9 推し活とは、丸ごと推しを推すこと
「キキ! 掃除はどうしたのです! 手を抜いても私には分かりますからね………………あら、ウォルター様ではないですか」
脳にキンキン響く甲高い声で入室してきた侍女長は、ウォルター様を見つけると途端に声がトーンダウンした。顔つきが媚を含んだ余所行き色に染まる。
侍女長は騎士様の前では猫被るんだよね。特にイケメン騎士には色目も付いてくる。ウォルターさんなんて猫被り色目付き対象の筆頭だ。そういうの、騎士様たちも見てるから、侍女長はお嫁にいけないんだよ。二面性を持つ女って嫌がられるよ。
ウォルター様も無表情の中にげんなりした気配を忍ばせている。
「ウォルター様、キキが何か粗相でも致しましたでしょうか。
キキ、何をしたか白状なさい」
「ウォルター様は、掃除を手伝ってくださったんです。だからこんなに早く終わったんです。手抜きはしてませんよー」
「あなたっ! 騎士様に掃除を手伝わせたの?!」
「俺が勝手にやったんです。叱らないでやってください」
ウォルター様の取りなしに、侍女長は眉間に皺を寄せながら納得いかなそうに矛を収めた。なんでキキなんかの手伝いを、という不満が見え見えだ。
侍女長は、終わっていない掃除を見ながら、私にあれこれ嫌味を言いたかったんだ。この人はそれを楽しみにこの仕事している節がある。ホント、性格悪い。
ウォルター様はいつもの無表情だ。だけど、侍女長にはシビアな視線を向けていた。
「聖なる乙女の専属侍女が持ち場を離れたという罰にしては、この食堂の掃除は重すぎませんか」
「……!」
「しかもキキは休憩中だ。貴賓の過ごすエリアを散策していたわけでもなく、使用人エリアをうろついていただけで、サボリと決めつけ罰を与えるのは、いかがなものかと」
「い、いえ。もちろん、ここの掃除をすべてやらせるつもりなどありませんでしたよ。後は私が受け持つために、ここに来たのですから」
嘘つけーーー!!!
絶対侍女長が掃除なんてするわけないじゃん。雑巾持ってるところだって見たことないんだから。そもそも、掃除から遠ざかって何年経った?
侍女長の明らかな嘘に、ウォルター様は無表情のまま頷いた。
「侍女長はお優しいんですね。
しかし、キキが勤務中か休憩中かの確認は必要だったのではないかと。ここで働く侍女は、休憩と勤務中の線引きが難しいですから」
「そ、そうですわね。今後は気を付けることにします。
では私、忙しいので。失礼っ」
侍女長は顔色を白くしながら、逃げるように去っていった。私には棘のある視線を投げかけてきたけど。
わあ、侍女長がやり込められるの、初めて見たかも。あんな風にこそこそ逃げるんだ。
ウォルター様、すごくすっきりしました。私は絶対あんなこと言えないもん。
いつも私が、あいつむかつくー!ってもやもやしてたものを、理論で整理して並べて提示して反論して見せたウォルター様は、頭がいいんだなあ。物事を冷静に対処できる大人だ。すごいなあ。
尊敬のまなざしでもってウォルター様を見上げると、ウォルター様は慌てたように顔を背けた。私から顔を背けたんだからよく見える、ウォルター様の耳が赤くなっている。
「ウォルター様、耳赤い」
「なっ……見るなよっ」
「なんで?」
「お前が……珍しくそういう顔するからっ」
「そういう顔? どんな顔?
