第12話
結論から言うと、蜂蜜パイとワインの賄賂であっさりと裏口からの侵入は成功した。ここの神官はさほど敬虔でなく酒好きなことはアルが教えてくれた。街では顔が割れているため酒が買えない彼らは裏ルートでそれを手に入れているということも。ゲームプレイだけではわからない裏情報だった。
神妙な顔をしているが中身は俗物の神官の後をついていって神殿の奥へ通された。入り口は人でごった返していたが、奥は静かなものだった。なんとなく聞きづらい気がしてまはひみのことはまだ聞けずにいた。
廊下を進んで重たい扉を開くと、部屋には他にも数人の神官たちがいた。魔導書を開いたり、何かを話し合ったりして忙しそうだ。ゲーム内では暇そうに立っているだけだったのに。たくさんの人が押し寄せていて、通常業務が成り立っていないんだろう。案内の神官は広いテーブルの前に立った。
「では、寄付のものを確認します」
恭しくそう言うのが可笑しかったが、私は布をかけたままカゴをテーブルの上に置いた。神官はチラリと布をめくってから真剣な顔をしてうなづいて、カゴごと抱え上げた。
「カゴは、お返ししたほうがいいですよね……?」
明らかに、中身にしか興味がないという物言いだ。だがカゴは返してもらえるほうがありがたかった。
「女神様に捧げていただいた後で大丈夫です」
にっこり笑ってそういうと、若い神官は神妙な面持ちのままにすぐそれを裏へと持っていった。随分慌てているな。裏口の見張りをしていたくらいだから、下っ端だろうか、なんて呑気に考えていた。
さて、まはひみはどこにあるんだろうか。ここは裏だから業務の場だ。対応してくれた神官がいないとはいえ、他の神官もいる手前内部を自由に歩き回ることはできそうもなかった。素直に並んで順番を待つほうが近道だったのかなぁと思案していると、割りに早くさっきの神官が戻ってきた。隣に少し年配の神官も連れて。
白髪で銀縁の眼鏡をかけた人物だった。他とは少し立ち振る舞いが違う。彼を見て部屋にいた神官たちは慌てて頭を下げていた。ただならぬ様子だった。もしかしてワインの賄賂、バレちゃったかなと、不穏な空気に私の身も引き締まった。
初老の神官は私の前で何かをブツブツと唱え祈りを捧げた後、尋ねた。
「女神さまの記憶があるというのは、貴女様ですか?」
「はい?」
その質問で、部屋中の神官たちの目が私に注がれた。
◇ ◇ ◇
業務の部屋から今度は応接室へ案内された。質感のいいソファとテーブルが置かれていた。近衛兵待機場での出来事を思い出してブルリと身体が震えたが、私は言われるがままソファに浅く腰掛けた。対面に深く座った老齢の神官はその眉間に深い皺を刻んでいた。
「私は司教のゴドリックといいます。先程は理由も説明せず訳のわからない質問をして申し訳なかった。再度改めてお聞きしますが、貴女は先程“女神様”と口にされましたかな?」
言ったような言わなかったような。あんまり覚えてないけどカゴを渡す時に女神様へ捧げて、とは言ったかもしれない。
「はい……そう、とは思いますが、そのことが何か?」
ゴドリックは眼鏡の下の目を光らせていた。
「この国の信仰はもちろんご存知ですね?」
ああまたなんか探りを入れられてるなこれは、と薄々感じ取りながら、私は記憶から神エルを引っ張り出した。
大神殿で祀られているのは確かこの地を創造した女神ラナ。戦闘後に回復のため神殿へいくと、神官は必ず「女神ラナ様のご加護がありますように」と祈ってくれた。ことまでは覚えている。
「……創造神ラナ様、でしょうか」
それを聞いてゴドリックは、はっと目を見開いてから深いため息をついた。指先は微かに震えていた。
「……消えた神の名を口にするとは。畏れ多い」
神が消えたの?私はますます意味がわからなくて、床を見てため息をついた。どうなっちゃってんのこの世界。
ゴドリックは震える声で続けた。
「その名を覚えているのは、この神殿を守る神官たちとマラーナ王宮の王族、それに仕える幾ばくかの人間しかおりません」
それは、私にとっても寝耳に水だ。
「でも街の人たちは皆あんなにラナ様を信じていたのに」
そこまで言ってから、しまったと手で口を塞ぐが聡いゴドリックは誤魔化せそうもなかった。
「何故貴女はその事を……」
流石に、アルの時のように“ゲームで知ってたんで”は通用しないだろう。私は語らぬが得策と、黙り込んだ。下手したら異端審問とかされそうで怖い。同席した神官の1人も驚きの表情を隠せないようだったが、彼は何か気づいたように言葉を発した。
「司教様、この方は毎日のようにここへ通い祈りを捧げていましたので、もしかしたら我々と同じようにラナ様の加護があったのかもしれません」
ナナちゃん、ファインプレーや!私は心の中でガッツポーズをしていた。とりあえず話を合わせてその方向で持っていくしかない。
ゴドリックは、一応納得したのかうなづいて話を続けた。
「この国名マラーナの由来にもなった、古代語マナ•ラーナ。母なる女神ラナを、人々は失ってしまった。あるものの存在によって」
人々の記憶から女神を消し去り置き換わった何者か。それは、もしかして、
「まはひみ……?」
その名を聞くのも憚られるというように、彼は頭を振った。
「あれは恐ろしいものだ」
司教は、暗い顔で肩を落としていた。アルや羊飼いが話していたことと、随分違うようだと私は思った。
とにかく見た方が早いからと、神殿の最奥に案内された。人の目には触れないようになっているらしい。民からの困り事を神官が取りまとめ、ここでまはひみに伺っているのだという。道理で忙しそうにしているわけだ。神官たちは祈りよりも、書類捌きに忙殺されていた。
女神像がある裏の祈祷室。そこにまはひみは在った。この世界の人々は、それを奇跡の石板と呼んでいた。普段はただの黒石だが啓示を授けるときには光り輝き、喋るのだと。
神官がまはひみに被せてあった布を取り去った。
そこにあったのは、紛れもなく前世で私が排水溝に流したiPhone15ProMAXだった。ちょっと端が欠けてひび割れていた。
お前……何しとるんこんな所で。
それがスマホとの再会を喜ぶ私の心の声だった。




