7 罰という名の共同作業
やっぱり思い通りにいかなかったキキちゃんです
翌日、私はウォルター様を探して宿舎内を歩き回った。そしてうっかり侍女長に見つかってしまった。
聖なる乙女宿舎に勤める侍女たちを束ねる、侍女職のトップの人である。侍女たちの仕事ぶりや立ち居振る舞いを監督し指導する立場の人だ。つまり、とっても怖い人。
私は侍女長にキヨラ様の専属侍女のくせに館内をうろうろしているのをガッツリと怒られた。そしてそんなに暇なら罰として掃除にでも精を出しなさい、と食堂に放り込まれてしまった。
食堂と言っても、聖なる乙女たちが使う高級感漂う食堂ではない。私たち侍女や騎士様たちが使う、職員用の大食堂である。聖なる乙女たちは優雅な内装の洗練された家具や食器の揃ったダイニングルームを利用するが、私たちはレンガ敷きの床に素っ気ない椅子と机がずらーっと並んだ食堂を利用している。
聖なる乙女は貴族と同じ待遇だから、私たち使用人とは利用する部屋も食事の内容も違うのだ。
普段食事で利用している時は人が沢山いてそんなに広く感じないのに。誰もいない大食堂はだだっ広かった。
ここを一人で掃除するのかー。ぽつんとして広い食堂を眺めてみる。ウォルター様を捕まえるどころじゃない。私の自由時間、終わった。
まずはテーブルの上に椅子を、座面を下にして上げていく。木製で壊れにくい以外は特徴のない椅子だ。いつもは気にしてなかったけど、重たい椅子だな、これ!
一個一個椅子を上げていく。全部上げるのにどれくらいかかったんだろう。いったい何十個あるのよ、これ。腕はパンパンで足もヘロヘロだ。
後はホウキで掃いて水汲んできてブラシかけて水流して乾拭きして椅子を下ろす……うう、重労働だ。終わりが遠い。
私はホウキを手にした。
掃除を始めようかと思ったけど、気持ちがついていかない。手も足もダルいし。
ホウキを左手で柄の上部を掴み、斜めに持った。ホウキの穂先の根元を、右手で思い切りジャジャンと上下に引っ掻いた。
ホウキを使った、エアギターだ。
頭の中でハイビートの音楽を流しながら右手で穂先をかき鳴らす。気分を変えなきゃやってられるか。
作詞作曲キキ。つまり、でたらめソングだ。ロックな気分で掃除終わらせてやるわ!
「♪やってられっかやってられっか、掃除なんかやってらんねー!、イェイ♪」
ギュィィん、とギターを鳴らすつもりで天を仰ぐ。激しくホウキをかき鳴らした。
「♪何が、お掃除でもなさい、だあ。テメーが掃除してんの見たことねえよ!♪」
うん、侍女長が掃除してるの、実際見たことないもん。
偉そうに指示ばっか出してさ。
文句ばっかりつけてくる、うるさいオバサンだよ。だからいい歳して結婚できないんだよ。
「♪行き遅れ! 行き遅れ! B・A・B・A・A、クソBBA! みんな知ってる行き遅れ!、ヘイ!♪ 」
廊下側からドンバンッ、て音がした。
鋼色の髪が小さく震えながら下を向いていた。片手を入口の柱に打ち付けて、体がドアに当たったみたいだ。
あ、ウォルター様だ。
歌ってたら向こうから来てくれた。
ウォルター様は口をモニモニさせながら食堂に入ってきた。なんだろう、涙目になってる。
「どうしました、ウォルター様」
「……なんで、お前はいつも……変な歌、歌ってるんだ……」
「それはね、ウォルター様の来るタイミングがね」
「……エアギター……ホウキ……行き遅れ……」
「♪みんな知ってる侍女長さ、ウェイ!♪」
「ぐふぉっ」
ウォルター様がテーブルに手をついて倒れてしまった。震えてるよ。大丈夫?