とにかく、ありがとうございました。侍女長撃退現場が生で見れてよかったです」
「侍女長撃退現場って。
……また何かあったら俺に言え。多少の力にはなれる」
おいおいなんだよ、優しいかよ。侍女にこんなに優しくしてどうするんだ。侍女の好感度上げて騎士様はいいことあるのかな。好感度パラメータによって給料上がるとか。
……いや違うな。こりゃ、天然か。
この天然素材はこうやって女子をたらしこむのね。キヨラ様なんて毎回優しさオンパレードで心を根こそぎ持っていかれちゃったもんね。罪な男だぜ。
あれ、そういえば。ウォルター様は私を探してたんだっけ。話すことがあるって言ってたよね。
まだ何も聞いてないじゃん。なんの用だろう。
「そういえばウォルター様。私に何か話があるんでしたよね」
「あ、ああ。
……キキに、キヨラ様の通訳を引き受けてくれた礼を言いたくて。ちゃんと言えていなかったから」
「あらま、そんなことですか」
「魔の森は危険だ。もちろん危険な目に遭わせるつもりはないが、何が起こるかわからない。そんな現場にキキを引きずり込んでしまった」
「それは覚悟の上で引き受けてますんで。
通訳の役職手当と危険手当もいただいてますから。お給金爆上がりで、うはうはですよー」
「そうやって、いつもお前は……」
ウォルター様は言い淀んで、私の頭に手を置いた。
大きな手がぽんぽんと叩いてくれる。優しい手が暖かかった。
「……ありがとな」
「はい」
「あともう一つ、言おうとしていたことがあったのだが。
……これは迷っていたけど、先に言われてしまったな」
「ん? さっきの、好きの話ですか?」
ウォルター様はうんと頷いた。ほんのりとまだ頬が色づいていた。
「……まさか、キキに気づかれているとは思わなかった。表に出さないようにしていたのに」
「見てれば分かりますって~」
「俺もまだまだだな。
……ところで肝心の、お前の気持ちを聞いていないのだが」
私の気持ち?
私がキヨラ様を好きかってこと?
もしくは、キヨラ様とウォルター様のカプを推せるかってこと?
……まさかそこを疑われているとは。私の中では不動の決定事項なもんで、伝えなければいけないなんて思ってもみなかった。
推しますよ! キヨラ様×ウォルター様なんて、私が一番推してますよ!
誰よりも間近で見届けますから! その後のラヴラヴボンバーも楽しみにしてますから。届け、見守り隊の情熱を! 早いとこ熱々カップル誕生の瞬間を見せたまえよ!
私は両手を拳に握ってウォルター様に訴えた。
「私の気持ちなんて、そんなのもう。
……全部丸ごと、大好きに決まってるじゃないですか!」
「……うっ」
「疑われるなんて心外です。私の『好き』を疑わないでください!」
「……それは……つまり。
……そういうこと、だと思っていいんだな」
「あったりまえじゃないですか」
ウォルター様は、喜びと困惑と驚愕が混ぜこぜになった顔をした。ねえ、巷で流れる氷の無表情どこ行ったの。かなり複雑な表情だよ、これ。
ウォルター様は最後に、はにかんだように笑った。見たこともない斬新なウォルター様だった。
ウォルター様。それ、世間でモテ顔と呼ばれる、クール男子によるカワイイ系スペシャルな、貴重なショットです。滅多にお目にかかれない、女子の心臓止めにかかる危険なフェイスです。
……おいおいこの人、隠し武器搭載タイプかよ。どんだけのポテンシャル秘めてんだよ。ヤベー、うっかり私も殺られるとこだったぜ。
「…………キキ」
「はい?」
「ありがとな」
ウォルター様はおもむろに私の頭を抱き寄せてきた。
結構な力でぎゅうってされる。
おおうっ。唐突なハグ。
私の推し活応援パワーに感無量、ってことだろうか。応援されるってパワーもらえるもんねっ。
頑張れ、ウォルター様!
明日にでもキヨラ様に告っちゃいましょうね!
ああ、もう。今夜にでもキヨラ様に伝えたい! 明日告られるぜ、覚悟しとけ、って言いたい。
でも内緒。サプライズがいいよね! 驚きから歓喜に変わるキヨラ様、美少女の表情の変化、必見です!
で。
ウォルター様。
腕の力が強いです。窒息しそうです、苦しいです。
そろそろ解放してくれませんか?
はい、完全に誤解きっかけですれ違いました!
次回はウォルター様視点でお送りします。どんだけすれ違ってんのかを、ウォルター様の情感も込めてご確認ください笑




