2 キキのお仕事
四話、連続登校します
間違えた
連続投稿します
我が国は比較的穏やかな国だ。
他国とも程よく協調し、ここ数十年大きな戦禍もなく、平和な国と言える。大らかな王族と理性的な貴族たちによってよく統治された国だと、諸外国からも評価されていた。
ただ、一つの障害を除いては。
我が国の北部は険しい山が連なっており、人の住める環境ではない。そしてその山の麓に『魔の森』と呼ばれる恐ろしい森があった。
魔の森は瘴気と呼ばれる悪い空気が噴き出る箇所があり、瘴気に中てられると動物が魔獣と化す。魔獣は通常の獣より頑強になり狂暴化する。人を襲い村を破壊する。過去にはエルスタイン王国を越えて他国にまで魔獣が出没したこともあるという。
聖なる乙女たちは、その瘴気を祓うことのできる能力を持った方々だ。聖なる乙女の使う聖魔法だけが、瘴気を打ち祓う手段なのである。通常の魔法は瘴気に干渉できない。つまり、聖なる乙女だけが魔の森に対抗できる唯一の存在となる。
聖なる乙女たちは国内に数十名しか存在しない、希少な使い手だ。聖魔法の使い手は能力が開花した瞬間から国の保護下となる。私の仕えるキヨラ様もその一人であった。
十五歳で聖なる乙女として覚醒したキヨラ様は、それまで生活していた辺境の小さな村から王宮に連れてこられた。魔法師団顧問の老師たちより魔法の訓練を受けて約三年。聖魔法を操ることのできる聖なる乙女として教育された。
聖なる乙女は、危険な瘴気が噴出している魔の森で瘴気を祓う任務をこなすこととなる。魔獣と化した獣に襲われる可能性もある危険な任務だ。そのため、聖なる乙女には数名の護衛騎士がつく。専属護衛も一人付けられる。
キヨラ様の専属護衛、それがウォルター様だった。
森の中の探索は大変だもんな。
と、私はキヨラ様の聖衣を洗濯しながら思った。聖衣は泥や草の汁汚れと共に小さなかぎ裂きもいくつかあった。後で繕ってあげないと。
聖なる乙女は魔の森へ三日に一度踏み入り、瘴気の出所を探す。瘴気の噴出している箇所があれば聖魔法で鎮静化させる。翌日は休日となり体を休め、その翌日は聖魔法を高めるための鍛錬に当てられるのだ。
現在数十名が名を連ねている聖なる乙女たちは、ルーティーンで魔の森を哨戒することになっている。魔の森を区分分けして順番に回って歩くのだ。瘴気を見逃さないようにするための処置であった。
森は手付かずなため、整備された道などはほとんどない。下生えの雑草や小枝などを薙ぎ払いながら進むことになる。靴は頑丈な編み上げのものだし、女子でありながらズボンスタイルとなる。上には白と黒の聖衣を纏うので聖職者っぽい姿には見えるが、活動重視の恰好だ。聖なる乙女の仕事は楽しい仕事ではないだろう。
まあ、うちのキヨラ様は割と平気みたいだけど。
もともと農業をやっていたキヨラ様はなかなか体力がある。服が汚れることも厭わないし、泥にまみれることも気にしない。すでに何ヶ所か瘴気の発生地点を見つけ鎮静化に成功していた。瘴気探知の鋭さから期待の新人として名前が上がり始めている。
私はキヨラ様の専属侍女だ。侍女って言っても雑用係みたいなものである。聖なる乙女に宛てがわれた宿舎で、キヨラ様の身の回りのお世話をするのが仕事だ。魔の森へ同行することもないし魔法の鍛錬に付き合うこともない。いくらキヨラ様の名前が上がったとしても、私の給料に変動もないしね。
私はふんふんと鼻歌を歌いながら洗濯物を干し始めた。リズムに乗って洗濯物を干していく。キヨラ様の聖衣を物干しロープにかけて洗濯バサミを挟んだ。よし、これで洗濯終了。周囲は風に煽られて洗濯物が程よく靡いていた。
私は余った洗濯バサミを握って口元に持っていった。今、私の頭の中では、軽やかな音楽が流れているのだ。私の中で流行ってる歌を、洗濯バサミマイクを通して口ずさむ。
