19 デートの約束をした
ウォルター様は私をしげしげと眺めてきた。あんまり男の人にじっと見られたことなんてないので、妙に恥ずかしい。やけに近いしさ。木陰から零れた陽射しがまだらにウォルター様を彩っている。この精悍な騎士はどんな瞬間でも目が癒されるんだもん。持っている人は違うなあ。
「な、なんすか」
「いや、お前ってさ。それほど敏いように見えないし、どちらかというとちゃらんぽらんだろ。適当が服着て歩きながら興味の赴くまま流されているようなヤツだと思ってたんだけど」
「ほう。ウォルター様は私に何やら思うところがあるってことですか。
それなら、じっくりとお聞きしましょうか。おら、文句あるならかかってこいや」
「いや、怒んなって。そうじゃなくて。
この間の、アナベル様の不正の暴き方、俺とは目の付け所が違うと思ってな」
不正の暴き方、ね。
ああ、そんなことか。
そうか、あれは普通の人にはない視点なのかもしれないな。私の生まれ育った環境によるものか。
私はウォルター様に向き合った。
「私、こう見えましても、ビーンズ家にお仕えしている家の出身でして」
「ビーンズ家……ビーンズ商会か? あの、あらゆる分野で手広く商売をやってる、大商会!」
「はい。王都を中心につつがなく商いをさせていただいております、ビーンズ商会でございます。王室御用達もいくつか手掛けております。毎度ありがとうございます」
つい商人口調になっちゃうが、その通り。
私は幼いころから、手練の商人たちに囲まれて育った。なんせビーンズ商会は物品の販売から、銀行・製造・運送・輸出入・人材派遣・教育機関運営などにも携わる馬鹿でかい商会だ。この国で生きていれば誰でも耳にする名前だろう。
ウォルター様は記憶を探るように目を細めた。
「ビーンズ家に、お前くらいの年のご息女なんていたか……?」
「あ、ちゃいますちゃいます。ビーンズ家本家の人間ではなくて。
ビーンズ家に代々仕えてるおうちの、次女です。じいちゃんも父ちゃんも母ちゃんも兄ちゃんも姉ちゃんも、みんなしてビーンズ商会で働いてます。ビーンズ家に寄生して甘い汁を啜っている、こす辛い一家です」
「妙な言い方するな。
確か、聖なる乙女の侍女は身元が確かな者でないと採用されなかったはずだから」
「私はビーンズ商会からの派遣ですから。身元保証ならバッチ来いなわけですよ」
「なるほどな……」
私はなんとなく子供の頃を思い出す。
子供の頃から商売人として、必要な知識を親兄弟から叩きこまれてきた。売上高だの粗利だのの計算は基本中の基本。市場価値の見極めとか来シーズンの流行りの予想とか、そんなものは遊びの代わりにやらされていたものだ。
特にうちは輸出入に係わる仕事が多かった。外国船がやってくる港町に住んでいたのだが、そこは数種類の外国語が飛び交っている地域だった。別の言語同士で語り合っている人達を幼い頃から眺めて育った。
私は外国人の話す言葉を覚えるのが得意だった。しゃべるだけなら五か国語くらいは余裕である。だからこそキヨラ様の訛った言葉なんて、覚えるのも楽勝だったのだ。
「商売している一家で育ちましたから、子供の頃から商売の基本を叩きこまれます。名のある商会ですから、詐欺なんかに引っかかれば大恥をかきますので。そうならないよう、詐欺の手管をしっかり学ぶ。具体的な詐欺や不正の方法は、みっちり学ばされましたねえ」
「今回の聖魔法測定器の入れ替えも、それですぐに気づけたってわけか」
「そうですね。魔法師団という組織を騙すには、アナベル様一人では無理だろうな、とは思ってました。
必ず共犯者がいる。不正するなら共犯者と共謀すれば、アナベル様は自身の身の潔白を証明しやすいな、とか」
ウォルター様は黙って先を促した。私は言葉を選びながら考えを伝える。
「じゃあ共犯者を使って手軽にできる不正ってなんだろ。道具を入れ替えるような方法とか簡単だけど。 聖なる乙女が使う道具って何があるかな。……魔の森に入る前に使っている、聖魔法測定器とか?
