15話 ストンリッツ4
――チラには最近気になる事があった。
サミューにモヤモヤがくっ付いており、眠っている時を見計らうかのように、普通の人には見えないであろうそれに向かって、悪いものが送られて来ていた。
初めてサミューと会った時から気になっていたのだが、ストンリッツへ向かう馬車の中で、うなされるサミューを見て良くないものだと確信したのだ。
チラは大好きなサミューからモヤモヤを取ってあげたかったが、取り方が分からないうえ、強引に取ればサミューによく無い影響が出る予感がした。
しかし幸いな事にペンションシダーの後ろは山で、木が沢山生えている。1本の力は弱いが、沢山の木が集まれば樹齢何百年の大樹に匹敵する力を発揮出来るはず。
そう考えたチラは山の木達に、悪いものからサミューを守ってもらえるよう、お願いしに行く事にしたのだ。
裏山へ到着すると目を瞑り、意識を集中して周辺の木に話しかける。
「皆んなっ! あそこに来る悪いものを跳ね返して欲しいの」
チラがオレンジ色の屋根のペンションを指さす。すると周辺の木々が裸の枝を震わせた。
「……えっ? おじいちゃんのお客さんだからやってあげたいんだけど、力が足りないの? そっか、みんな春に向けて蓄えてるんだよね。分かった、ボクのを分けてあげるよ。だからお願い」
チラは一生懸命、雪と湿った落ち葉をかき分ける。土が見えた頃には小さな手は赤くかじかんでいた。地面に両手を付けるとチラの力はじわじわ広がり、周辺の木々へ流れ込んで行く。養分を得た木々はうっすらと輝きながら、求めに応じるように枝を震わせた。
「それじゃあ、よろしくね!」
チラは木々に感謝を伝えるとペンションへ瞬間移動するために意識を集中させた。実はチラには瞬間移動の能力がある。この力を使って妖精の里の情報をノルに教えていたのだ。
しかし一度行った事のある場所でないと瞬間移動はできない。そのため、チラは来る時には山を登っていたのだ。
「おや、チラちゃんおかえり。ノルちゃんと一緒だったんじゃないの?」
ペンションの玄関ドアを開けると、ジュニパーが廊下を掃除していた。チラは大欠伸をしながら返事をする。
「ふぇ〜ぁ? ノルはお部屋にいるよ〜?」
「ノルちゃんはさっき英雄広場へ行くって出て行ったけど……。サミューさんも主人と買い物へ行ってくれているし、もしかしてチラくん1人だったの?」
「……うーん?」
今にも目を閉じそうなチラを見てジュニパーは微笑んだ。この街は比較的治安が良く、子供だけで歩いている光景も多々見かける。
「おやおや泥んこだね、こっちへおいで」
チラはジュニパーに連れられ洗面所へ行き、濡らしたタオルで顔についた土を綺麗に拭き取ってもらう。
「うんうん、綺麗になった。すぐにお昼の用意をするから手を洗ってね」
「うん、ありがと」
うつらうつらしながらも、どうにかチラは手を洗い、ダイニングの椅子へ辿り着いた。しかし睡魔には勝てず、昼食を待っているうちにすやすやと寝息をたて始める。
瞬間移動と、木々に力を分け与え疲れていた。またペンションの裏山までとは言えチラにとっては充分な登山だ。普段はパワフルでも、その点ではまだ幼い精霊なのだ。
「ふふ、どんな冒険をして来たのかしらね」
ジュニパーは眠っているチラにそっと着ていたカーディガンを掛けたのだった。
♢♦︎♢
サミューはシダーの買い物に付き合いながらも、朝のノルとの会話を思い出し、心ここに在らずになっていた。
いや、会話と言うにはあまりにも短いだろう。自分が発した『駄目だ』のひと言で明らかにノルを傷つけた実感がある。ノルから信頼を得なければならないはずだったのに。
だが、ノルに『サミュー』と親しみを込め、呼び捨てで名前を呼んでもらうには自分は不釣り合いだ。この旅が終われば妹のように感じているノルを裏切る事となる。どうせ嫌われてしまうのなら、心の距離を詰めなければいい。
ノルの提案を断った瞬間、嫌われる事が怖くなっていると気付き驚いた。それと同時に傷付いたノルの表情を見るのは、やはり堪えるものだった。
「さて、それじゃあ帰るとするか」
堂々巡りの思考に陥っているサミューを、シダーの声が現実へ引き戻す。前が見えないほど両手が買ったもので一杯になっていると気付いた瞬間、どっと重く感じられた。
サミューとシダーがペンションへ戻ると、ジュニパーがダイニングから顔を出し手招きしていた。
「サミューさーん、ちょっと良いかしら?」
急いで手を洗いそちらへ行ってみると、チラがテーブルに突っ伏して眠っている。
