第10話
森の中は不穏な風が渦巻いていた。私とアルに対峙するのは、灰色の毛を逆立てたワイルドウルフ。ただの狼だって人間には太刀打ちできないのに、こいつらは魔物。しかも4体。それが唸り声を上げながら牙を剥いている。
アルは咄嗟に私を庇って後ろに下げた。そして短剣を構える——いや構えようとしたのだが、剣は腰になかった。
「え?あれ?!俺どこにやったの武器!」
慌てて腰回りを探すが、どこにも見当たらなかった。
「花摘んでるとき邪魔だから地面に置いてなかった?!」
「うわぁああそうだった、忘れてきた!洞窟の中!」
振り返るが、取りに戻るのは危険すぎた。だいたい、ワイルドウルフ4体を相手にノースキル短剣一本の少年が太刀打ちできるとは思えなかった。私は手の中のフライパンを強く握った。もうこれしかない。これでアイツらをペンペン叩いていくしかない。
じりじりと、ワイルドウルフたちが間合いを詰めてきた。後ろは洞窟と崖で逃げられない。アルは鍋の蓋を盾のように構え必死で恐怖に立ち向かっていた。私は魔物がいつ飛びかかってきてもフライパンで応戦できるよう持ち手を握りしめていた。涎で光るその牙をみて、背中を流れる汗が止まらなかった。1匹が、今まさに飛びかかろうと地面に爪をめり込ませた、その時。
背後にある崖の上から、狼のものとは違う唸り声が響いた。低くて重低音のそれは雷の轟きのようだった。いち早くワイルドウルフはその声に気づいて、崖の上を見上げた。そしてさっきまで勇ましく立ち上がっていた彼らの耳と尻尾は急に力をなくした。私は崖の方を振り返りそれを見た。正直ワイルドウルフの方がマシと思った。熊のように大きな黒い影。黄金色の眼が、私たちをじっと見据え、鋭い牙を剥き出しにして唸り声を上げていた。私は腰が抜けてしまいそうになるのを必死に堪えていた。
それはワイルドウルフも同様だったようで、彼らはどんどん後退りして、ついには怯えて森の奥に走り去った。キャンキャンと負け犬のような鳴き声を上げながら。
一難は去ったが、安心なんてできるわけがなかった。ワイルドウルフを追い払った“何か”が、まだ崖の上にいる。しかしその凶暴な影は私たちに敵意を向ける事はなかった。そしてそれはワイルドウルフを追い払うと、目的を達成したと言わんばかりに姿を消した。横を見やると震えながら立っているのがやっとというアルが、勇敢にポケットから手を出した。
「……とりあえず、これ投げとくか?」
コショウ玉を握りしめてそう言った。
◇ ◇ ◇
とにかく猛スピードで森を抜け、這々の体で北門へ辿りつくことができた。何事もなかったのは奇跡としか言いようがない。
私たちは宵ばな亭へ戻り、銀の小箱に詰まった月鳴草をマリアに見せた。そして、それを煎じた。彼女は躊躇いながらも、それを喉に流し込む。するとしばらくして、マリアは口をぱくぱくとさせながら、声を取り戻していった。
「あ……あぃ……」
カロッツァも固唾を飲んで見守っていた。
「あり、がと……ぉ……」
目からぽろぽろと涙の雫が溢れた。私たちは手を取り合い歓声を上げた。
誰が道を示すのか
明日を知るもの月影の
光が静かに満ちていき
答えは風に消えていく
声なき声を拾いし姫が
名もなき願いを導き叶え
遠い夜から届く歌を
巫女姫様が導くように
その灯を辿りましょう
その灯火を絶やさぬように
遠くでマリアの歌声が静かに響いていた。麦酒を片手に星を見ながら、その歌声に酔いしれる。
「お前がいなかったらマリアはどうなっていたかと思うよ。ありがとう」
横で同じく歌声を聞きながら、アルは見たこともないくらい穏やかな表情をしていた。
「こんな事くらい、わけないって」
私はぐび、と麦酒を口に含んだ。気持ちは「ワイン持ってこーい!」であった。
月は語らず
星も答えず
それでも人は耳を澄ます
遠い祈りの残響を 導きと呼び
その祈りの唄を 大切に
改まってマリアちゃんの歌を聞いたことはなかったけれど、少し不思議な感じがする歌だった。この王国に古くから伝わる、古の唄。
酔いも回ってきた私は微睡の中で子守唄を聞いていた。
まさかこのクエストクリアが、後の運命を変えることになるとも知らずに。
第一章 終
第一章終わりです。読んでいただきありがとうございます。




