16 証拠を押さえたい
事の発端は、キヨラ様とアナベル様がやり合ったあの日。私がギャン泣きしてウォルター様に連れ出されて場を外していた時のことだったそうだ。
アナベル様をやり込めたキヨラ様の周りを、その場にいた聖なる乙女たちが囲い込んだ。もしや、シルバークラスに歯向かったことに対する、非難や警告を受けるのかと覚悟したキヨラ様だったが。
キヨラ様は賞賛された。結構な熱でもってキヨラ様の行動を褒めたたえられたのだ。
アナベル様は常に誰か一人をターゲットにして、嫌味を言ったり嫌がらせをしたりして楽しむタイプのお人らしい。自身のストレスを誰かを貶めることで発散する人間はいる。立場を利用して他人を下に据え、自分の上位を確信して優越に浸り満足する。
アナベル様もそういう人だった。
この宿舎には十一人の聖なる乙女が暮らしている。宿舎内でアナベル様のターゲットは周期的に変わり、ほぼ全員がアナベル様のストレスのはけ口の被害者であったという。護衛騎士様や侍女のみんなも、それを苦々しい思いで見ていたのだそうだ。
今回、キヨラ様がアナベル様の新たなターゲットとして絡まれた。いつもの事だと周囲は静観していたそうだ。
ところが、それに反発した侍女が暴走(はい、私のことです)。さらにキヨラ様本人も反撃、おまけに専属護衛までもが喧嘩上等と乗り出してきた。そして、アナベル様が尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
傍から見ていて、全員気分爽快だったという。
そこから、アナベル様の非難大会が始まった。
どんな嫌味を言われて泣かされたとか、こんな嫌がらせがあったのだとか、言いたくても言えなかった乙女たちの口は止まることがなかった。自分一人が我慢すれば、と心に秘めていた分、鬱屈が溜まっていたのだろう。
散々アナベル様を非難していたさ中、とある聖なる乙女が、ふとこんな言葉を漏らした。
「アナベル様ってシルバークラスだけど、最近瘴気の祓除については、噂を聞かなくない?」
しんとその場が静まり、聖なる乙女たちはお互いの目を見比べた。
聖なる乙女が瘴気を祓った実績は公表されるものではないが、護衛騎士や侍女たちの口の端には上るものだ。誰がよく実績を上げているとか、誰が調子が悪いとか、その程度はなんとなく分かる。
アナベル様は侍女も護衛も自費で雇っているので、その辺の噂が流れにくい。国から派遣された専属護衛だけはアナベル様の自費護衛ではないが、彼は口が固く噂話なども漏らさない。
聖なる乙女は、魔の森への探索の前に聖魔法の能力を測る魔道具で魔力の状態を測る。魔力が安定していると判断されてから、魔の森へ踏み込むことになっている。
アナベル様も例外なく、魔力の状態を確認してから魔の森への探索は行っている。魔力量計測の履歴や探索箇所などはきちんと記録に残されるから、もちろん瘴気は祓っているのだろうけど。
アナベル様がどんな瘴気をどんな風に祓ったか、などの話は聞かない。アナベル様の性格的に大きな瘴気を祓ったら大声で自慢しそうなものだが、そんな現場は見たことがない。シルバークラスの証である銀色のブローチは、これ見よがしに付けて歩いてはいるけど。
聖魔法は身体に負担のかかる魔法だ。魔法を放った後の倦怠感やめまいなどはしょっちゅうらしい。身体の負担に耐えかねて、聖なる乙女を引退する人もいる。聖魔法の力が衰えてくるほど、身体への負担も大きくなるのだそうだ。無理をするからだね。
シルバークラスともなると魔力の量が膨大で、だからこそたくさんの瘴気を長い期間祓うことができる。経験も多く積むから貴重な人材となる。
アナベル様がブロンズクラスより格段にいい生活をしているのは、シルバークラスの手当を貰っているからだ。シルバークラスの手当の額はブロンズクラスと桁違いである。そりゃもう、たいそうなお金持ちである。
そんな破格のお手当てを、身体に負担のかかる聖魔法を使わずに受け取ることができたなら。そんな、楽をしていい生活を送れる方法を、アナベル様が見つけていたのなら。
聖なる乙女として第一線で働いている乙女たちは、全員同時に思ってしまったそうだ。
アナベル様、聖魔法を使わないで、瘴気を見つけてもスルーしながら魔の森を歩いていませんか。
魔の森を探索して、まったく瘴気に出会わない日もある。だが何週間、何か月も出会わないということはありえない。
だとしたら、アナベル様は瘴気を見つけても見ないふりをして通り過ぎているのでは。聖魔法を使い身体を痛めることもなく、高額報酬を得ているのでは。
瘴気は育つ。小さな瘴気が放っておかれて数日たつと、聖なる乙女一人では手に負えない大きさになることもある。その場合は共同で瘴気を祓いに出ることがある。
共同で瘴気を祓いに出たことのある聖なる乙女が言った。
「アナベル様が以前に探索に出向いていた場所で、共同祓除したことがある」
魔の森は区分分けされていて、番号が振られている。割り振られる場所はランダムで、毎回違う場所を歩くことになる。その聖なる乙女はたまたま、その日のアナベル様の担当区分の数字を目にして覚えていた。そして、共同祓除の場所が同じ区分だと気づいた時に、随分早く育つ瘴気だと思ったのだそうだ。
