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第18話

 アルは私の手から皮袋を引ったくった。

 

 「俺だけ行ってくる」

 

 そういうとさっさと洞窟の中に入っていった。

 

「ちょっと!」

 

 私は慌てて追いかけた。足音が洞窟内で反響した。

 

「いいよ来なくて!」

「いいわけないじゃん!私が原因なんだよ!」

 

 アルは額に汗を滲ませながら、ムスッとした表情でそっぽを向いた。こんなに寒いのに、汗かいて怖いくせに。私は急いでカンテラに明かりを灯した。

 ヒュウヒュウと風切音が耳元で鳴った。洞窟の中なのに、異様に風が強かった。奥は、以前と変わらず光が差し込んでいた。でもそこは、明らかに前に訪れた時と様相が変わっていた。

 月鳴草はそこに、一本たりとも生えていなかった。片隅にアルが忘れた短剣が落ちているだけ。私たちは絶句して、立ち尽くしてしまう。

 

「……早く戻そう」

 

 アルは地面へ這いつくばると、皮袋から月鳴草をそこへ蒔いた。カンテラの火が弱くなったり強くなったり、不思議に揺らめいている。

 私たちはあの日、地面に広く絨毯のように咲き誇っていた月鳴草を、談笑しながら何気なく摘んでから箱に詰めた。決して取り尽くしたという認識はなかった。それなのに、そこに月鳴草はもうなくなっていた。必死になって花を植え付ける私たちの背後で声がした。

 

「月鳴草は薬草ではあるが、本来は“余剰魔力を吸う”性質を持つ。だからこそ魔導師どもは管理しておる」

 

 洞窟の奥から、ヒュウ、と長い風の音が聞こえた。いつのまにか、あの老人が背後に立っていた。

 

「いい塩梅に生えていたそれが多く取り尽くされて、この洞窟は均衡を失った。そして、奥の過剰な魔力が滲み出して均衡を乱した」

 

 奥の……?その言葉で私は洞窟の最深部へ目を向けた。以前来た時は、月鳴草をみつけた安堵で気にも留めていなかった。今改めてそこにあるものをまじまじと見る。

 

「なにあれ。祠……?」

 

 古い石が積み上げられ小さな家の様な形をしていた。私は立ち上がって近づいていく。カンテラを向けると、中の火はより一層不安定になった。

 祠の真ん中に像があった。しかし異様に黒く、油がかけられたみたいにテラテラと嫌な光を反射していた。顔が削れて気味が悪いが、何処となく見覚えのある像だった。

 

「女神……ラナ様の像……?」

 

 背後からアルが覗き込んできた。

 

「お前が言ってた女神様のことか?」

 

 何となく気になって、私はそれに手を伸ばそうとした。

 

「触るでない」

 

 咄嗟に指を戻す。

 

「呪われている。禁忌の術だ。聖なるものを封じようなどと、とんでも無いことを考える奴がいたもんだ」

 

 奥の水たまりに、一粒の水玉がポツンと落ちた。老人の静かな声と水音以外、洞窟内に音は無かった。

 

「しかし封印が甘く、より強大な魔力がダダ漏れになってしまっている」

 

 老人は振り返ってから杖で月鳴草を指した。

 

「お主らが返したあれがまた上手く増えればこの洞窟は安定するだろう。幸いにも魔力固定された月鳴草だ。易々と枯れてしまうことはあるまい」

 

 そう言うとまたゆっくりゆっくり歩き出し、出口へと向かっていった。ふと、杖の持ち手が銀細工になっているのに気がついた。それはあの小箱の模様と似ているようだった。

 洞窟の外の霧は晴れていた。光の差す出口で老人の揺れる背中をみてから外に出た時にはもう姿がなかった。


 結局あの老人は誰だったんだろうか。不思議な出来事に思いを巡らせる私の横でぽつりと呟いた。

 

「あのじいさん、俺たちが売った月鳴草を買い戻したのかな」

 

 アルが手の中の銀貨を見つめていた事に、私は少し驚いていた。

 

「まだあったの?とっくに使っちゃったのかと思ってた!」

 

 素直な感想だったが気に障ったみたいで、その後口をきいてくれなかった。


◇ ◇ ◇

 

