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第16話

 アル曰く、道具屋のチビことルルカちゃん。彼女はしばらく自分の身体を抱え込み、地面に蹲っていた。ただならぬ様子に心配でそこを離れることができなかった私はそっと彼女の背中を撫でる。

 

「……お姉ちゃんも一緒でしょ?」

 

 不意にルルカは聞いてきた。

 

「嫌な気持ち、するよね?」

 

 答えに困ってしまった。確かに私はマラーナ王国に不吉な雲が立ち込めているような気がした。でも私は普段から目にしていたゲーム画面と違う、という意味での不穏さを言葉にしていたに過ぎなかった。

 

「ルルカちゃん、いつから嫌な気持ちがするの?」

「前の満月の夜」

 

 今日は新月、ということは半月ほど前かな。

 

「綺麗なお月様を見ていたらね、あの神殿の方が光って。その後からすごく嫌な感じなの」

 

 しょんぼりとした表情に切なさを感じた。ルルカは続けた。

 

「お姉ちゃんのあの箱、不思議な感じがするでしょ?でもそれと違うの。へんで怖くて気持ち悪い」

 

 私は道具屋の裏で拾った銀の小箱を思い出した。月鳴草を入れるために見つけた小箱。確か道具屋の裏に落ちていた。


「あれ、ルルカちゃんが置いたの?」

 

 小さくうなづいた。

 

「お父さんと村に行った時林で見つけたの。不思議な不思議ないい匂いがするのに、誰もそんな匂いしないって。でもお姉ちゃんはいい匂い、気づいたからあの箱を見つけられたんだよね?」

 

 言い淀んで困ってしまう。あれは単に攻略知識で知ってただけだ。

 

「あそこの林、まだたくさんいい匂いがしてた。また行きたいなぁ」

 

 そういうと、神殿とは反対の東の方をうっとりと見つめていた。


「ルルカ!ルルカー!」

 

 遠くから男性の声が聞こえた。道具屋の主人と、その婦人だ。

 

「待たせたね。家で待っていればよかったのに」

 

 ルルカは立ち上がって二人のそばへ駆けて行った。そして、私を見て笑った。

 

「またね、おねえちゃん。今度探し物のお手伝いしてあげる。あたし、得意なんだよ」

 

 振り返って、手を振ってくれた。その姿を、ぼうっとしながら眺めていた。


 ◇ ◇ ◇

 

 机を挟んで笑い転げているアルに、私はむくれた視線を向けていた。

 

「そんな、笑わなくていいじゃん。初回企画なんてねーそんなもんだよアンタ。最初っから全部うまくいくなんて、社会人経験してたらありえないって分かるんだよ」

 

 意気込んで行ったのにこのザマかよと、アルの言いたい事はわかっていた。私は、「本気の失敗には価値がある!」と、大好きな漫画のセリフを真剣に叫んでいた。

 

「わかったわかった、いきなり専門家の真似したって無理なもんは無理なんだよな。それが分かって良かったな」

 

 ヒイヒイと呼吸を整えながらアルは私の背中をバシバシ叩いた。慰められているのか貶されているのかよくわからない。

 今日の宵ばな亭は人がまばらだ。仕事も少なく食事処の隅でサボっていても大して問題はなかった。悔しい気持ちで私はパンを齧りながらスープで流し込んでいた。

 バタン、と入り口の扉が開いた。新しい客が来たのかと目を向けると、そこには茶色いフードとマントを纏った老人が1人、立っていた。片手に杖を持っていた。

 その異様な空気に圧倒されて、店はしんと静けさを増した。常連ではない1人客は、この店で物珍しかった。

 身体を揺らしながら一歩踏み出すたびに、コツ、コツ、と硬い木がぶつかる音が響いた。彼の左脚は義足だった。

 アルは何も言わずにその男をみていた。私は食事をしに来た人なんだろうかと、立ち上がって席へ案内しようとした。しかし、男は私の横を素通りして、真っ直ぐにアルの方へ歩いて行った。

 小柄で、背丈はアルと同じくらいだった。2人は正面に向いて対峙していた。

 

「あの、何か御用で?」

 

 その一言の後だった。老人は床に突いていた杖を、下から上へ一気に跳ね上げた。

 バキッ、と乾いた音と共に、アルの身体が床に投げ出された。

 

「!!」

 

 私は思わず口に手を当てて息を飲んだ。周囲の客も、なんだ?と身を乗り出していた。

 

「……これを、安易に売り飛ばしたのはお前か?」

 

 獣の唸り声のような低い声が、店内に響き渡った。

 アルは殴られた頬を片手で拭いながら、勇敢にも老人を睨み返した。

 

「ぁあ?……どういう意味だよ」

 

 深く被った帽子の向こうから、鋭い視線がアルを捉えて離さなかった。老人は何も答えず、ただ皮の袋を目の前に投げつけた。袋の口から、白い小さい花がこぼれ落ちた。

 

「貴様が採取し売った月鳴草が入っている。元の場所に戻してこい。さすれば、許してやる」

 

 アルはそれを見て、呆然としていた。私は駆け寄って彼を助け起こすが、恐怖に身体が震えていた。

 老人はそれ以上何も言わず、またコツ、コツと乾いた音を響かせて、闇夜の中へ消えて行った。

 

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