第3話
「ついてこい」
アレン隊長はそう言って出口と逆方向へ歩き始めた。私の質問は彼の何かを刺激したようだ。私は遅れないように早足で大きな背中を追いかけた。深紅の絨毯が敷かれた広い廊下を進んで奥にあるのは、近衛兵の待機場だ。
重い空気のはずなのに、ゲーム序盤では立ち入ることが許されないこの場所に通されたことで少なからず期待感が高まっていた。重い木の扉が開かれると暖炉の置かれた談話室には、国章入りの立派なタペストリーが掲げられていた。
息を飲むほど美しい室礼。豪華絢爛ではないが物自体の質感の良さが空間の格を作り出していた。アレン隊長は、私を奥のソファへ座るよう促した。自分は磨かれた甲冑が置かれた側の椅子をひいて、どっしりと目の前に構えた。両膝に肘をつき、顔の前で手を組んでいる。獲物を狩る猛禽類のような視線で私をじっと見つめていた。危ない危ない。私がアレン夢女だったら即死していた。
「単刀直入にいう。貴女はまはひみについて、何をご存知で?」
その質問に答えるのはなかなか骨が折れそうだ。まはひみの何を、と聞かれれば何をというもなにも、それは私ですというしかない。しかしこの世界の人々に「貴方たちを出汁にして、うまく煮込んで二次創作をしていた時の名前です」なんて説明する訳にもいかない。
しどろもどろとしていたら、アレン隊長はますます怪しむように睨みを効かせた。焦りに駆られた私は、早口で捲し立てた。
「え、いや、その……町で聞いたんです!まはひみ様のおかげで国が守られてるって!」
会社でやらかして、上司に呼び出された時と同じ気持ちだ。いや、近衛兵の隊長直々にともなればその威圧感は何倍にもなる。しかし間違ったことは言ってないはず。宿屋のアレックスが「まはひみ様」を知っているんだから、町娘の私が知っているのは何もおかしい事じゃない。
「だから、てっきり姫様の代わりに神託のお仕事をしてる偉い方なのかなって……」
アレン隊長はスッと目を細めた。そして値踏みする様に私を見据えて、静かに口を開いた。
「……まはひみとは、人なのか?」
「えっ?」
頭の中が、一瞬真っ白になった。
『まはひみ様』とそう呼ばれていたから、人間なのだと——。
アレン隊長は、黙って私を見ている。
その沈黙だけで、自分が何かを間違えたのだと分かってしまった。
途端に黙り込んだ私を見て彼はふてぶてしく腕を組み直し、椅子の背もたれに深く寄りかかった。木の継ぎ目はギシ、と低く軋んだ。
「失礼します!アレン隊長、魔導師隊から伝言を承っております!」
入り口からキビキビとした声がした。カツン!と靴の底を当てて、兵士が背筋を伸ばしていた。緊張の糸がわずかに緩んだ。私の背中は汗でびっしょりだ。息をするのを忘れていた様で、はあはあと呼吸が荒くなっていた。
「入れ」
兵士は側によると、何かを耳打ちした。それを聞いて、アレン隊長の目尻がひくついたのを私は見逃さなかった。
「すぐに行くと伝えろ」
短くそういうと、彼はまた私に向き直った。
「急用が入った。無礼をすまないね、宵ばな亭のお嬢さん。市政ではまはひみの、どの様な噂が広まっているのか興味がありましてね」
彼は立ち上がると、背を向けて出口へ向かった。なんとか解放されたのかな……今は。心臓が痛いほどに速打っていた。噂を聞きたいというだけで、見知らぬ人間を近衛兵待機場に案内する程ラフな男でないことは私が1番よくわかっていた。浮かれてとんでもない事になってしまった。
アレン隊長が出口の握り金具に手を置こうとした時だった。
バン!と扉が弾けて、勝手に開いた。いや、外から誰かが開けたのだった。驚いて見ると、そこにいたのは紫のマントに身を纏った麗人だった。私はまた、息をするのを忘れた。
魔導師長のルシフェル様が、そこにいた。




