第11話
「リコちゃん、うちの羊が1匹どっかいっちゃったんだけど、どこいったか知ってるかい?」
「西門近くの井戸から声がするんだよーオーイオーイって。怖いからどうにかしてよ」
「間違って魔法粉をかけたらパンが逃げちゃった!どうしよう!」
私がマリアちゃんを治した噂は瞬く間に広がった。それが元で宵ばな亭には朝からひっきりなしに、様々な依頼が舞い込むようになった。次から次へと解決方法を教えてほしいと声が飛んできて私は朝食のスープを飲む暇もなかった。相談事は、これ神エルで見たことあるやつ!となるものから、全く知らない未知の事件まで、街の人の悩み事は様々だ。
羊は確か北門近くの川にいて、魔法のパンは納屋の藁ベッドで遊んでる。井戸は……ちょっとよくわからないけど誰か落ちちゃったのかな?あまりに相談が多いので街の人が自分で解決できそうな件は赴く事なく助言した。
忙しかったけれど、私は自分が推しゲームの冒険者になった気持ちでとても楽しかった。でも特に面白かったのは、神エルの街の人たちがちゃんと生きて生活をしていることを感じられるところだった。
羊飼いは川のそばで呑気に草を食べていた羊を連れて帰り宵ばな亭へ報告しにきてくれた。
「助かったよ。1匹だって、いなくなったら生活困っちまう」
彼は今朝とれたての卵をお礼に持ってきてくれた。地味に、こういうお礼は嬉しかった。
「まはひみ様に聞いてみようと思ったんだけどね、あれもお布施がかかるし何せすごい人気で行列だから」
その名前に、手に持ち眺めていた卵を思わず落としそうになった。
「あのう、まはひみ様というのは一体なんなんでしょうか?」
城でアレン隊長に詰められた恐怖が蘇るが、意を決して聞いてみた。その質問に羊飼いはきょとんと目を丸くした。
「なんだい急に。まはひみ様を知らんわけないだろう?」
卵の割り方を教えて欲しいと聞かれたような顔をして、彼は怪訝そうに眉を顰めた。
◇ ◇ ◇
この国の南西の方角には女神様を祀っている大きな神殿が建つ丘があった。ゲーム内では回復とか復活とかに関わっていた。まはひみ様はそこに在るよ、と羊飼いは教えてくれた。
彼自身も見たことはないが、まはひみ様は困ったことを解決してくれるだけでなく未来を予言して不幸を回避したり逆に幸運に導いたりしてくれるのだという。噂が噂を呼びどんどん評判が広まって、今ではその恩恵にあやかろうと国内外から人が殺到しているらしい。話の通り、神殿へ続く道は確かにたくさんの人が歩いていた。
私は確かめずにはいられなかった。まはひみという私のペンネームと同じ存在が、この国の何を動かしているのかということを。
神殿の門の前からすでに行列ができていた。並ぶと、いつまでかかるか分からない。しかし私には秘策があった。律儀に列に並ぶ人々を横目に、ふふっと笑みを浮かべ腕の中のカゴを静かに撫でた。
カゴにはカロッツァ特製蜂蜜パイが入っていた。神殿の神官たちの大好物だ。このスペシャルアイテムを賄賂…ではなくお布施として渡すと奥に入れるという手筈だ。たぶん、それでうまくいく。うまくいかなくては困る。蜂蜜を取るために手は何箇所も蜂に刺されたのだ。普通にかなり痛い。
私は神殿の裏口へと回る。そこには見張りの神官が1人いた。ぼんやりと空を見ながら立っている。退屈そうだ。私に気づいた彼は、あっと驚いたような顔をした。
「ナナさん!」
その言葉に、私の方が驚いてしまう。が、アルはナナが敬虔でよく神殿へ通っていたと話していた事を思い出した。だから神官と顔見知りでも特に違和感はない。逆に、馴染みなんだからちょっとおまけして入らせてよね、なんて不届な考えでいた。
「こ、こんにちは。カロッツァ夫人から頼まれて蜂蜜パイを持ってきたんですけど……すごい行列だったからこっちから入れないかと思って」
ここでカゴの布をチラリと捲る。神官は中を見て、おっと目を輝かせたが、頭を小さく振りすぐまた姿勢を直した。
「……美味しそうですけど、ごめんなさい。ここを通すわけには」
しっかり欲しそうな顔はしているくせに。しかし、私は二手目を用意していた。
「ああ、残念です。だってこれをカゴごと渡そうと思ってましたのに」
反対側から、今度は小ぶりの瓶が見えるようにわざとらしく布を捲った。ワインだ。神官は目を見開いて狼狽えていた。見てはいけないものを見て目が泳いでいる。
「ちょっ……と、奥のものと話をしてきます!」
神官は裏口の扉から急いで中へと入っていった。ここまでくればしめたもんよ、と私は口元をにやつかせた。