そもそも、測定器を入れ替えるってことは、アナベル様の聖魔法が使えなくなってるってことじゃない? それって、専門分野だからバレにくいし、やるとしたらかなりおいしい……といった順番でしょうか」
「見事に当てたな。大したものだ」
「商売に係わってると、金さえ積めば本物そっくりな偽物の道具を作れる職人さんにも、出会うこともありますからね。こういった詐欺で悪用されないように、職人を商会で囲っておくこともありますよ。
本物そっくりの聖魔法測定器を作ることができれば、詐欺なんてやり放題。そんな知識が根底にあって、あとは想像と妄想ですよねえ。妄想は得意分野なんで」
「……キキ、お前。
それだけの知識と洞察力を備えていて、どうして商人にならなかったんだ? 素人目だが、お前商売に向いているんじゃないのか」
ウォルター様が訝し気に尋ねてくる。
……あれ、そこ気になりますか。まあ、大商会バックに控えてれば、商人になった方が有利だと思うよねえ。儲かりそうだよねえ。
私はシニカルな気分になった。親にも兄弟にも商人に向いていないと言われた理由。
ウォルター様だって、もう気づいてるじゃん。
「……私、思ったことすぐに言っちゃうんですよ。もう、熱いヤカンに触れたら即座に手を離す反射くらい、すぐに」
「……ぶ」
「しかも嘘が下手で。嘘が見え見えの嘘ついて、言ってはいけない本当のこと言っちゃうから。あとね、歌ったり踊ったりするのもNGみたいです。商売人には向いてないって。家族全員、お前は商人だけはやめておけって言うんですよ」
「う……くくく」
「商人への道が途絶えましたので、手に職つけるために侍女育成の養成所に通いました。私は語学は堪能だから、いずれ外国の要人が商会を訪れた時に侍女として対応できるようにって、父は思ってるのかと。要人の前だろうと私は踊っちゃうかと思うんですけど、それはいいんでしょうかね。知ったこっちゃないですが。
で、箔をつけるために王国の侍女募集枠に応募したら、なんだか魔の森にいる聖なる乙女の専属侍女に……って、ウォルター様、聞いてます?」
ウォルター様は口に手を当てて笑い転げていた。私の行動に思い当たるフシがあるらしい。というか思い当たるフシしかないみたいだ。
私はしばらく鋼色の髪が小刻みに揺れるのを見学していた。笑いすぎじゃなかろうか。失礼な。
「悪かった」と声をかけて、ウォルター様は笑いを収めた。いや、収まってないな。私の顔見てブホッとか言ってる。本当に失礼な。
それでも、ぽん、と私の頭に手を置いてくれた。優しくなでてくれた。
……これは、この頭ぽんは。
実は私。ウォルター様のこれ、とても好きなんだ。
優しくて大きくて温かい手が、私を労わってくれているのが分かるから。お前はそれでいいって、言ってくれてる気がする。
……撫でられながら、私はふと思った。
この頭ぽん、ウォルター様は誰にでもやるのかな。
キヨラ様に……してるの見たことないな。そりゃ、護衛対象の方が立場は上なわけだから、キヨラ様の頭をポンなんて、護衛のウォルター様は絶対しない。
私が年下で後輩みたいなものだから、なでてくれるのかな。
それじゃ、私の同僚の侍女の頭も、なでてあげたりするのかな。よくやったぞって、褒めてあげてる。私の見ていないとこでだれかの頭、ポンポンしてあげてるのかな。
……それは、やだなあ。
少なくとも私の目の届かないところでやってくれないかなあ。
そんな現場見たら、少しだけ……いや、かなりショックを受ける気がする。
なんでだろ。
ウォルター様を見上げると、どうした?って顔で見返してきた。仕事中の氷の無表情じゃなくてふんわりと自然な雰囲気を出している。やっぱり優しく頭をなでてくれている。
こんなウォルター様は他で見たことがないから、頭ぽんは私だけの特権だろう。他の誰にもしてないって、なんでだかわかった。
じゃあこのウォルター様は、どういうウォルター様なんだ?
何で私の隣で自然体なんだ?
私は、ウォルター様とキヨラ様を推してて。
キヨラ様はウォルター様のことが好きで。
ウォルター様もキヨラ様のこと好きで。
ぜひウォルター様からキヨラ様に愛の告白してほしくて。
だから自然体で優しいウォルター様なんて、キヨラ様のもののはずなのに。
なんで私に優しくしてるんだ、ウォルター様。
なんかおかしい。たぶんどこかが間違ってる。でも、間違っているのがどこかなんて、全然わからない。
だめだ。頭がショートしそうだ。軽くパニック入ったぞ、私。現象が説明つかなくてモヤモヤする。何がどうしてこうなった?