 宵ばな亭へ戻ってきた私たちは、急いで仕事に取り掛かる事にした。今日のパン運びは私の仕事。カウンターの上のカゴにカロッツァがパンを焼いて入れておいてくれている……筈だった。

 

「あれー?パンがない」

 

 いつもの場所にカゴが置かれていなかった。それどころか午前中はいつも宵ばな亭に漂っている、あの芳しいパンの匂いがしない。

 私は厨房へ赴くと、作業台の前でパン生地を捏ねながらカロッツァが困り果てていた。

 

「ああ、ごめんよ。パンがまだ焼けていなくてね。なんでかここ最近、火が安定しなくて、焦がしちゃったんだよ」

 

 彼女自慢の大きなオーブンを見ると、モクモクと煙が上がっていた。

 

「カロッツァさん!火が!」

 

 悲鳴を上げて指差すと、まぁ!と大きな声を上げてカロッツァはオーブンを開けた。途端に煤と煙が吹き出してきた。熱風が顔を直撃して思わず背けた。

 

「げほっ……げほっ、こりゃもうダメだ」

 

 彼女は咽せながら、麻布を手に取った。心なしか落胆の色が表情に浮かぶ。

 

「薪も魔法粉もいつも通りしか使ってないのに、壊れちゃったんかねぇ」

 

 煤で汚れた手や机の周りを拭いている。せっかく捏ねたパン生地も黒く煤けていた。

 同時に、今度は裏庭で馬の嘶きが響き渡った。

 今日は何かと騒がしい。慌てて向かうと、厩で暴れる馬をアルが必死に宥めていた。マリアが横で、オロオロとしている。

 

「どうしたの?!」

「馬が……急に暴れ出して」

 

 アルは「どうどう!」と懸命に手綱を引くが、力負けして引きずられていた。両脚がズリズリと砂を掻いている。騒ぎを聞きつけてやってきた隣の店のおじさんが加勢して、何とか落ち着かせることができた。

 マリアちゃんは、埃まみれになってしまったアルのズボンを叩いてあげながらポツリと呟く。

 

「最近ね、井戸のお水をあんまり飲みたがらないの。何かに怯えてるみたいだし……あと、あれも」

 

 そう言って視線を向けた先には干し草の山があった。

 

「最近、カビるのが早くて。馬たちそれでご機嫌斜めなのかも」

 

 それを聞いた隣店のおじさんは、額の汗を拭いながらふぅっとため息をついた。

 

「こりゃあ、まはひみ様に聞くしかないな」

 

 私は、そんな事を?と思いアルをみたが、彼も同様に少し驚いた表情をしていた。

 

「おーい、どっちか、小麦粉買いに行っておくれ!」

 

 背後からカロッツァのソプラノが聞こえた。マリアは馬の世話があるので用のない私がお金を受け取りにいくと、カロッツァはニコニコしながらこう言った。

 

「オーブンのことはまはひみ様に聞きに行ってみるよ。便利で助かるさねぇ」

 

 またまはひみ……思わずお金を落としそうになった。


 小麦粉を手に入れるため、角の商店に走る。道すがら、何処となく街のざわめきが増した気がした。

 子供の泣き声が聞こえる。

 

「熱を下げるにはどうしたらいいんだっけ?」

「まはひみ様に聞いてみようか」

 

 サッと顔を背けた。家の前で唸る野犬を、棒で追い払う人がいた。

 

「最近野犬が多いなぁーまはひみ様にいい方法がないか聞いてみよう」

 

 私はその横を素早く抜けて商店へ入った。

 カランと鐘の音が店内に響き渡って、人の良さそうな店主が愛想を向けた。

 

「いらっしゃい!……と言いたいところだけど、今店にはなんにも品物がないんだよ」

「なんにも?!」

 

 驚きで声を上げると、それを見た店主は困った様に頭を掻いていた。

 

「すまんね、荷運びの馬車が壊れて品物が届かないんだ。どうすればいいか、まはひみ様に聞きに行ってる様だから少し待っててくれんかね?」

 

 店主の言葉に、私は震え上がった。そんな事まで尋ねて聞くのか?まはひみに?

 私は思わず店を飛び出した。

 

「壊れてる」

 

 駆け足で私は、世界に向かって呟いた。

 

 

 

 

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