13 売った喧嘩の行方
かなり含みのある声音でアナベル様はキヨラ様に問いかけてきた。ねっとりとした視線がウォルター様にも投げかけられていた。専属護衛って、あなたのことでしょ、とでも言いたげだ。
しゅん、とキヨラ様の身体が小さくなる。
「あまりに強い方言のせいで、専属護衛との間に通訳が必要なんでしょ。そんな話、前代未聞だわ。あなたの護衛の苦労が忍ばれるわね」
「それは……」
「国からの命令とはいえ、言葉の分からない聖なる乙女を専属で護衛している騎士がいるのよ。どれだけいらぬ迷惑をかけているのか、あなた分かっているの?」
「……」
「なんとかおっしゃいな」
「……。
………………おらあ、わーりでおもでます。そんげなこどゆわんでかぁっせ」
キヨラ様は今にも消えそうな細い声で答えた。
ぷ、とアナベル様は吹き出した。口に手を当てて馬鹿にしたようにキヨラ様を見た。
「あらあ、本当に何言っているのか分からないわ。それはこの国の言葉なの? 確かに通訳が必要ね!」
ホホホホと口を隠しながら笑うアナベル様。
ああ、もう。このお方。
この圧倒的な高みの上から、蔑みたいって欲求の塊みたいな人だ。
内面の意図が分かっちゃったよ。
田舎の方言の抜けない、聖なる乙女。野暮ったく垢抜けないダサい女。
これを言いたいがためだけに、キヨラ様に近付いてきたんじゃないの。キヨラ様もアナベル様の前で緊張して、訛りが戻っちゃってるし。
アナベル様はニヤニヤと粘っこい笑みを浮かべている。
「聖魔法の鍛錬よりも、標準語の鍛錬の方が貴女には必要そうだけど」
「そんげんえっれえしでます。おらおっかねなるど、なーにわがんねぐなるすけえ」
「やだもう、何言ってるの。全然わかんなーい」
「ほんね、許してけさい。おらあなんしてかわがんねげ」
「ぷふ。ちょっと、どこまで私を笑わせるつもり? 可愛い顔してほんとおかしいわね。わざとなの?
聖なる乙女として、なんと恥ずかしいこと。もしかして聖魔法も訛ってるんじゃないの? やだ、ウケるんだけど」
アナベル様は甲高い声で笑い続けた。後ろの護衛たちもニヤニヤしている。しかめ面してるのは、一番後ろにいる一人くらいだ。
アナベル様はキヨラ様の背後で控えているウォルター様の前に立った。突き出た大きな胸がウォルター様に触れそうだった。綺麗にネイルされた指先で、ウォルター様の顎に触れた。ウォルター様は無表情にアナベル様を見返している。
「こんな田舎者の小娘の専属なんか辞めて、あなた、私の専属にならない? 聞いたわよ、若手騎士の剣術勝ち抜き戦で準優勝ですってね。それで聖なる乙女の専属護衛を勝ち取ったとか」
「……たまたまです」
「謙虚なのね。充分驕ったっていい実績なのに。
強くて顔のいい男は好きよ。ね、私の所へいらっしゃいな。給料は今の倍は出すわ」
ウォルター様は表情のない顔のままアナベル様に答えた。
「……私の所属は、王国騎士団です。騎士団の命令には背けません」
「騎士なんか辞めちゃえばいいのよ。貴方の実力なら、もっと稼げるんだから。私なら貴方にもっといい思いさせてあげられるわ。そうなさい」
「発言をお控えください」
「あら、怒っちゃったの?
