が去った直後。


 半壊した路地裏に、呆れ果てた神崎の声が響いた。



 神崎は煙草を足元で揉み消すと、倒れ込む俺と黒江の元へ素早く駆け寄り、懐から取り出した符を俺たちの胸元に貼り付けた。


 じんわりと温かい霊力が流れ込み、激痛がわずかに和らぐ。



「神崎……さん……。きて、くれたんですね……」



「当たり前だろ。言ったじゃないか、私は君たちの『担当』だってね。……まあ、肝心なところで一歩遅れたがね」



 神崎が合図を送るように指を鳴らすと、路地裏の入口から慌ただしい足音が近づいてきた。


 現れたのは、現代的なアレンジが加えられたスタイリッシュな着物姿の男女数人。

 陰陽寮の精鋭たちだ。



 その中央には、以前【金】の刺客として俺たちと戦い、現在は陰陽寮預かりとなっている少女・小夜(さよ)の姿もあった。


「九重さん! 黒江さん! ご無事ですか!?」



 小夜が俺たちに駆け寄ってくる。その手に握られた量りの天秤は、今は術を留め、純粋な霊的医療器具として機能しているようだった。



「小夜……。それに陰陽寮の皆さんも……」


「はい! 神崎さんから急報を受けて、結界の展開と救護のために急行しました。……冴木刹那と引き分けるなんて、本当に信じられません……」



 陰陽寮の隊員たちがテキパキと路地裏の検分と俺たちの応急手当を進める中、神崎は腕を組み、深いため息を吐いた。



「実はね、九重くん。私たちがここへ来たのは、単に君たちのピンチを聞きつけたからだけじゃないんだ。……もともと、冴木刹那を追っていたのさ」



「冴木を……追っていた?」


「ああ。奴の【金】の強力な霊気。足取りを掴んで、ちょうどこの近くまで詰めていたところだったんだよ。だが……一歩及ばず、君たちを巻き込む形になってしまった。すまない」



 神崎が珍しく真剣な表情で頭を下げる。

 俺は首を横に振った。


「いいえ……助かりました。それより神崎さん……俺たち、冴木の前に……恐ろしいものを見ました」



「……死者蘇生を謳う『亡者』のことだね?」


 神崎の言葉に、俺と黒江は息をのんだ。

 黒江は半ば叫び声のような問いかけをした。


「ご存知だったのですか!? あの……人を喰らうだけの哀れな肉塊のことを……!」



 黒江が声を震わせる。

 小夜が痛ましそうに目を伏せた。



「ええ……。実は陰陽寮でも最近、街で発生している動く死体の噂を調査していたんです。……戦いを勝ち残れば、望みが叶う。死者も蘇る。そんなデマを流し、人間を争わせ、失敗作として出来上がった亡者を野に放っている『死者蘇生の術者』がいる……」



「術者……。あの亡者を作った黒幕がいるってことですか」


「そうだ。冴木たちの陣営か、あるいはそれと繋がる別の歪んだ術者か……。いずれにせよ、彼らは付喪神を持ち出した戦いだけでなく、人間界の霊脈そのものを狂わせようとしている」



 神崎は懐から手帳を取り出し、現状を整理するように言葉を続けた。


「ここで一度、現状を整理しよう。九重くん、君たちは一度家に帰って療養だ」


「ええ、ちょっと動けそうにないですね」


 力なく答えると、神崎はクスッと笑った。


「これだけ暴れたんだ。『油すまし』と『一反木綿』の二つの器は陰陽寮で回収・査定させてもらう。……ただ、冴木を取り逃がしたことと、街の被害が大きい。陰陽寮も忙しくなる。後日九重堂へ連絡するよ」



 神崎の言葉に、俺は少しだけ安堵の息を漏らした。

 小夜が俺の手を優しく握り直す。



「九重さん。私……最初はあの冴木に命令されて敵として現れましたけど、今は九重さんが作ってくれたこの生活を守りたいと思っています。……亡者の件も、陰陽寮をあげて全力で術者を突き止めます!」



「ありがとう、小夜。心強いよ」

「ふふ、小夜さん……蓮様の手を握る時間が少し長すぎませんこと?」



「ヒっ!? す、すみません黒江さん! や、嫉妬の圧が凄いです……!」



 殺伐とした路地裏に、少しだけいつもの賑やかさが戻ってきた。



 神崎は破顔して煙草に火をつけた。


「よし、ひとまずは全員無事でよかったな。九重くん、黒江ちゃん、ひとまず九重堂へ戻って傷を癒やしなさい。……死者蘇生の術者の件も、冴木の件も、次は陰陽寮としっかり連携して当たろう」


「わかりました。……絶対に、あの術者を突き止めて、こんな悲劇を終わらせます」


 陰陽寮の精鋭たちに見守られながら、俺と黒江は新築の九重堂へと帰路につくのだった。








◇◇◇




 翌日、九重堂の2階。


 陽の光が差し込む畳の上で、全身包帯だらけの俺と見た目には元気そうな黒江が並んで横たわっていた。


「……生きてるな、俺たち」

「はい……蓮様。私、蓮様とお側にいられて……本当に幸せですわ」



 黒江の手が、そっと俺の手重なる。


 いつものような強引な抱きつきではない。


 死線を共にくぐり抜けた者同士の、静かで、温かく、確かな絆のぬくもりだった。



「ありがとな、黒江。お前がいなきゃ、今頃俺は灰になってた」

「ふふ……蓮様にそう言っていただけるなら、どんな怪我も痛くありませんわ」



 照れくさそうに微笑む黒江を見て、俺も小さく笑った。

 冴木刹那という強敵の存在、そして黒幕たちの陰謀。



 課題は山積みだが、この絆と職人としての腕がある限り、俺たちは絶対に負けない。


 

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