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第7話

 アレックスは真剣な目で私を見ていた。昨日までの私と、今日の私はまるで別人という事に気づいたのだ。流石の神エルオタクでも、キャラ同士がどんな呼び合いをしているかまでは把握してない。だいたい私は今の自分の名前も知らない。女中の1人はマリアちゃんだが、もう1人はイベントに食い込みもしない本物のモブだ。

 あーとか、うーとか、声にならない言葉を発してけむに巻こうとしたがもう誤魔化す事はできなかった。私は覚悟を決めてアレックスに向き直った。

 

「……実は、朝起きたらこうなってた」

 

 正直に言う。長い社畜人生で学んだ事。一度誤魔化すと、あとでもっと大きな嘘になる。

 

「こう、ってのは?」

 

 私は、自分が別の世界の人間であること。この世界を“ゲーム”として知っていたこと。そして死にかけた直後、あの屋根裏で目を覚ましたことを掻い摘んで話した。

 アレックスは難しい顔をしていたが一度も口を挟むことなく聞いてくれた。全てを話し終わって一呼吸置いてから、静かに口を開いた。

 

「……つまり」

 

 声を低く落としている。

 

「お前は別の世界から来た人間で、この身体に入り込んでいる。しかも、この世界のことも“げえむ”で知っている、と」

「はい……」

 

 アレックスは頭の後ろをかきながら口をへの字に曲げた。

 

「そんなの信じろって?」

「まあ、そうなりますよねぇ」

 

 へらへらとそう言うと、アレックスは少しだけ眉を動かした。

 

「でも、私はこの王国のことをほとんど全て知っています。この宿屋のことも、マラーナ城のことも!……マリアちゃんの声を取り戻す方法も」

「マリアの?」

 

 アレックスの声色が変わった。食いついた。

 私はモップの柄を握りしめたまま、小さく頷いた。

 

「月鳴草、って花があって、それを煎じて飲むと、治る」

「月鳴草…?」 

「ただし街の外の森に行く必要があるし、あと銀の小箱が必要です。それがないと枯れちゃうから」

 

 本来このイベントは冒険者が神託を得てそのヒントから順繰りに情報を集めていくのだが、今回は割愛しよう。そもそも神託を授けてくれる姫はいない。攻略法は道具屋の裏の空き地で銀の小箱を手に入れて、森の洞窟で月鳴草をゲットするだけ。私がプレイしていれば5分でやれる。

 アレックスは私の自信を感じ取ったのか、気が抜けたみたいな顔をしていた。

 

「それがあれば、マリアを助けてやれるのか?」

「たぶん」

「たぶんって……」

 私は言い含んでから、ゆっくりと答えた。

 

「ゲームではそれで治った。けど、ここはゲームじゃないから絶対とは言えないです」

 

 言ってから、自分でも少し驚いた。朝のテンションの私ならきっと「簡単に助けられる」なんて鼻で笑っただろう。けれど今は違う。マリアちゃんはイベント名じゃない。奥の部屋で声も出せずに泣いている、生身の女の子だ。失敗したらロードはできない。

 アレックスは黙って私を見てから言った。

 

「お前、名前は?」

「え?えっと…なんだっけ、私の名前」

 

 書いてあるわけもないのに自分の着ている給仕服を慌てて見回す。

 

「そうじゃなくて、中身?の方だよ!前の世界ではなんて名前だったのかって」

 

 イライラしたようにアレックスが言った。あ、そうか。この子の事じゃないのか。

 

「私は…森下莉子」

「なげぇよ」

「うーん、リコ、でいいです」

 

 きっとこの子にも名前があったはずだけど、アレックスは新しく入り込んだこの私を別の人として扱う事に決めたようだ。

 

「わかった。リコ、俺のこともアルでいい。なんかお前にアレックス、とか改められると気持ち悪いし」

 

 淡々とした口調だ。物分かりが良すぎる気がして、私はさっきから心に引っかかっていた事を聞いてみた。

 

「あの、私が入らせてもらってるこの人は、なんて名前の方でしたか?」

 

 アルは少し驚いた顔をしてから、静かに答えた。

 

「ナナだよ。おてんばでちょっとドジでさ。いつも要領悪くて、ハッパかけてやらないとダメだったんだよな。マリアの歌をいつも気持ちよさそうに聴いてた」

 

 胸がちくりと痛んだ。アルは言葉を続けた。

 

「敬虔で神殿へしょっちゅう出向いて、祈りを捧げてた。昨日もそうだった。でも帰ってきてから顔色が悪そうだったから心配してた。そうか、そういう事だったんだな」

 

 アルは自分自身に言い聞かせるように話した。少しの沈黙の後、私は口を開いた。

 

「ごめんなさい……」

 

 アルは驚いて言い返してきた。

 

「別にお前が悪いわけじゃないだろ!」

 

 どっちかっていうと、被害者だ!と続けてくれた。いや、でも被害らしい被害はまだ受けていないけど、とは言えなかった。

 

「それに、たまにあるんだよ」

 

 木の椅子にもたれかかって、アルは遠い目をした。

 

「なんかこいつ違う奴入ったな、ってことが、たまに」

 

 店には重い沈黙だけが残った。その奥の厨房で、竈の残火がぱちりと弾ける音が小さく響いた。

 

リアクションやブクマ、評価ありがとうございます☺️☺️

物凄く励みになっています。がんばります。

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