私は洗濯バサミマイクをきゅっと握る。大好きなあの子に話しかけたいのに練習通りにいかないよ、という内容の歌詞が男子の切実な心を伝えてきてキュンとくる。頑張れ、少年。どんな女子なのよあなたの好きな相手。何度もおうちで練習した「おはよう」が言えないなんて、ピュア過ぎて眩しい。
脳内のピュアピュア男女を思い描いて、情感こめてその歌を歌い上げていたその時だ。洗濯物の隙間をすり抜けて、突然目の前に鋼色の頭が現れた。鋼色の瞳は真面目な色を湛えてまっすぐに私を見ていた。
誰もいないと思って熱唱している時に急に、目の前に人が現れたらビックリするだろう。大サビの『にっちもさっちもあいうぉんちゅ~』の音程が大いに狂って空気を震わせた。
うあっ、音外してしまった。
私の目の前に現れたウォルター様は、生真面目な顔のままノドの奥でゔゔって言った。口元がなんだかムズムズしている。珍しい。
「なんだ、ウォルター様じゃないですか。何やってんですか」
「……なんだ今の歌」
「いい歌でしょ?」
「キキ、お前って……いつ見かけてもご機嫌そうだな」
「ウォルター様はいつも通り機嫌悪そうですね。
当たり散らすんなら他を当たってください。私をはけ口にするのはやめましょう」
ウォルター様は眉根を寄せて私を見た。ほら、どう見ても機嫌悪いじゃん。
「俺はもともとこういう顔だ。機嫌は悪くない」
「その仏頂面のどの辺が? 鏡持ってます?」
「余計なお世話だ」
「はい、どうも~。余計なお世話を焼いてしまいました。
キヨラ様の護衛は……そっか。今日はキヨラ様は休日だから、ウォルター様も他の護衛の方と交替してるんですね」
「ああ。今日は半休だ。
俺はキキに話を聞きたくて」
「……私、何かしました? まさか、聖なる乙女の侍女は、鼻唄禁止……?」
「そんなわけないだろう」
「♪にっちもさっちもあいうぉんちゅ~♪」
「……んんっ」
ウォルター様はさらに眉間に皺を寄せて口をへの字に曲げた。そんな顔しても精悍さを失わない、整った顔面である。得してるなあ、ウォルター様。
てか、笑うんなら声出して笑えば?
「……鼻唄は、構わん」
「今私の中で流行ってるんです。街角で歌ってた人達の曲で」
「それはどうでもいい。
キキには、キヨラ様のことについて聞きたいんだ」
「キヨラ様のことですか。私の知ってる範囲ならいくらでも……あ、キヨラ様のスリーサイズとかは無理です。極秘情報です。やめてくださいえっちー」
「……聞いてねえし。護衛が護衛対象のスリーサイズ知ってどうする」
「ああ見えてキュッキュッボンなキヨラ様ですので。おしり大きいの気にしてて……ああ、これも機密かっ」
「俺に必要ない情報を勝手に入れてくるな」
ええー、必要ない知識なのー? ウォルター様、キヨラ様のこと好きじゃん。好きな女の子の情報知りたくなーい?
と思ったのに、ウォルター様は本当にどうでもいいような風情だった。
そうか。ウォルター様にとって、キヨラ様の重要な要素は顔であって、尻ではなかったか。
なるほどと頷いていると、ウォルター様が呆れたような視線を向けてきた。
「お前、絶対余計なこと考えてるだろう」
「何をおっしゃる。要観察物件に重要な情報が追加されたんですから。
ところで、私に聞きたいこと、とは?」
「……キキは、キヨラ様との会話は標準語か」
「半々でしょうか。お国訛りはなかなか取れなくて」
「お前、キヨラ様の訛った言葉も理解できるんだな」
「できますけど……それが、どうしました?」
「愚痴、聞いてくれるか」
「嫌ですけど」
「聞けよ。いきなり拒否してくんな」
ウォルター様は私の拒絶を軽く流した。最初からしゃべるつもりじゃん。私に拒否権なんか初めからなかった。
普段からキキちゃんはこんな感じ。見られてるとは思ってなかったけど、見られても平気ー。