聖なる乙女たちは怪しんだ。
物証は何もないが、アナベル様を疑い出すとあれもこれもおかしなことがある。
アナベル様が密かに行っている悪事を、私たちで立証することはできないだろうか。
~・~・~・~・~・~・~
「…………というのが、ここ最近の私たちの話題なの」
キヨラ様が話し終えて、私は目をぱちくりした。
キヨラ様の自室である。私の目の前のソファには、キヨラ様とウォルター様が並んで座っていた。
淹れた紅茶はとっくに空になっていた。長い話を聞きながら、空になったカップだけが、静かにテーブルに置かれていた。
ここ最近、キヨラ様が他の聖なる乙女との交流が多かったのは、アナベル様の怪しい行動を突き止めるため。何が怪しいのか、どうしたらいいのか、話し合っていたのだそうだ。
さらにウォルター様が付け加えてきた。
「騎士連中も情報を共有している。騎士の方でも、どの聖なる乙女がどこで魔の森を探索しているか、記録をつけているからな」
「なんで騎士様まで」
「騎士だって心のある人間なんでな。
不正を許すことのできない正義感の強い奴と、アナベル様のでかい態度に思うところがある奴と、キヨラ様と、はたで見てて飽きないキヨラ様の専属侍女を泣かせたことに義憤を覚える奴が、出来ることはないかと言ってきている」
「わ、私も入ってるんですか?!」
「当然。お前の同僚の侍女たちも、目を光らせて報告をくれているぞ」
私の同僚の侍女たち。
「今日のウォルター様も、お顔が氷ってて素敵」「あの氷溶かしたあい」「バカね。あんなの永久凍土よ、無理無理」なんて言ってる、私の同僚の侍女たち。私は、ウォルター様ファンクラブみたいな子たちが、存在するのを知ってる。
……ウォルター様に報告ってそれは。堂々とウォルター様と話せるチャンスを生かしているからだと思うけど。友情もあると信じたいけど。
私は姿勢よくソファに座っているキヨラ様に尋ねた。
「私に内緒で動いてたのは、どうしてですか」
「キキは今、アナベル様に目をつけられていると思うの。侍女に意見されるなんて、アナベル様のプライドが許さないでしょうから」
「あう。すいません……」
「それに、アナベル様を探る、なんて面白そうなこと、あなたが黙っているわけないでしょう。何かしら突飛な行動を起こしそうで」
「まさかそんなわけ! ……ないとも言い切れない、自分が憎い」
「分かってるなら話は早いな。今回の件ではじっとしとけよ。こっちは慎重に動いてるんだ」
ウォルター様まで釘を刺してきた。
なんだかなあ。私の性格と行動バレてんだよなあ、いろいろ。
「せめて内容教えてくださいよ。どうやってアナベル様を貶めて地に落として踏みつけにする気ですか。私も土足で踏んでいいですか」
「……キキ、言い方……」
「本当にお前、何もするなよ。その口が災いの元だからな。
……アナベル様の魔の森探索について、瘴気祓除の実績のなさを、一定期間記録して魔法師団に提出するつもりだ」
「魔の森探索は終了の証として、書類を提出するでしょう。瘴気の有る無しを記載する項目があるわ。アナベル様の書類をできる限りチェックして、瘴気祓除の有無を追うつもりよ」
「書類の記載は、国から派遣された聖なる乙女の専属護衛立会いのもと行う、と義務付けられているから、不正はできない」
「ああ、ウォルター様、キヨラ様が書類書いてるのガン見してますもんね」
「ガン見言うな。
提出された書類は侍女が集めて、侍女長が魔法師団控室へ持っていく。書類が侍女長に渡るまでの間に、瘴気祓除の有無を確認する」
「アナベル様が書いている間にチェックするか、書類を集めた侍女がチェックするってことですね。味方の目は多いから確認漏れはないだろうと」
「そのつもりだが」
ウォルター様が軽く眉をひそめた。
「……確実な方法かと言われると、絶対とは言い切れない。少なくとも一か月間連続で、アナベル様が瘴気無しの書類を提出していた、という実績は欲しい。アナベル様が一ヶ月仕事をサボっていた、ともなれば、魔法師団も動くだろうからな。
ただし、一日でもチェックの抜けがあればまた一からやり直しだ。記録の信頼度が下がる。しかも、これは状況証拠なんだ」
「それに、魔法師団がそれを不正として判断してくれるかは不明なの。アナベル様にシルバークラスを授けたのは魔法師団だから。自分たちのメンツのために訴えを取り上げなかったら、それで終わり」
キヨラ様とウォルター様は互いの目を合わせた。見つめ合う二人はやはりビジュアルがいい。
ああ、いいっ。美しいっ。もうちょっと二人とも甘やかだったら、もっといいっ。
手詰まり感のある影とか落とさないでよね。
私は立ち上がって空いた紅茶のカップをトレイに集めた。お茶を淹れ直そうと思ったからだ。
ソーサーを集めながら、私は思ったことを口にしてみた。
「そんな回りくどい方法を取らなくても、物的証拠を押さえちゃった方がよくないですか」
疑惑・疑惑・疑惑……




