4 魔の森
……恨むぜ、ウォルター様。
私はゼーゼー言いながらウォルター様とキヨラ様の後ろ姿を追いかけた。
魔の森は深いところはとても深い。道無き道をかきわけて、下草を踏みしだいて倒木を潜りながら、異常がないか確認して歩くのだ。見渡す限り木々と灌木と雑草、見上げればこんもりとした樹木の葉っぱと無軌道に伸びた蔦。そして時々差してくる木漏れ日。どこを向いても同じ景色。置いていかれたら遭難決定の方角を見失う環境だ。
まさか、魔の森までついていかなきゃいけないなんて思わないじゃない。私っていう素人が加わったことで護衛が一人増えた。その予算がおりたってことは、キヨラ様の通訳なしには仕事に支障がある、というウォルター様の訴えが採用されたってことだよね。
本当に切実だね、ウォルター様。
キヨラ様は先導する騎士について確かな足取りで魔の森を歩いていく。気が滅入ると「田舎さ帰してくれろ」が始まるキヨラ様だが、仕事はきちんとしている。まったく偉い人である。
ウォルター様はキヨラ様の背後にきっちりついている。場所によってはキヨラ様の手を取り、アシストしている。推しカプ担当としては手を取ったら見つめ合う時間も所望したいのだが、残念ながら二人の間にそんな空気感はない。作業めいた動作が仕事だってことを全面押しで主張してくる。ウォルター様のまったくブレない体幹のいい動きが、これは仕事!って主張してるように見えた。
私は成り行きで私の護衛ポジションになった騎士様、セナ様に話しかけた。長身で腕の太いムキムキ騎士さんのくせに、顔は愛嬌がある人だ。ちょっと上を向いた鼻とまん丸の目がお猿さんぽくて話しやすかった。
「セナ様、キヨラ様はいつもあんな感じですか」
「ん? ああ、俺の知ってる限りでは、そうだね。
俺は毎回キヨラ様の護衛ってわけじゃないからさ。専属以外の騎士は交代で護衛につくから」
「あ、そっか」
「キヨラ様は三回目だけど、真面目な方だよね。本当に森を隈なく哨戒するし」
「全ての聖なる乙女がキヨラ様みたいじゃないってことですか?」
「ん、まあ。これはトップシークレットだけどねー。聖なる乙女としては、瘴気の発生源を見つけなければ聖魔法使わなくていいわけだから。すんごい疲れるみたいだよ、聖魔法って。だから歩きやすい場所さらっと流して終わる乙女もいるね」
ええー、瘴気の発見は聖なる乙女のお仕事なのに。
まあ、仕事のモチベーションは個人によりけりかあ。瘴気を発見しなくても聖なる乙女は貴族待遇の生活できるからな。実績をあげた方が役職は上がるしその分生活レベルも上がるみたいだけど、現状維持できればいい人もいるよね。
キヨラ様の場合は、新人だし真面目だから頑張ってる、ってとこかなあ。
「ところでセナ様。ものすっごい基本のキ、を教えて欲しいんですが」
「なんだい」
「聖なる乙女って、なんで聖なる乙女って呼ばれてるんです? 乙女じゃない人も混じってますよね」
魔の森を哨戒する聖なる乙女たちは、宛てがわれた宿舎で共同生活をしている。宿舎って言ってもかなり豪勢な造りだけどね。貴族の邸宅の大きいバージョンみたいなところだ。各棟で食堂や談話室など共用スペースもあるが、部屋は完全にバラバラで個室だ。
キヨラ様の食事の時間が被ることがあれば、同じ棟の他の聖なる乙女に会うことがあるんだけど。乙女じゃない年齢の人の方が多いんだ。つまり、お姉さんの終わりぎわ、くらいの年齢の方もいらっしゃる。あのお歳で乙女名乗るのかー、なんて思っちゃってたわけだよ。
私の意図に気づいたのか、セナ様はぶはっと笑い声を上げた。
「『聖なる乙女』っていう役職名だからなあ。
初代の聖なる乙女の聖魔法は偶然発見されて、当時はその人しか使えなかったからさ。
初代は十二歳で聖魔法が使えたんだ。瘴気絡みの案件が上がる度に、聖なる乙女を呼べ!、って命令が下るようになって。そこから聖魔法を操る人を『聖なる乙女』と呼ぶようになったと」
「へえ。役職名変更にはならなかったんですねー」
「まあ、弊害は出てるけどね。
男子の聖魔法使い、いるだろ。彼、『聖なるをのこ』って呼ばれてる」
「何それ。初めて聞きました」
「さすがに男を乙女呼ばわりできないじゃん。苦肉の策」
「ぷぷ。役職名変えようよ」
私が突っ込むと、セナ様も苦笑いして続けた。
「なあ、そうだよなあ。でも男の聖魔法使いってすげえ少ないから。なんでだか女性ばっかだろ。だから役職名も無理して変える、なんて話にもならず」
「確かに」
「だからさあ、『聖なるをのこ』の専属護衛任務は敬遠されがちなんだよね。騎士は男ばっかだからな。専属護衛は名誉の指名だけど」
「どうせ護衛するなら女性がいいと」
「そうそう。騎士の間では『ハズレ名誉職』と忌み嫌われて」
「ぶわっはっはっ」
思わず声出して笑ってしまった。
おい、と冷たい声がかかった。前方を行くウォルター様が冷え冷えとした視線を私たちに向けていた。イラッとした気配は私たちが下らない話をしていたからだろう。
「セナ、任務中だ」
「すいません。失礼しました」
「キキ、お前もだ」
「はあああい」
「反省してんのか、お前」
「してますよー。ほら叱られちゃって、私ったらすっかり涙目に……なんないな。おかしいな」
「その舐めた態度がだな……」
「ウォルター様、そげんごしゃがらんでもよかでしょう。ながようでええじゃろがね。おらもはなすばおもしぇがっだてば」
キヨラ様がほんのりと笑みを浮かべながら間に入ってくれた。暗い森の中でキヨラ様一人だけが輝いているような麗しの微笑みである。
訛りきっているけども。
やはりというか、言葉が理解できてないウォルター様に、私はこそっと伝えてみる。
「ウォルター様、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか。仲が良くていいでしょう。私も話が面白かったですよ、って言ってます」
「……ああ」
「キキがいっと、おもしぇんがね。ただ森ばあるぐのつれろう。しゃべらねといかんばねごどもねえべ。ごしゃがらんでやっでば」
「キキがいると面白いからいいですね。何もせず森を歩くのは大変です。お話してはいけないことはないのですから。怒らないでやってください」
「……本当にそう言ってんのか?」
「ほう。ウォルター様は私の仕事を疑っていると?」
「いや、そういう訳では」
「キキ、私、聖魔法のお仕事でこんなに楽しい行程は初めてですよ。キキがいてくれてよかった」
キヨラ様はわざわざ戻ってきてくれて、私の頭を撫でてくれた。標準語で。優しい笑顔が目に沁みるっ。
だってよ、ウォルター様。聖なる乙女が喋ってもいいってよ。苦り切った顔するんじゃないよ。
てか、キヨラ様。私相手なら標準語になってるじゃん。もうちょい頑張ってウォルター様相手でも訛らないようにしよう?
ウォルター様相手には訛りが出ちゃう、キヨラ様。理由は……また後日!




