第14話
イカーナは、しばらく宵ばな亭で世話になると話していた。西門の近くの井戸のあたりで何かの痕跡を見つけたらしい。昨夜は熱心にその話をしていたが、アルなんかまるで興味がないようで早々に寝室へ戻っていった。
次の日になって私は神殿で見聞きしたことについて確かめてみようと、カウンターのアルに話を振った。
「女神ラナ様って知ってる?」
キュッキュッと乾いた布巾の音を立てながら、彼は首を傾げていた。
「知らないなぁー有名なのか?」
その答えに私は落胆を覚えたが、すぐに質問を変えた。
「じゃあ、まはひみ様っていつここに来たの?それまでは何が神殿に祀られていた?」
アルはぼんやりと目を細めた。夢現のような顔をして、ゆっくりと口を開いた。
「……まはひみ様はこの世界を作られた人だよ。リコは知らないんだっけ?」
そう言った後、こめかみを抑えていた。
◇ ◇ ◇
「女神ラナ様?……」
私は、他国から来た考古学者のイカーナなら何か知っているのではないかと探りを入れた。食堂の隅で地図を広げていた彼は、ポカンと口を開けていた。
やっぱり知らないのか、と諦めかけたその時。
「前にその名前をどこかの遺跡で見たことがあります」
意外な答えが返ってきた。
「それは、どこで?!」
彼は大きなザックを探り古いノートを取り出した。ええっと、んーーっととか言いながらミミズのような字や絵がたくさん書かれた茶色い紙を何枚もめくっていた。そして、あるページを開いて私へ見せた。私の知識で言えば、象形文字のような図形が描かれていた。
「これ、これ。古代語で『ラナ』と書かれています。そして、その始まりには『マナ』ですから、『マナ・ラナ』と。石板に記されていたのですが何のことかわからなくて。一応、メモに残しておきましたが」
私はその絵を食い入るように見つめた。『マナ•ラナ』、マラーナ。マラーナ王国の始まりだ。
「これどういう意味なんですか?」
私が古代語に興味を持っていることに、彼は心が躍っているようだった。こんなにも人が話を聞いてくれる事があまりないんだろう。考古学者は丁寧に古代語の由来を教えてくれた。
マナ、は母なるとか土台、とかいうことを意味している。ラナは分からないが、女神ラナというのが伝承されているなら固有名詞なのだろうと。
私は、この石板の写しに他にも文字が書かれていることに気がついた。
「この3つの文字は、なんでしょう?」
イカーナは細い目をさらに細めて鋭い視線でブツブツと呟いた。
「風・魔…あとの一つは朽ちて読みにくく、おそらく光か、声…でしょう」
私は何となくだけど、声なんじゃないかな、と思った。
「この石板って何処にあったんですか?」
「これは…西の砂漠のずっと向こうです。世界の始まりについて、調べていた時にたまたま見つけたのです」
世界の始まり…砂漠のずっと向こうか。私はため息をついた。神エルオタクとして興味を引かれたが、さすがにフライパンひとつで赴ける場所ではなかった。
しかし古代の石板や遺跡を探ることに私は少なからず胸のときめきを感じていた。
私は、女神ラナとまはひみが置き換わった理由を探るのに、古代遺跡を調べることはいいアイデアだと思った。 しかしそれにはあの変人のイカーナに弟子入りする必要があるのかなと少し身構えたが、彼は快く城周辺でできる遺跡調査の方法を教えてくれた。
マラーナ王国は昔から森から流れてくる豊富な水源を巧みに利用していたらしく、古い水路や井戸が多い。そういえばお城にも使われていない船着場があった。また人々の信仰が強いと神殿だけではなく集落の付近にも偶像が残されていたり、祈りの痕跡がみられるのだという。
そしてイカーナは「これはあまり正当な方法ではないんですが……」と前置きしてから、静かな声で言った。
「魔法の痕跡を辿るのも、ありです」
「魔法の痕跡……?」
彼はコクリと、小さくうなづいた。
「大抵の宗教施設では神官や巫女の祈りによって魔力が消費されます。その痕跡は必ず、周囲の物に影響を及します。人々が住む場所で使われる魔法はせいぜい魔法粉を使った火おこし程度ですが、祈祷が必要な場所での魔法は深い魔力が必要です。それが、残滓としてその場に残っている事が多いのです」
説明が長くて胡散臭かったが、なんとなく放射線みたいな感じかなと理解した。とりあえず、井戸はそこら中にあるので、明日行ってみる事にしようと部屋の中で道具を整理した。カチャンと軽快な音を立てて麻袋から取り出したカンテラは、火口のところが取れかかっていた。
「あっ、そういえばカンテラは、この前壊れちゃったんだった」
アルと一緒に森の洞窟へ冒険に行ったのが昨日のことのようだった。私は明日、直せないか聞いてみようとベッドの横に置いて蝋燭を吹き消した。