私が長く沈黙していたからだろう。
ウォルター様が、そういえば、と声をかけてきた。
「キキ、侍女長の不正の内容、知ってるか」
「……!!」
「これこそ典型的な不正だったな。聞いてる?」
「そんなもん…………聞いてるなんてもんじゃないですよ!
侍女たちの間で、現在話題沸騰中、海底火山爆発して新大陸誕生くらい激論がかまされてますよ!」
私の心の導火線に火が付いた。最近炎上したばっかだったから、簡単に燃え上がった。
アナベル様が掴んでいた侍女長の悪事。アナベル様は不正の相棒として片棒を担がせるために、侍女長の弱みを握っていた。侍女長の弱み、まさにその悪事の内容。
侍女長の行っていた悪事というのは。
侍女たちの給料を抜き取っていたことだった。いわゆる、ピンハネだ。
魔の森の宿舎勤務の侍女たちの給料は、一括で侍女長に送られていた。それを個人別に分けて、給料は侍女長から侍女へ手渡しされていたのだが。
侍女長は侍女一人一人の給料から、少しずつお金を抜いていた。明細まできちんと書き換えていた。約十年間、侍女長は侍女たちの給料を盗み続け……
「休暇で王都に戻っては、ギャンブルに通ってすっからかんにしてたってんでしょ!
許せん、ふざけんな! ギャンブルで溶かすんじゃない、人の金! 私の給料返せえええ!」
「お前、どんくらい抜かれてたんだ」
「一割強です! それだけあれば、あーんなものやこーんなものが買えたのに!
たまの贅沢で、ハンバーガーにパティ増しだってできたのに!」
「侍女長は不正して抜いていた金の返済を求められるだろうが。十年間ピンハネしてた分だけでも、個人で返せるような額じゃないからなあ。金は返ってこないと思った方がいいな」
「知ってらあ、そんなこと! 侍女たちの間ではあいつ呪い殺そうぜって話は決まってるんです! 呪い方知らないけど!
でも念波は送れるから。私たちの恨みの念波は渦巻いてるから。届け、我らの恨みの念!! はじけろ怨力パワー!! 私たちの金返せー!!!」
私は怒りの勢いで、目の前のウォルター様の身体をゆっさゆっさと揺らした。衝動がどうしても止められなかったのだ。
侍女長の真面目くさった説教面を思い出すだけで腹が立つ。あれほど私にくどくど文句言って、体罰こそなかったけど雑用押し付けは日常茶飯事で、それすらも細かいところにケチつけて、挙句に自分はギャンブル三昧ってか?! しかも負けっぱなしってか! いや、勝ってても腹立つけどな!
私は力任せにウォルター様に八つ当たりをした。嬉しそうに私に揺さぶられていたウォルター様が、軽く私を抱きすくめる。低くひそめられた声音が耳をくすぐってきた。
「キキがあまりに哀れだから。今度休暇の時、ハンバーガーおごってやる」
「本当ですか? パティ増しですよ」
「ああ」
「できればチーズとアボカドも」
「ポテトもつける」
「神かよ! 神降臨かよ! 護衛騎士様気前いいぜ!」
「だから休暇の時、デートの予定空けとけよ」
そう言って、ウォルター様は私の髪にキスを落とした。耳のそばだったから、ちゅって音がやけに近くで聞こえてきた。
ちゅ、なんて聞いた事のない甘い音は、一瞬だったのになんだか心に残ってしまった。ぎゅんって鷲掴みで胸の奥を握りこんできて、そのまま熱を残したまま通り過ぎて行った。
……なんだ、今の。ちゅ、って……
立ち上がったウォルター様が「そろそろ戻るぞ」と言って歩き出した。休憩時間が終わる、そんな時間。
私はベンチで固まったまま、とても姿勢のいい騎士様の後姿を見送った。
頭の中では「なんだ今のなんだ今のなんだ今の」をエンドレスで繰り返していた。
ちょっとだけココロがざわめき出したキキ。
いやあウォルターくん、良いタイミングのちゅ、でしたね!




