10 護衛対象ではなく侍女が気になる
今回と次回、ウォルター視点でお送りします
どんな風にキキのことを見ていたのか、じっくりお楽しみください
《アナザーサイド:ウォルター視点》
キキという子は、珍しい子だ。
キキを初めて見かけたのは聖なる乙女の宿舎で、初勤務の侍女を集めて侍女長が訓示を述べていた時だった。
聖なる乙女のお仕事に支障を来さないよう細心の注意を払い、誠心誠意をもってお仕えすること、という長い話を聞かされていた新人侍女たち。
俺は同じ部屋の片隅で、騎士の先輩から業務の引き継ぎを行っていた。この先輩騎士は聖なる乙女の護衛勤務から王宮勤務に配置換えが決まっていた。様々な雑務を受け持っていた先輩なので、俺と他数名で引き継ぎをする事になった。大体の業務連絡が終わり、雑談に入ったところで、キキが目に入ってきた。
キキは見るからに侍女長の話に飽きていた。侍女長の話は訓示を飛び越えて過去の自慢話に移行していた。新人侍女たちに目も向けていない。あれは、長いな。
暇を持て余したキキは、身体を左右に揺らし始めた。さらに腰の前で手を回す。軽く握った拳をくるくるしている。しかもどんどん激しくなる。キキの左右に並ぶ侍女たちが咄嗟に下を向いた。笑っている。
侍女長が新人たちに顔を向けるとキキの動きはピタッと止まる。侍女長が顔を逸らすと、またくるくる始める。新人侍女たちはすでに全員小刻みに肩を揺らしていた。
俺の周りにいる騎士連中も、新人侍女たち、特におかしな動きをしているキキを眺めながら苦笑いしていた。
「何やってんだ、あの子」
「注目してやんなよ。侍女長にバレんぞ」
「それにしても、大胆だな」
「ただ落ち着きがねえだけだろ」
たぶんそうだろう。
だが、いかにも楽しそうだ。
まあ、そんなおふざけが、いつまでもバレないわけはなく。
ふざけていたところを侍女長に見つけられ、キキはこっぴどく叱られていた。悪戯を見つかった子犬のようなしょぼくれ方が、ますます見ていて面白い。
一人でいても楽しそうな奴だ。
それがキキの第一印象だった。
人事考課の上、俺は聖なる乙女の専属護衛を拝命することになった。魔法師団から派遣されたばかりの、新人の聖なる乙女の護衛だ。専属護衛はほかの護衛よりランクが上になる。任された期待に応えるべく、気合いを入れて任務を全うするつもりだったのだが。
護衛対象、聖なる乙女であるキヨラ様の、訛った言葉が聞き取れない。
綺麗な姿で美しい声音で話しかけてくる聖なる乙女の、言語が理解できない。とある田舎の訛りなのだと言われたのだが、俺には外国語としか思えなかった。そして俺は、語学が大の苦手だった。
一生懸命話しかけてくれているのは分かるのだが、何を言っているのかが分からない。身振り手振りで伝えてくれるのだが、細かい指示が見えてこない。俺以外の護衛にはかろうじて標準語を使うこともあるのに、この護衛対象は俺に対しては濁音の多い、聞き取れない言葉でしか話しかけてこなかった。
……これは、もしかして、俺個人が嫌われている。もしくは相性が悪い。
まさか、俺が怖すぎるから……?
