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第8話

 日の出と同時、私は早速マリアちゃんのために月鳴草を探しにいく準備を始めた。宿屋の仕事もこなしながらだが、スローライフのこの世界で2つの仕事をこなすなど元社畜には造作もないことだった。掃除の後、客に朝食をお出ししてからお使いへ行く。今日のパン運びはマリアちゃんの担当のようなのでお任せした。泣き腫らした瞼が痛々しかったが、それも今日までだよと私は心の中で檄を飛ばした。

 お使いついでに道具屋の裏に回った。ここに、銀の小箱が落ちているはず。空き地になっているそこへそっと足を踏み入れた。ゲームプレイヤーであるなら気にも留めなかったが、なんとなく不法侵入みたいでドキドキした。

 隅の方をくまなく探すと、あった!アイテム名「銀の不思議小箱」これに洞窟で摘んだ月鳴草を入れて持って帰れば枯れることなく効果が持続する。うまくいったぞ、とお使いのカゴに忍ばせようとした時だった。

 

「あー、それ。お姉ちゃん見つけたの?」

「ひゃあぁっ!」

 

 悪いことをしているという自覚が無意識にあった。空き地とはいえ人目を忍んで侵入し、金目のものを持っていこうとしたんだから。振り返ると、お下げが可愛い女の子が、ニコニコしながら私を見ていた。

 

「ご、ごめんなさい…」

 

 子供に悪いところを見せてしまった。私は小箱を地面に戻そうとしたが、女の子はくすくすと笑っていた。そして私の手のひらごとその小箱を包み込み、くんくんと匂いをかいだ。

 

「いい匂いがするね。お姉ちゃんも、この匂いで気づいたんでしょ?銀の小箱を見つけたんだもん。だから、大切に、してね」

 

 その子はくるりと振り向いて、赤いワンピースを翻した。そして、キャハハ、と乾いた笑い声を空き地に残して、走り去った。

 私は心臓の鼓動が元に落ち着くまで、そこから動けなくなっていた。


 ◇ ◇ ◇

 

「ああ、そりゃ街の道具屋のチビだ。名前……えーっと」

 

 空き地で出会った不思議な女の子の話をすると、アルは心当たりがあるようで額に指を置いて「ウウーム」と唸っていた。

 

「いいよいいよ。見つけて任務完了だと思ったら人に見られてドキドキしちゃった」

 

 この緊張感はゲームでは味わえない。

 気を取り直してから銀の小箱を取り出すと、彼のグレイの瞳がにわかに揺れた。

 

「本当にあった」

 

 アルは小箱を受け取ると信じられない物を見たように目を見開いていた。

 

「こんな貴重なもの、その辺に捨てられてるもんじゃないだろ?」

 

 指先でそっと銀細工をなぞる。この世界で銀製品は貴重なものだ。庶民が一生働いても手に入るか怪しい。ましてこんな精巧な装飾の施された品物は、王宮内でも限られた者しか持つことができないだろう。ひとしきり小箱を眺めてからアルは丁寧に私へ小箱を返した。

 

「これ売ったら一生遊んで暮らせるな」

 

 へへっと笑うアルの顔は本気か冗談かは分からない。これは後々も役立つアイテムなので売るわけにはいかないと苦笑いしながら、私は小箱をかごの奥へ押し込んだ。

 さあ次は街の外へ出て森の中の洞窟だ。装備を整えよう。


 流石に普段着のまま森へ行くほど舐めてはいなかった。ゲームでは冒険者もお金を集め、道具屋で装備を購入してから出かけるのがセオリーだ。この辺りは弱い魔物しかいないが、それでも現実世界の猪くらいの攻撃力はあると思う。

 宿屋の倉庫で埃を被った革の外套、水筒、麻袋、カンテラ、薬草を見つけた。武器になるものは……と見回してかまどの脇に置かれていたフライパンを手に取った。

 ずっしりと重みがある。これでいいか。

 アイテムを麻袋に詰めながら本当はりんごとかも欲しいなあと想像して、遠足かよと自分にツッコミをいれた。

 

「おう、準備できたか?」

 

 その声で顔を上げると、カウンターの向こうでアルが仁王立ちしていた。頭には木桶、手には鍋の蓋と短剣を持っていた。異様な姿に驚くが、もしかして森へ行く装備のつもりだろうか。

 

「へ?一緒に来るの?」

 

 その言葉が気に障ったのか、眉間の皺を深くしてアルは私に詰め寄った。

 

「女1人行かせるわけにいかねーだろ!」

 

 口が悪いのは別としても、本当にいいやつだよなぁと胸にじんときた。ファーストコンタクトが嘘のように、彼の勇気と男気に感服する。

 

「ありがとう!正直ちょっと心細かったからさ」

 

 アルはその言葉で照れたように口元を緩めた。分かりやすい奴め。

 

「俺だって本当ならリコに頼らず1人で行きたいけどさ。でも森の洞窟もどこにあるのかわからないし、月鳴草がどんな草かもわからない。…あと、正直に怖い」

 

 アルのその気持ちは、ゲーム画面越しでは伝わることが無かっただろう。NPCに森について尋ねると『魔物がいるから気をつけなよ!』とテンプレを話すのみだった。しかし実際魔物との遭遇は命を落としかねない。アルが恐怖を感じるのは当然だ。ほとんどの人は城下町より外に出ることなく一生を終える。

 でもその恐怖心を跳ね返して木桶と鍋の蓋を装備し立ち向かおうとしているのだ。マリアちゃんはもちろん、アルのためにもこのクエストを絶対に成功させたいという気持ちだった。

 

「あとこれも。役に立つかもだから」


 アルは紙に包まれた玉をふたつ見せてくれた。

 

「これは?」

「コショウ玉。貴重だからあんまり使いたくないけど、これで弱いやつは追っ払える」

 

 もしかしたらなけなしの給金を叩いて用意してくれたのかもしれない。私はちょっと微笑んだ。

 

「これを使わずに済む事を祈ろう」

 

 私はずっしりと重くなった麻袋を担ぎ、靴紐をギュッと締めた。

 

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