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第四話 ドロスへの図面・師弟の幕開け

毎日投稿予定。

 獣を追い払った翌日の昼、リサは工房の隅に積んであった廃材の薄い木片をもらった。ドロスに「これを使っていい?」と聞いたら、黙って頷く。家に持ち帰り、その夜から図面を描き始めた。

 弓の両端の湾曲が逆になっていて、弦を張ると全体が綺麗な曲線を描く。素材は木だけでなく、木と竹と動物の腱を組み合わせた複合構造だった。引いた時に弓がより多くのエネルギーを蓄え、矢に伝える。矢の速度と飛距離が全く別次元になる。

 (村の誰も、こんな弓は持っていない)

 弓にはいくつかの補助具もついていた。一つは弓の正面についた照準用の器具で、的の位置と矢の向きを合わせるための目印だ。小さな丸い穴の中に的を収めるようにして狙う。もう一つは弓の中央から前方に伸びる細い棒で、弓を引いた時に全体のバランスを安定させる。弓の強さと矢の硬さの関係も映像の中にあった。言葉では伝わらないと思ったから、断面と曲線で示した。図面の隅には、放した弓が前へ落ちないよう手首で受け止める細い革紐も描き添えた。これなら村でも作れる。

 ここまで描いて手が止まった。照準の器具もバランスを取る棒も、この村では作れない。材料が足りず、加工の精度も足りない。設計図に描くことはできても、現実には存在できない形だった。

 (ないなら、ないまま作る方法を考えればいい)

 補助具のない弓を、補助具のない状態で使う。害獣を追い払った時、体が知っていた。手が迷わなかった。体がすでに引き方を知っているなら、補助具なしの弓でも使える。

 炭を細く削ったもので木片に線を引く。描き終えたのはもうずいぶん夜遅くになっていた。翌朝、図面を手に工房へ向かう。

 工房に着いた時、ドロスはすでに仕事をしていた。クルが当然のように中に入って隅に丸まっている。ドロスは顔を上げなかった。


 「また来たか」


 リサは作業台の横に立ち、木片の図面を広げた。

 (獣は追い払えた。でも、あの矢では届かない場所がある)


 「この弓、作れませんか?」


 ドロスが手を止めた。振り返り、図面を見る。それから鼻で笑った。


 「子どもが考えた絵だな」

 「絵じゃありません。設計図です」


 ドロスがまた図面を見た。「ふむ」と言いながら今度は少し長く見る。青銅工具を置き、図面に顔を近づけた。弓の両端の湾曲の部分を指でなぞり、弓の強さと矢の硬さの関係を示した図の部分で指が止まる。


 「照準の器具と、弓から前に伸びる棒は省きました。この村では作れないので」


 ドロスは何も言わない。


 「作ってみてもいいですか?」


 しばらく間があった。


 「ふむ」


 ドロスは短く答え、図面を見つめたまま作業台の椅子に深く座り直した。


---


 試作は三日かかった。ドロスが素材を選んでくれた。木の種類、竹の厚さ、組み合わせ方。リサが図面で指定した通りに準備する。ドロスは特に口を出さなかったが、素材を選ぶ時、一度だけ別の竹を差し出した。


 「こっちの竹のほうが曲げに強い」


 それだけ言った。竹と言っても何種類かあることを初めて知った。

 四日目の朝、試作品が完成する。弦を張って引くとバキッという音がして弓の端が折れた。ドロスが音を聞いて振り返る。

 (折れた。なぜだ?)

 リサは折れた部分を持ったまま、しばらく考えた。曲率が急すぎた。この素材でこの曲率は無理だった。もう少し緩やかにする必要がある。図面を修正して曲率を変える。ドロスがまた素材を選んでくれた。

 二度目の試作品を作るのに五日かかった。今度は折れない。弦を張り、引いた。弦が戻る感触が最初の試作とは全く違う。村はずれの空き地で放ってみた。矢が村の人たちが使う弓よりずっと遠くに飛んだ。ドロスが的までの距離を測り、少し驚いた表情でいたが、何も言わなかった。


 「補助具がないと狙いをどうつけるんだ?」


 ドロスが初めて技術的な質問をしてきた。


 「矢の先端を使います。弓を引いた時、矢の先端を的の中心に据える。狙ったところに刺さらなければ、外れた方向と逆に照準を補正する。繰り返して体に覚えさせます」


 ドロスが黙って聞いていた。


 「照準器は狙いを正確にする道具です。でも、照準器がなかったら体で覚えるしかない。時間はかかる。でも体が覚えた狙いは照準器がなくとも正確になります」


 ドロスはしばらく黙っていた。弓を手に取り、弦を指で弾く。低い音が工房に響いた。


 「五十年、弓を作ってきた」


 低い声だった。


 「こんな形は見たことがない」


 褒めているのか批判しているのか分からなかった。でも次の言葉が来た。


 「また来い」


 リサは弓を作業台に戻した。クルが立ち上がり工房を出る。外でアレックが待っていた。


 「どうだった?」

 「また来いって言われた」


 アレックが少し考えた顔をしてそれから笑った。


 「それ、気に入られたってことじゃないか?」


 歩き始めると、アレックが思い出したように言った。


 「行商人から聞いたんだけど、ドラヴァル帝国が隣の国に兵を出してるらしい。最近活動が活発になってきてるって」


 リサは少し立ち止まった。ドラヴァル帝国。山岳地帯の小国で農産物が少なく、土地が痩せているという話は聞いたことがある。セリア国の十分の一ほどの国土と人口しかないはずだ。


 「見たことがない形の弓を持った兵が大勢いたって、行商人が言ってた。金属の矢じりを使ってたって」


 アレックがそう付け加えた。リサの足がもう一度止まった。見たことがない形の弓。その言葉が胸の奥で何かに引っかかった。クルが手に触れた時に流れ込んできた映像が浮かぶ。あの弓のことを思った。

 (帝国に何かある)

 それ以上は分からなかった。何かが動き始めた気がした。


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