でも、この何言ってるか分からない小娘に仕えるより、有意義な道もあるのではなくて? いちいち通訳を介してじゃないと話せないなんて、そんなバカげた聖なる乙女の話、聞いたことないわ。仕える相手は選びなさい。能力を無駄遣いする必要はなくてよ。
分かってる? あなたのためを思って言っているのよ」
アナベル様の連ねる言葉に、キヨラ様は溜まりかねたように下を向いた。ポタポタと雫が零れ出していた。絶え間なく流れる涙。
ミルクティー色の髪の向こうで、誰にも見せられない顔をして。
キヨラ様が泣いている……。
かあっと、私の頭に血が上った。
キヨラ様を貶められた。このオバサンは、綺麗で純粋でまっすぐで一生懸命なキヨラ様を、わざと傷つけた。キヨラ様の好きなウォルター様の前で恥をかかせて、あろうことかウォルター様にキヨラ様を見捨てるようそそのかしてる。ウォルター様を奪おうとしている。
お金をかけて綺麗にお化粧して、綺麗にネイルして。綺麗に見せてるだけの汚い大人なんて、嫌い。嫌いだよ。大っ嫌いだ!
お金でなんでも思い通りになると踏んでるその心根が汚らしい。たくさんのお金と魅惑的な身体で、男をたらし込むことを当たり前にしている大人は醜い。将来こんな大人だけにはなりたくない、私が一番大嫌いな大人。
ムカつくムカつくムカつく、ムカつくんだよ、このばばあ!
私のキヨラ様を泣かした。
いつも魔法のこと頑張ってて、標準語の練習も毎日やって、努力のおかげで冷静なら標準語も板に付いてきた。大好きなウォルター様の前ではまだ方言に戻っちゃうけど、でも頑張って直そうとしてるんだ。
何にも知らないくせに。何にも分かってないくせに!
勝手なことばっかり言わないでよ!!
私はアナベル様の前に立ちはだかって怒鳴りちらした。身長もアナベル様の方が高いから、自然と見上げる形になる。身体の底から声が溢れ出てきた。
「なじょしたの、もう!
おめさが知らねでもおらが知ってんが! こんひとぉ、しゃんきになってやってんがね、そんげくどくどゆわねでもいいべさ!」
「……!!」
突然私が訛り全開で喋りだして、周囲がしんと静まった。キヨラ様まで涙で濡れた顔を上げている。驚愕の色が溢れ出ていた。
「なんも、どでんこくこっじゃね」
「……は?」
「同じ国の言葉です。キヨラ様の地方の言葉は、コツを掴めば私でもしゃべれます。努力は必要ですが」
キヨラ様が私の肩にそっと手を置いた。
「……キキ、訛りでも、喋れるの……?」
「当たり前です。喋れないと、通訳なんてできないでしょう。貴女の専属侍女を承った時から、貴女の地方の言葉を勉強してましたから」
「……知らなかった……」
「外国語を一から学ぶより楽勝ですよ。それに」
私はキッとアナベル様を睨んだ。
止められない。もうやめろ、って理性は言ってる。止めなきゃいけない、って分かってるのに。
「方言は文化です。方言はその土地の独自性を現す貴重な文化で財産です。恥ずかしいことは一つもありません」
「……」
「訛っている聖なる乙女は恥ずかしいですか。私はちっともそうは思いません。キヨラ様も、泣く必要なんて、いっこもない」
言うだけ言って、私は大きく息を吐いた。
そのままアナベル様に向けて、深く頭を下げた。深く深く頭を下げて、覚悟した。
やってしまった。
侍女の領分を易々と超えてしまった。でも止められなかった。
私はバカだなあ。先のことは見えていたのに、口が勝手に動いてた。勝てるはずのない喧嘩を買ってしまった。
今の私の発言は、身分が上の方に対する暴言に値する。それは、身分の低い侍女にとって、進退に関わる罪に値する。
体罰を受けるかもしれない。職を失うことになるかもしれない。
鞭打ちで済むだろうか。完全に無職だろうか。
どちらにせよ、私はもうここにいられない。キヨラ様の専属侍女は外されるだろう。
キヨラ様とウォルター様の恋愛ショーは見れなかった。見たかったな。
「生意気を申し上げました。申し訳ございません」
「……」
「侍女としてあるまじき発言をいたしました。お許しください」
「……」