ウォルター様はしばらくぷるぷるしていたが、気を取り直したように顔を上げた。唇の端が笑いの残滓のようにヒクヒクしていた。
「で、ここで何してんだ」
「侍女長に、館内をうろうろしていた罰で食堂を掃除しろと言われまして」
「宿舎勤務の侍女が館内をうろついていると、罰を受けるのか」
「私はキヨラ様の専属侍女だから、行動範囲はあまり広くないはずなので……それに私、侍女長に嫌われてるからですかねえ。どうやら私の立ち居振る舞いから、反省の色が見えないらしくて」
「あー……」
ウォルター様は私から目を逸らして納得したように頷いた。思い当たる節があるらしい。やっぱりな、という気配がしている。なんだよ、納得しないでよ。
ウォルター様は私に近づいて、大きな手で私の頭を掴んできた。ポンポンと優しく叩いてくれる。そして、素っ気ない声で「さっさと、終わらせるぞ」と呟いた。
……あれ?
終わらせるぞ?
終わらせろよ、じゃなくて?
「ウォルター様」
「ホウキ、かけとけ。水汲んでくる」
「いや、ちょっと待って。何を自然体で手伝おうとしてるんですか」
「一人でここの掃除はキツイだろ。罰にしたって重すぎだ」
言い捨てて、ウォルター様は本当に水汲みに行ってしまった。
ええええっ、本当に手伝ってくれるつもりなの?
騎士様に掃除なんてさせられないよ。
とりあえず、高速でレンガ敷きの床にホウキをかけた。
半分くらい終わったところでウォルター様が水を汲んで戻ってきた。ホウキの済んだ所に水を撒いてブラシをかけ始めている。ひええ~……。
「ウ、ウォルター様。もういいですから。あとはやりますので」
「何言ってる。二人でやった方が早く終わるだろ」
「騎士様にお掃除手伝わせたなんてバレたら、私が怒られます!」
「じゃあ、俺がそれに反駁してやるから。そもそも騎士職ってのは、身の回りのことは自分でできるように仕込まれてるんだぞ」
ウォルター様は喋りながらブラシをかけ続けている。確かに手馴れ感がある。それどころか「サボんな」と突っ込まれた。慌てて私もホウキを動かし始めた。
「騎士の皆様は、お掃除できるってことですか」
「騎士寮の掃除は寮生全員でやる。洗濯も基本、自分でやるぞ。野営任務もあるから炊事も仕込まれる」
「……意外。知らなかった」
「貴族出身のやつらは初め戸惑ってたな。できてないと寮監の先輩からペナルティくらうし。平民出身から掃除や洗濯のやり方聞いたりしてな」
「へえええ。騎士様の意外な一面ですねえ」
「まあ、役職が上がれば付き人がつくが。かなり上の話だから」
私がホウキを終わらすと、ウォルター様が当たり前のようにブラシを渡してきた。ブラシをかけた上から水を撒いてくれる。汚れを流すのだ。それからまた水を汲みに井戸へ向かった。
この水汲みがしんどいんだ。重たいバケツを持って水撒いて、また汲みに行って撒いてを繰り返す。そのしんどい作業を黙ってやってくれる、ウォルター様。
……おーい、優しすぎないか?
騎士様ってそういうものなの?
雑用係の侍女にも親切にしろと教育されてるのか。すごいな、騎士職。しかも今はウォルター様も自由時間じゃないの? 明らかに普段着だし。プライベートでも騎士道精神貫いてんの?
騎士の鑑……!
その後は二人して黙って掃除を続けた。ブラシかけて水を撒いて、水切り用の大きなブラシで水を切ってモップで乾拭きして。
テーブルに上げていた椅子を元に戻す。重たい椅子なのに、ウォルター様にかかると単なる板きれみたい。私が一つ下ろしている間に三個くらいこなしてる。さくさくと椅子が下ろされていって、作業終了。
果てしなく続くと思われた食堂の掃除が、こんなに早く終わってしまった。
やるじゃねえか、ウォルターくん
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ちゃんと工藤でんお約束の、完結保証ですよー




