第9話
マラーナ王国は城を中心にして東西南北に大きな門が設けられている。森へ続く道は北の門から抜けるのが一番の近道だ。北門へ続く大通りは人通りが多く、絶えず荷馬車や旅人が行き交っていた。夜間は閉門するが昼間は人の出入りも多い。私たちはその人波に紛れながら緊張した面持ちで門を目指して歩いた。
門には槍を持った兵士が立っている。厳しく出入りを管理しているわけではなく、子供がうっかり街の外へ出てしまわないよう見張っている程度だ。この様子なら私たちが抜けても止められることはなさそうだ。街の外からくる人たちが皆、重装備で固めている様子はなかった。だから、森の手前までは比較的安全なんだろう。
さすがにアルは木桶のヘルメットを外して手に抱えていた。それでも後ろめたい気持ちがある私たちは、なるべく兵士の方を見ないようにしながら横を通り過ぎようとした。その時。
「おい、そこ!」
カチャン、と槍が地面に当たる音がした。恐る恐る兵士を見ると、鎧兜の隙間から鋭い目が私たちを睨んでいた。蛇に睨まれたカエルみたいにその場で動けなくなった。兵士がこちらに近づいてくる。思わず麻袋を抱える腕に力を込めた。
ガチャガチャと鎧のぶつかる音を立てながら、兵士は目の前まできて立ち止まった。互いに目配せをしていたら、兵士は兜をあげてからまじまじと見て、アルの肩をパン!と叩いた。
「アレックス!どうしたお前、デートか?」
破顔した兵士がさっきまでの低い声とは違って世間話でもするように軽口を叩いた。
「いてっ!違うよぉ、ちょっと……あー使いを頼まれてさ」
知り合いだったらしい。思わず胸を撫で下ろした。兵士は「ヘェー」と顎に指を当てニヤニヤした顔を隠そうともしない。私は軽く頭を下げて会釈した。
「村までならいいけど、森の方には行くんじゃないぞ。最近魔物が多くて、襲われる事件もあるからな」
「わっ……かってるよ」
私はアルのその歯切れの悪い言い方で、森に行くのがバレてしまうんじゃないかとヒヤヒヤしたが、兵士は気にしていなかった。退屈凌ぎにでもなったんだろうか、兵士ははっはっはと笑って手を振った。
「閉門までに戻ってこいよー」
思っていたより愛想よく送り出されたことに安堵した。私は門の外へと続く平原から吹いてくる風を顔に感じていた。
◇ ◇ ◇
門から出て街道を歩いていると、人々は分岐に差し掛かるたび、村へ、港へ、と散っていった。そして森の入り口へ着く頃にはもう他に人はおらず二人だけになっていた。街の外といえども他の旅人のおかげか緊張感も薄れていたが、さすがに森の手前ではそういう訳にいかなかった。木が鬱蒼と茂って奥が見えない。昼前なのに異様な暗さだ。思わず二人で立ち竦んだ。
アルは意を決して木桶を被った。私は麻袋の中からフライパンを取り出して両手で構えた。それを見てアルは何か言いたそうな顔をしたが口を噤んで前を向いた。
「よし、いくぞ」
先に踏み込んだアルに続き、私も森の中へと足を踏み入れた。一歩踏み出した森の中の道は、街道の乾いた土と違った感触がした。平原の爽やかな空気とは一変して薄暗く湿り気のある空気が纏わり付いた。道を外れた草陰からは何かが蠢めいているようなガサガサという音がしていたり、木の幹には見たこともない黒光りする虫が張り付いていて、重低音の羽音が耳の側を掠めていった。人の行き来のある場所とは根本から異なっていた。
「なあ、こっちでいいの?」
役に立つかもわからない短剣を構えながらアルは私に言った。
「……わかんない」
「はぁぁぁああ?」
ゲームではメニュー画面を出せば地図が現れた。今はそれがない。スキル0!悲しいかな、NPCに特殊能力はない。
「んーっと、洞窟はただまっすぐ歩いて行けば着くんだよね」
いつもはね、と付け足すことはあえてしなかった。大した距離ではないはずなのにその道のりはずいぶん長く感じたが、ついに視界が開け目的の場所へ辿り着いた。木々がその洞窟を避けるように生えているため周囲は明るくて、心細さが薄らいでいくのを感じた。
「ここだ!間違いないよ、月鳴草はこの奥に生えてる。もう少しだ!」
やっとここまできた。あとは洞窟に入り込んで月鳴草を摘んで小箱に入れて持って帰るだけ。たったそれだけのことなのに現実になると随分骨の折れる作業だった。持ってきたカンテラに火を灯し、先を照らした。洞窟の中は一層ひんやりとしていて周囲の音が遮断され静まり返っていた。
コツ、コツ、と靴音だけが響く。魔物の気配もない。月鳴草どころか草の一本もないことが気がかりだったが、しばらく進むと奥に光が見えた。その幻想的な光景に、私は前世でプレイしたこのゲームの懐かしい記憶を思い出していた。
『月明かりが差し込む洞窟で得た薬草が その者の声を取り戻すでしょう』
神託のエルフェディアで一番最初に授かる神託の一文。それを頼りに冒険者はこの洞窟を探し出して月鳴草へ辿り着く。歌うたいのマリアちゃんはこれで救済される。
光が差し込む場所に小さな白い花が無数に生えていた。私はアルと一緒に銀の小箱へ詰められるだけ摘んだ。実は、余ったら売ればいい小遣い稼ぎになるのだ。月鳴草を入れた銀の小箱は、何故か淡く光っていた。不思議だ。
月鳴草を摘み終えた私たちは、安堵しながら来た道を戻って洞窟を出た。外の空気を胸いっぱいに吸い込む。さっきまでは湿っぽくて嫌な空気だと思っていたのに、今は爽やかな森の匂いがするんだからお気楽なものだ。
「結構簡単だったな」
「序盤のクエストだからね」
無事に月鳴草を手に入れられたことで、一気に気が緩んで周囲の警戒を怠っていた。談笑しながら森を抜けようとしたその時、アルの足が止まった。
「……リコ、下がれ」
気づけば、狼の群れが私たちを出迎えていた。