ただでさえ俺は、表情がないだの感情を捨ててるだの言われている。愛想笑いくらい覚えとけ、と上司に言われたこともある。面白くもないのに笑えるか、と反発していたものだが。
仕事に支障が出るとは思わなかった。
しかし、このままでは意思の疎通不足で事故につながる危険もある。聖なる乙女の任務を滞りなく行っていただく、というのも護衛の仕事だ。せっかく専属護衛のポジションを得たからには、このポジションを他の誰かに譲るつもりもない。
そんな中目を付けたのが、キキだった。
キヨラ様の専属侍女として務めるキキは、毎日楽し気に仕事をしている。キヨラ様との会話も難なく成立していた。見ていてキキとキヨラ様の相性のよさは抜群だった。
キキを通訳として、引き抜いてみたらどうだろうか。
キキを見ていると俺も自然と笑える。キキが常に、何かしらおかしな行動をしているからだ。実際に通訳に勧誘しようとした時も、訳の分からない歌を洗濯ばさみに向かって歌っていた。鼻唄ではない、熱唱だ。情感の込め方がガチだった。笑いをこらえる方が大変だった。
無事キヨラ様の通訳としてキキが加わり、会話は安定するようになった。キヨラ様の要望に細かく対応できるし、それゆえに仕事の効率も上がる。一対一でなければキヨラ様も標準語で話してくれるようになってきた。
そして、何よりキキから目が離せない。
茶を淹れるのに「せいやっ」と掛け声をかけたり、会議中に紙を折って鳥だのカエルだのを量産したり、窓を拭くかたわら雑巾を振りまわして謎の歌を歌っている。わざとじゃないのは分かっているが、勤務中に笑かしにくる。
俺以外の騎士たちもキキに注目していることに最近気づいた。まあ、あれだけ奇行を晒していれば注目もされる。
隣で話している奴らが、まさにキキの話をしていた。呆れてはいるが概ね好意的な様子だ。
「……なあ、キヨラ様の所の侍女。見てて飽きないよな」
「キキだな。よく侍女長に怒られてる子だろう。全然反省してないが」
「それがまた、ウケるんだけど」
「この前、階段二段飛ばしを侍女長に見つかって、なぜか腕立てしてたぞ」
「ペナルティが騎士と同じて」
「よく歌ってるしなあ。鼻唄でよくシャウトできるよなあ。周りに聞かれてるの気付いてんのか?」
「だけどアイツ、行動はおかしいが意外と見た目は可愛い」
「お、それ分かる」
「俺、行っちゃおうかな。数年後に期待して」
「俺が行く。土台はいいから化ける可能性高い」
「マジかよ。早いもの勝ちなら、俺のほうが先だ」
なんて話してた奴らを、俺は目線で黙らせた。
俺がキヨラ様の専属護衛と気づいた二人は、下を向いてそそくさと部屋を出て行った。キキはキヨラ様の専属侍女だ。キキと近い所にいる俺に話を聞かれて、バツが悪くなったのだろう。
俺はイラっと二人の騎士の背中を見送った。
うちのキキをそういう目で見るんじゃねえ。腹立たしい。
……ん?
……いや待て。そういう目って、なんだ。腹立たしいというのはどういう訳だ。うちのキキってどういうことだ。
うっかり自問することになった。
キキという侍女は。気楽で面白い奴で仕事をほどよくこなす侍女だ。
通訳としてキヨラ様との会話を取り持つ、かけがえのない奴であり、明るい雰囲気で自然と会話の弾む、気の置けない侍女であり。
……傍にいても気負う必要のない、安心感の塊。
いや、なんだそれ。
自問自答で自分にツッコミを入れてしまった。
……安心感の塊。
思い当たるフシはある。
俺の過去の女性遍歴では、女性とは気を遣う存在でしかなかった。
学生時代は騎士養成所で周囲は男だらけのまま終わった。騎士職になってから数人の女性と付き合ったが、職業柄プライベートの時間が取りづらかった。休日は自分の身体の回復や自己研鑽に使いたい気持ちも強かった。
無理して取った休日は、彼女に奉仕して終わった。できる限り一緒の時間を過ごしたつもりなのに、女からは「あなたといてもつまらない」「全然楽しくない」「もっとちゃんと向き合ってよ」とフラれ続けた。女性と共に過ごす時間に価値を見出すことができなかった。
女は面倒くさい。
自分の時間を削られる上に己を否定される。無能とそしられる。それなのに共にいることは強要される。
そんな面倒を抱えるくらいなら、一人の方がよっぽどいい。
だから、俺はここしばらく女っ気なしで過ごしていたのだが。
――キキは、楽だ。
放っておいても一人で楽しそうだ。俺が黙っていても、自分で何かしら楽しいことを見つけて笑っているんだろう。
そこまで考えて、自分の隣にキキがいることを前提に、キキを想っていたことに慌てた。
いや、違うだろ。何考えてんだ俺。あんなに幼く見える侍女に何期待してんだ。実際に歳だって十歳も違う。あいつは十六で俺は二十六。完全に対象外だろ。
キキはただの侍女であり、通訳だ。
俺を笑わせにやってくる、ただの仕事仲間。
ああ、そうだ。まだキキに、通訳になってくれた礼をちゃんと言ってない。
業務命令で通訳になることを承諾してもらったのだが、個人的に礼を言ってもいいだろう。いや、言うべきだ。俺の仕事のためだけに余計な仕事を引き受けてくれたのだから。
今日はキヨラ様が休日だから、俺もキキも半休が取れている。
キキを探して、礼を言おう。
キキの目を見て話そう。また突拍子もない答えが返ってくるかもしれない。いつも思いもよらない角度から返事をするから、キキは。
それが楽しみ、というのも、なくはなくて。
……わくわくっ、としている自分に戸惑いながら、俺はキキを探すために立ち上がった。
わくわくのウォルターです
次回で自分の気持ちを確信します
キキは罪深い女です……




