21 デート2
ウォルター様の街歩きは適当だった。
適当に街を流して、なんとなくよさそうな店を見つけては「ここなんてどうです?」とキヨラ様に勧めている。可愛い小物を置いている雑貨屋さんや、手ごろな価格のインテリアのお店、帽子の専門店など、おしゃれなお店ばかりだった。
迷いなくお店をチョイスしてくるのでこの街に詳しいと思いきや、ウォルター様は王都育ちでこの街には詳しくないのだという。若い年齢層の集まる通りを下調べしておいて、よさそうな店を目視で判断しているらしい。
お店を勧められてはことごとくキヨラ様の小さな歓声が生まれている。このウォルター様の店選びのセンスの良さ。
このチートみたいな能力。これは。
モテ男の実力、ここにあり、ってやつだな。
もともとウォルター様の持つ美的なセンスと、女の子とデートしまくったことのある男の経験値に基づく店選びだろう。女の子にせがまれるお店の傾向を経験でつかんでるんだ。お店に入ったウォルター様本人は、特に商品に興味があるようではない。はしゃいでいるキヨラ様を淡々と眺めているだけだ。
キヨラ様はおしゃれなお店でお買い物をする、というイベントに夢中になっていた。何せ、どこを向いてもオシャレな品ばかりだもの。店員さんもしつらえたようにオシャレだもの。
キヨラ様、ウォルター様の手のひらの上で転がされてますよー。コロコロしてますよー。
普段のキヨラ様のお買い物、といったら味気ないもんなあ。
聖なる乙女の宿舎には商会から派遣された営業担当がいて、聖なる乙女の生活に必要なものを取り揃えてくれる。例えばカーテンが欲しい、と言えば営業さんがいくつかの種類のカーテンを持ってきてくれて、その中から選んで購入するのだが。
お店に並んだ商品を実際に見て触って好きなものが買える、というのは、キヨラ様にとっては初めての経験である。用途の分からないようなものがあれば店員さんを質問攻めにし、ひたすら感心し、買ったり諦めたりしている。
小さな貴族並みに収入のあるキヨラ様だが、今回はいくらまで、という制限を自分に課してお買い物しているみたいだ。その方が楽しいでしょ、というキヨラ様は庶民的で微笑ましい。私からするととんでもない金額使ってるけどね。
楽しいお買い物タイムが終わり、私はキヨラ様がお買い物した代金の支払いと宿への配送の手配をした。高額のお買い物をすると、大体こういったサービスがある。店員さんも慣れたものだ。そして手続きは侍女である私の仕事。用意された書類に必要事項を書きつける。
その間、奥の方で店の主人と話をしていたウォルター様が、主人に手を挙げてからキヨラ様に近づいてきた。
「そろそろ昼食にしようかと思いますが」
「あ、いいですね。ちょうどおなかがすいてきたところです」
「ここの店主お勧めのレストランを聞いてきました。この近くに、鉄板料理に定評のある店と、シーフード料理が絶品の店があるようですが」
「わあ。どちらにしましょうか」
ウォルター様は書類を書いている私をちらりと見た。そのまま素っ気なくキヨラ様に提案する。
「……店主御用達のハンバーガースタンドで、バーガーやポテトなどを買いこんで、公園でランチ、ということもできますが」
「!!!
それ! それがいいです! 素敵!」
キヨラ様はキラキラと琥珀色の瞳を輝かせた。
なんでもないご飯の提案のようなんだけど。
実は、ハンバーガースタンドのような屋台ごはんは、それなりに大きな街でないと楽しめないのだ。屋台というのは職人さんや若者が、安く気軽に手早くごはんを済ませるためのものだから、人が多い街でないと屋台も成り立たない。人口の少ない田舎の農村では、屋台は採算が取れない商売となる。
田舎出身のキヨラ様は屋台ごはんを食べたことがない。王都にいた時もお城の中でずっと修行していたから、そもそも街に降りてない。
噂では聞いたことのある屋台でごはんを買って公園で食べる、なんて提案は、キヨラ様にとっては一大イベントにあたるのだ。
「キキ、どうしましょう。楽しみです!」とはしゃぐキヨラ様を私は微笑ましく見守った。私たちにはお馴染みのB級グルメであるハンバーガーは、宿舎では絶対出ないもんね。もしかして、キヨラ様にとっては人生初ハンバーガーかな。
なぜだか屋台ごはんを提案したウォルター様だけが、浮かない顔して密かに息をついていた。
結果的にハンバーガーというセレクトは正解だった。天気のいい日に外で食べるB級グルメなんて、最高でしかない。私たちが訪れた大きな公園は木陰にベンチがいくつもあったりして、人々の憩いの場所になっている。私達もその中に混じってランチさせてもらったのだ。
キヨラ様はBLTバーガー、私はアボカドチーズバーガーをペロッと完食。うふふふ。やったね、私のはパティ増しだったよ。
ウォルター様はノーマルのハンバーガーを五個食べてた。宿舎の食堂でも見てるけど、騎士様の食べる量ってすごいんだ。すごい量があっという間になくなっていく。
