第五話 アレックの疑問と素材の探索
毎日投稿予定。
森の中は村より涼しかった。
リサはクルを連れて矢の素材を探しに来ていた。ドロスの工房に図面を持っていったあの日から十日ほどが経っている。木立の隙間から斜めに光が差し込み、地面に細長い影を落としていた。風はほとんどない。草と土とどこか湿った木の匂いがした。クルが少し先を歩いている。時々立ち止まって鼻を動かし、また歩く。その足取りに迷いはなかった。
後ろに足音が聞こえた。振り返らなくても分かる。村を出る前からずっとついてきていた。リサは振り返らずに、声だけを後ろへ送った。
「分かっているよ」
木の陰に向かって言った。立ち止まる気配がする。少し間があってそれからガサリと葉の音がしてアレックが出てきた。腕を組んで唇を少し尖らせている。見つかって気まずいのに、それを悟られたくない時の顔だった。
「なにやってるの? こっそりついてきて」
「……別に、暇だっただけ」
「そう」
リサはそのまま歩き出した。クルが「ワン!」と軽く吠えながら振り返ってアレックを一瞥する。そしてまた前を向いた。最初から知っていたようだ。アレックは少し遅れてから歩き始め、しばらくしてリサの横に並んだ。二人とも何も言わなかった。足音だけが続く。鳥のさえずりが遠くで聞こえた。
「なんで急に変わったの?」
突然だった。アレックはいつもそうだ。回り道をしない。
「変わったって、何が?」
「全部。工房に毎日行くし、害獣の夜番にも来るし。弓の持ち方もなんか急に上手くなってるし」
リサは少し歩調を緩めた。何と答えるか考える。本当のことは言えない。言っても信じてもらえないだろう。クルが手に触れた時に映像が流れ込んできたことも、体が急に弓の引き方を知っていたことも、夢の中で見た遠い射場のことも。
「ちょっと大人になった気がする」
アレックが黙った。「何それ?」と言ったのは少し経ってからで、笑いたいのか怒りたいのかどちらでもない顔をしていた。
「で、リサは今日は何しにこんな森に入った?」
「矢の素材を探しに来た。軽くて、真っ直ぐな木か竹があれば」
「手伝う」
返事が早かった。理由を聞かない。そう言ってまた横に並んで歩き出す。リサは前を向いたまま少しだけ口元が緩むのを感じた。
歩きながら、弓の強さと矢の硬さの関係について考えていた。
弓の強さに合った矢の硬さが必要になる。長さと重さを揃えることが前提でその上で素材の硬さを選ぶ。
流れ込んできた映像の中にこの関係を示す図があった。数字ではなく形で理解していた。
(スパイン、という言葉が浮かんだ。意味が何となく分かる。でも、どこで覚えたのかは分からない)
問題は素材だった。村にある矢は長さも重さもばらばらだ。手作りで揃えることを誰も考えていなかった。でも揃えなければ、どれだけ弓が良くなっても精度は出ない。
その時、クルが立ち止まった。「ワンワン」と鳴きながら鼻を地面に近づけて、それから少し右の方向に歩いていく。藪の向こうに竹の群生があった。細くて、まっすぐに天へ向かって伸びている。日の光を透かしてわずかに緑がかって見え、細い葉がさやさやと鳴っていた。リサは青銅の斧を使ってちょうどいい長さの竹を一本切った。手に取ると、ひんやりとした感触。指で弾くと高い音がした。
「これだ」
「クルが見つけたのか?」
アレックが驚いた顔でクルを見た。クルはすました顔でそこに座り、後ろ脚で耳の後ろをかいている。
「クルが見つけて、私が確かめる」
「……変な組み合わせだな」
竹を何本か切り出した。長さを揃え、重さを確かめながら選んでいく。節の間隔が均等なものを選ぶと重さと硬さが揃いやすかった。アレックが黙って束ねるのを手伝いながら、時々リサの手元を見ていた。
次に矢じりになりそうな石を探した。矢じりが重ければ矢全体の重心が前に来て、射った時の安定感は増すが失速が早くなる。軽ければその逆。ある程度揃った重さのものを三種類に分けて持っていくことにした。クルが岩場を探して歩き、アレックが石を拾い、リサが重さで選り分ける。
「矢じりって、石でいいの?」
「削れば使える。あなたが行商人から聞いた話、帝国の兵が見たことない弓を持っていたって。金属の矢じりを使っていたとも言ってたでしょう。この村に、矢じりへ金属を回す余裕はない。今は石で十分よ」
アレックが少し顔を上げた。「帝国」という言葉に反応したように見えた。拾いかけた石を手の中で転がして、また地面に置く。
帰り際、クルが立ち止まって上を見た。太い枝の裂け目に灰色の巣がぶら下がっている。蜂の巣だった。巣の周りを蜂が飛んでいた。リサが思わず声を掛ける。
「蜂蜜が取れるよ」
「危ないだろ」
「ミツバチだから刺激しなければ大丈夫」
大丈夫ではなかった。巣に手を伸ばそうとした拍子に、足をかけた枝が大きく揺れた。蜂の羽音が急に大きくなる。アレックが叫んだ。
「走って!」
二人と一匹は一斉に走り出した。クルが先頭で、尾を高く立てたまま草をかき分けていく。アレックが何か叫び、リサは竹の束を抱えたまま走った。木の根に足を引っかけて転びそうになったところをアレックが腕を引く。しばらく走ってから二人は草の上に倒れ込んだ。蜂の音はもう聞こえない。クルは息も乱さず、二人の顔を交互に眺めていた。なぜか少しだけ得意そうな顔をしている。アレックが息を切らしながら笑い出した。
「もう少しで刺されるところだった」
「ミツバチだから大丈夫って言ったでしょ?」
「全然大丈夫じゃない、刺されたら痛いよ」
「蜂蜜、取りたかったのに」
リサも笑った。二人は草の上に寝転んだまま、木の葉の隙間から青い空を見上げる。アレックが同じ方向を見ている。なんとなく黙って、同じ場所を見ていた。やがてクルがやおら立ち上がり、二人の間に割り込んで腰を下ろした。リサが笑い、アレックが「なんだよ?」と言った。竹の束は無事だった。
翌日の夕方、二人で同じ場所に行った。今度は布を燻して煙を作り、巣に近づいた。蜂が煙を嫌って遠ざかる間にアレックが長い枝で巣の端を少し崩し、リサが革袋で蜜を受け止める。革袋の底に溜まるくらいは取れた。
「今度は逃げなくて済んだな」
アレックが言った。
帰り道、革袋から甘い匂いが漏れている。クルが何度もそちらに鼻を向けたが、リサは渡さなかった。
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