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第2話

 私はパンの入ったカゴを小脇に抱えながら、ぶつぶつと独り言を呟いた。

 

「マラーナ城が輝きを失っている。こんなの見た事がない。絶対におかしい」

 

 この神託のエルフェディアは、プレイヤーの選択で国の未来が変わるゲームだった。巫女姫サラ様が受けた神託を元に、冒険者と他4人の主要人物が問題ごとを解決に導く。その時誰を助けたか。誰を殺したか。そんな選択で王国の未来が変わってしまう。故に絵の綺麗さに釣られて軽い気持ちで始めた小中学生を、容赦なく地獄へ叩き落としてきたダークファンタジーでもある。

 見たところ街並みは特に異常はなく住民はいたって幸せそうだ。このゲームは住民の幸福度によってゲームがハッピーエンドに進んでいるかバッドエンドに進んでいるか、見極められる仕様だった。私は宿屋のアレックスが呟いたセリフがずっと引っかかっていた。

 

「だいたい、まはひみって…」

 

 私のペンネームなんだけど。言いかけて、誰かに聞かれてやしないかとキョドキョド辺りを見回したが、こんなNPC1人に注意を向ける人は誰もいなかった。ほっかむりを深く被って目的地へと急いだ。目指すは城を守る一般兵士の訓練所だった。


「おお!これはこれは。毎朝焼きたてパンのお届けご苦労様であります」

 

 鉄の鎧を纏った衛兵が兜の下で嬉しそうに笑うのが見えた。カゴから香るパンの匂いに兵士の顔が一気に緩んでいた。城の門を入ってすぐの所に兵士の訓練所がある。朝の鍛錬の後、皆の腹を満たすため宵ばな亭から焼きたてのパンが寄付されていた。これで恩を売り、店にも食事へ来てもらおうという算段だ。宵ばな亭の主人カロッツァは、やり手の商売人である。

 私はできるだけ目立たないようにぺこりとお辞儀をしてから、パンが届いてわいわい賑わっている兵士たちからそっと離れた。いい匂いに釣られて城の守りなどそっちのけの一般兵士に用はない。気づかれないように裏手に回った。私はこの城を熟知している。40度の熱がでた日にも手にコントローラーを握り神エルをやり続けてきた人間だ。主要キャラの一挙手一挙動など全て頭に叩き込まれている。

 そこから堀の浅いところを飛び越えて洞窟に入っていく。今は使われていないが船着場があるのだ。そこから城の内部に侵入できた。ここは主人公がはじめに城に侵入するルートと同じである。ギイギイと不穏な音を立てるハシゴを登っていくと、城の内部にある物置に出た。

 中は大した警備がない筈なので、私は上へ続く螺旋階段を登っていった。会いにいく主要キャラは、もちろん決まっている。サラ姫様だ。

 螺旋階段を登り切った先に大きな広間があった。開放的な空間だ。誰もいない。東と西に出入り口があるので、その東側から外に出て空を見上げる。すると、そこにはサラ姫のいる塔が建っていた。

 ここはプレイヤーが序盤から幾度となく訪れる最重要拠点。あの塔には篝火があり普段は青白い。姫が神託を受けるとそれがオレンジに輝くようになるのだ。しかしその篝火はそこに、なかった。

 

「え?神託の篝火はどこ?」

 

 私は隈なく目を凝らすが、どこを探しても見当たらなかった。あの篝火によって王国は不思議な守りで包まれる。それがないという事は、マラーナ王国の異常事態だ。同時に姫様は……と、私は動揺を抑えられなかった。

 その時、腕にヒヤリとした冷たさを感じ、思わず飛び上がった。焦りが増幅し神経は過敏さを増していた。輝く銀の剣が私の腕に押し当てられて鈍く輝きを放っている。恐る恐る振り返った先にいたのは、軍服姿の大男だった。

 私はこの人を知っている。彼はマラーナ王国近衛兵隊長、アレン。アレン隊長!本物!!!

 

「はっ……はわわ……はわわわわわわわわわわわわ!」

「何処からここまで入ってこられた、町娘」

 

 生ボイスきた。死んでもいい。あ、もう一回死んでたわ。私が挙動不審に陥ってるのを見て、アレン隊長は剣を少し下ろした。あまりに驚いた私を見てただの迷子と判断したんだろう。推しに会えて感激の舞が九死に一生を得た。

 アレン隊長は瞳と同じブラウンの髪を短く刈って、頬に一本傷がある。王族を守る近衛兵をまとめる近衛兵隊長だ。規範を尊び王のために死ぬを美徳とする。とにかく硬派。しかしまあ、すごくかっこいい。思わず見惚れてへらへら笑ってしまう。そんな私をみながらアレンは眉根を寄せて怪訝な顔をしていた。

 

「貴女はいつも兵士にパンを届けてくれる方では?迷ってしまいましたか。ここは王宮の中です。案内するので速やかに退出を」

 

 近衛兵らしく淡々と仕事をする。キチっと整えられた彼の軍服のように真っ直ぐに踵を返し、私を案内してくれようとした。推しを生で見られた感動で眩暈がする程嬉しくて倒れそうになるが、なんとかして踏みとどまる。そしてその背中に向かって声を張り上げた。

 

「あのっ……すみません、姫の塔に篝火がないのですがどうしてなんでしょうか?」

 

 その言葉にアレンは振り返り立ち止まった。さらに私は追い打ちをかける。

 

「姫様は……サラ姫様はどうしてしまったんですか?」

 

 マラーナ城に輝きはなく、篝火もない。サラ姫様の気配もない。居ても立っても居られずに、アレン隊長へ問いただす。彼はじっと私を見て思案を巡らせた後、静かに口を開いた。

 

「サラ王女は、ここにはいない」

 

 私は息を呑んだ。まさかそんな。

 

「だが心配無用である。あまり必要以上にその名を呼ばぬように」

 

 アレン隊長は長い人差し指を薄い唇の前で一本たてた。無骨なのにこういう仕草が色っぽい……あ、いやいや。そんな事考えてる場合ではない。私は焦って次々と思った事を口にした。

 

「でも、篝火もないし姫様もいないなんて心配で……あれ?ちょっと待って、姫様がいないってことはもしかして、神託は行われていないんですか?」

 

 アレン隊長の眉がぴくりと動いた。

 

「神託を……どうして貴女が知っている?」

 

 明らかに、彼は動揺を隠せていなかった。私は不思議に思った。別に神託は誰でも知っていることだ。それこそ街の子供だって、その言葉を口にする。その時、アレックスの一言が脳裏に過った。

 

『まはひみ様がいるんだから、マラーナ王国は困った事なんて起きない』

 

 私は無礼を承知で言葉を続けた。

 

「もしかして、まはひみ様というお方が何か関係しているのでしょうか?」

 

 その問いは明らかに彼の纏う空気を不穏へと変えた。返答は無かったが、アレン隊長は鞘に一度収めた筈の剣をまた静かに握りなおしていた。

 さっきまで私を見る目とは明らかに別の視線を向け、固く真一文字に唇を結んでいた。


 


 

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