「……これは私個人の考えで、キヨラ様は関係ありません。お咎めはすべて私が受けます。如何様にも処分をお受けいたします。
アナベル様、どうかお命じください」
「……本当にね。主が田舎者のせいなのか、侍女の躾がなっていないこと」
アナベル様は私を蔑むように冷たい目を注ぎ、顎を上げた。そのまま口を開きかけたのだが……。
とっさにアナベル様と私の間に身体を挟み込んできたのは、キヨラ様だった。
キヨラ様は凛と私の前に立ちふさがり、アナベル様にまっすぐ視線を返していた。堂々とした様子は、さきほどまではらはらと涙をこぼしていた人とは思えなかった。
身じろぎした私を後ろ手で止め、キヨラ様はよく通る標準語で言った。
「使用人の処分は、主である私がします。
キキ、身の程を弁えなさい。あなたに命じることができるのは、主である私だけです。アナベル様に指示を仰がないで」
「キヨラ様……」
「使用人の失態につきまして、アナベル様へ心よりお詫び申し上げます。
申し訳ございませんでした。
私の専属侍女への処分は後程厳しく行います。それにてご容赦くださいませ」
「……私があなたの謝罪を、簡単に受けるとでも思って?」
アナベル様が険しい表情でキヨラ様に迫ってきた。
いつもなら怖気づきそうなキヨラ様だが、今日は背筋を伸ばして迎えうっている。キヨラ様の冷たい無表情なんて、初めて見た。ウォルター様に教わったんだろうか。
「受けていただけますよね。
先ほど、私の故郷の言葉を、この国の言葉なのかとお疑いでしたが。同じことを魔法師団老師のお一人である、ミネギシ老師に面と向かって言えますか?」
「……ミネギシ老師……?」
「私とミネギシ老師は、同郷です。私の故郷の言葉を使って、ミネギシ老師に直接、あなた様から賜った言葉に関するご意見をお伝えすることも可能ですが」
キヨラ様に聞いたことがある。キヨラ様が王都で聖魔法の訓練をしたときに、同郷の先生がいたって。その先生と故郷の言葉で話していたから、訛りがなかなか取れなかったと。
ミネギシ老師は魔法師団の中でも、かなり立場が上の人だ。
キヨラ様は、自分の訛りを馬鹿にするなら、ミネギシ老師も馬鹿にすることになる、と言っている。私に喧嘩売るなら、同時に魔法師団の偉い人も敵に回すぞ、と。
……キヨラ様が喧嘩買ってるの、初めて見た……。
少し怯んだ様子のアナベル様に、冷徹なウォルター様の声が追い打ちをかけた。
「アナベル様。先ほど私に、騎士など辞めてしまえ、と仰っておりましたが」
「な、なによ」
「騎士は王国に、突き詰めて言えばこの国の王を主と仰いでおります。あなたは私に、王を裏切りあなたに仕えよ、と仰った。そう、唆してきましたね。
あなたの発言は、王に対する反逆行為と捉えられてもおかしくはない」
「な、なんでそうなるのよ! 私は、そんなつもりなんてないわ!」
「ええ、そうでしょう。存じております」
ウォルター様は笑った。
見え見えの作り笑いは、見る者の心を芯から凍り付かせた。それほどまでに本気で凍てついた笑顔を、私は今まで見たことがなかった。
ウォルター様が、とてつもなく怒っている……。
ウォルター様は笑みを深くして、アナベル様に言った。
「国の保護を受けている聖なる乙女が、王に対して反逆の意図を持っているとは思いません。ですから私は、アナベル様の発言を忘れることにします。
それを考慮した上で。
アナベル様も、さきほどの侍女の発言を忘れることに致しませんか」
アナベル様はウォルター様からたまらずに目を逸らした。そしてカンファレンス室にいる全員が自分たちに注目していることに、今気づいたようだった。この大勢の視線の中で、一人の味方もいないことも。
カンファレンス室にいる聖なる乙女、護衛騎士、侍女に至るまで、アナベル様の発言を黙って咎めていた。無言の圧力は、時に言葉よりも重くのしかかることがある。
おどおどと目を泳がせたアナベル様は、足早にその場を立ち去った。
去り際に「私、何も聞かなかったわ」と呟いたのは、これ以上引きずりたくなかったからだろう。
撃退!