ハンバーガーはウォルター様が全部奢ってくれた。女性に出させるわけにはいかない、と男前なことをさらっと言う。どこまでも格好いい行動だぜ。
それでは食後の飲み物だけでも、とキヨラ様が公園に出ている屋台に飲み物を買いに行った。ついて行こうとしたら、一人で屋台で買い物する、をしたいと断られた。なんだか楽しそうに。むう、そんなこと言われたら、ねえ。
私とウォルター様は、木陰でキヨラ様を待つことになった。
周囲を警戒しながらキヨラ様を目で追っていたウォルター様が、不機嫌そうに私の脇をつついてきた。つんつんと私のあばらを指で突いてくる。
ちょっと……なんだよ。
「キキ、お前、なんで休暇申請出してないんだ」
「え?」
「聖なる乙女の休暇期間は、専属侍女が休暇を取るチャンスだろうが。てっきりキキも休暇をとるかと思ったのに」
「あー! そっか。言われてみれば、私も休暇のチャンスだったのか」
「気づいてなかったのかよ」
「キヨラ様の休暇にお供する気満々でした。どこに行くのかわくわくしてたくらいで」
「……今度の休暇中に、おまえに奢ってやるって、約束してただろうが」
「んー、でも。今日、ハンバーガーもポテトも、ウォルター様に奢ってもらったし。贅沢にもパティ増しだったじゃないですか、イエイ。
私的には大満足ですが」
「今日の分はノーカンだ。
……二人きりじゃなきゃ、意味ないだろ」
ぼそっという声が聞き取りづらくて、私はウォルター様を見上げた。ウォルター様はキヨラ様を見つめている。護衛対象から目を離すわけにはいかないもんね。その真っ直ぐな視線が、キヨラ様をウォルター様の虜にさせたんだな。この真摯な目とまともに目が合えば、普通にドキッとするよね。
パッと見はいつもの仕事中の無表情だけど、ウォルター様はほんの少し不機嫌そうな気配がしていた。なんだか、拗ねてるような空気感があって。
……ん? んん?
……ウォルター様、今、少し拗ねてるの?
この話の流れからして、私の推理力を全開にして、拗ねるという感情がどこで生まれるのか、推察するとだな……
「……もしかしてなんですけど。ウォルター様、私と二人でハンバーガー食べたかった?」
「うん」
「でも、キヨラ様も楽しそうでしたよ?」
「二人で、って約束だっただろう」
「そうだけど」
「キキと二人で出かけるのを、楽しみにしてた」
少し拗ねてる、じゃないな。完全に拗ねているな!
心持ち唇を尖らせてたりとか、ぶっきらぼうな物言いが、ウォルター様を子供っぽく見せていた。普段はキリッと仕事してるくせに。今だって仕事モードの無表情のくせに、分かりにくいけど拗ね顔を私に見せている。私にしか分からない精度で拗ねて見せてる。
なんだこれ、レベルの高い間違い探しか。
ええー、嘘みたい。拗ねたウォルター様が、子供みたい。幼い。なんか可愛い。
こんな年上の、めちゃくちゃスマートで格好いい男の人を、可愛いと思うなんて。
だけど、それっておかしくない? 私が仕向けたわけじゃないもん。
私は、はて、と首を傾げた。
「キヨラ様にハンバーガーランチを提案したのは、紛うことなきウォルター様。あなたですよね」
「……キヨラ様は屋台飯の経験がないだろうから、絶対受けるだろうとは思った。提案だけはしておこうかと」
「そしたら、キヨラ様ってば、ぐいぐい釣れちゃった」
「もっと洒落た別の店を全力でプレゼンすればよかった。ハンバーガーなんて……言わなきゃよかった」
ウォルター様がつまらなそうに呟いた。今度は軽く拳で私の脇を突いてくる。なんだよー。
そもそも、ウォルター様はなんでこんなに拗ねてんだ? そんなに私と二人でごはん食べたかった?
……二人っきりになって、じっくり話したかったとか。キヨラ様との仲を進展させる相談をもっとしたかったとか。
キヨラ様の可愛いところたくさん教えてほしいとか。
キヨラ様が好きなものを具体的に教えてほしいとか。
……そんなの、いくらでもごはん抜きで話せるんだけどなあ。
ウォルター様がまた脇を突いてきた。それどころか、脇の繊細なところをちょろっとくすぐってきた。「ぎょはっ」って声が思わず出た。
その声を聞いたウォルター様が、喉の奥で笑い出した。チラリと私を見て、目を細めてる。少しだけ機嫌は直ったみたいだけど。
警戒した私が距離を取ると、口パクで「ばあか」と言ってきた。
くっ、こいつっ!
私はウォルター様から距離を置いて、私をくすぐってくる男の全貌を確認した。スタイルの抜群にいいあの騎士の、どこをくすぐれば一番効果的かなって、不埒なことを考える。隙のない綺麗な立ち姿を眺めながら、私はウォルター様のくすぐりポイントを真剣に検討し始めた。
結局どこにも隙がなくてウォルター様をくすぐれなかった、キキなのでありました……
くすぐってあげたら、ウォルター様はへらっとしながら喜んじゃってたね