「悪いけどチラくんを起こして、お昼ご飯を食べさせてあげてね」
「えっ? 俺がですか?」
「……あなたお兄さんなのよね?」
ジュニパーの声でチラは目を覚まし、ふにゃっと笑った。
「うん? そうだよー、チラは立派なお兄ちゃーん」
うつらうつらするチラにサミューがパンを手渡すと、チラはひと口かじった。しかし、しばらくするとパンを手に持ったまま船を漕ぎ始める。チラのぐらぐらと揺れる頭を見たサミューは、思わずパンを手に取り、ちぎってチラの口元に近付けた。
「ほら、早く食わないと硬くなるぞ」
ジュニパーが見守る中、チラは昼食を食べ切った。その頃にはチラの目もだいぶ覚めてきたらしい。サミューがチラを部屋へ連れて行くため、おぶって階段を登る。
「ボクね、サミューとお昼寝するのー!」
「……えっ?」
サミューは狼狽えた様子で立ち止まる。
「いや、俺はシダーさんに雪かきを頼まれて――」
「サミューはお昼寝しなきゃダメなんだよー?」
チラはすとんと床に降りると、勝手にサミューの部屋へ入り、帽子と靴を脱いでベッドに座った。
「いや俺はいい」
「チラ、サミューとお昼寝したいな〜」
「お前は立派なお兄ちゃんだろ? 1人で寝られるはずだ」
首を横に振るサミューにチラは珍しく叫んだ。
「ダーメー! ねーるーのー!!」
頑なに昼寝へと誘うチラに根負けしたサミューは、仕方なくベッドに入った。チラはサミューに腕枕をしてもらい、嬉しそうに笑っていたがすぐに寝息をたて始める。
チラが寝た事を確認するとサミューはそっとベッドから抜け出そうとした。だがチラがサミューの服の裾をキュッと握っている。
サミューは大きなため息をつくと再び横になり、眠らないように努めた。眠る事が怖い、またあの夢を見ると思うと眠りたくなかった。だが意志とは裏腹に寝不足のサミューに睡魔が襲いかかる。しばらくは必死に睡魔と格闘していたが、ついにサミューは眠りに落ちていった。
「――チラちゃん、サミューさん起きて。広場へ行ってパフォーマンスしたいの。少しでもお金を稼がなきゃでしょ?」
気付けば1時間程寝ていたらしい。随分と頭がスッキリしていた。
「……ん? 確かにそうだが、食事代の代わりにここの手伝いをすれば良いよう交渉しておいたぞ」
「えっ、そうなの? でもお金はあった方が良いよね? それに、その……お金を貯めて行きたいお店があるの」
「分かった。シダーさんに玄関前の雪かきを頼まれているんだ。すぐに終わらせるから少し待っていてくれ」
♢♦︎♢
夕食のビーフカツレツを食べながらノルとチラはビクッと飛び上がった。風が暴力的に吹き付け、窓をガタガタと激しく鳴らす。
だがサミューやシダーとジュニパーは落ち着いた様子で食事している。ロポもペンションの中に入れてもらい、タオルの上でゆったりとミルクを飲んでいた。
「どうして――キャッ! み、皆んなは平気でいられるの? さっきまで風なんて吹いてなかったのに」
シダーはガタガタと揺れる窓を見た。
「なぁに、ただの季節風だよ。窓が割れるなんて事は無いから安心しておくれ」
「季節風って、普通の風とは違うの?」
ノルが首を傾げると、サミューはルカミ山脈の方角へ視線を向けながら答えた。
「大して変わらない。ウカンド砂漠からルカミ山脈に向かって吹き上げる局地風だ。今頃ウカンド砂漠はものすごい砂嵐に見舞われているだろうな」
「そう、何年かに1度その風がルカミ山脈を越えてこちらまで来る事があるんだ。砂は山に阻まれてこちらには来ないけど、風はこのように強いからね、分かっているとは思うけど、外に出ちゃだめだよ。明日になれば止んでいるはずだから」
「分かった。……あっ、サミューさんも外に出たらダメだからね。素振りって言うの? を毎晩、毎晩、毎晩、寝る前にやってるみたいだけど」
「夜は寝ないとメッなの!」
つっけんどんな言い方をするノルと、圧をかけて来るチラにサミューはたじろぐ。
「……そ、それくらい言われなくても分かっている。お前達は俺をいくつだと思っているんだ」
♢♦︎♢
翌朝にはシダーが言っていた通り、すっかり風が治っていた。季節風の影響か、今日はこの時期とは思えないほど暖かい。昨日サミューが雪かきをして隅に積み上げた雪は、表面が溶け日の光でキラキラと不規則な光を放っている。
ジュニパーの手伝いでノルが洗濯物を取り込んでいると、買い物帰りのサミューとシダーから気になる話を聞いた。スイーツフェスティバルが中止になると噂が立っているらしい。
洗濯物を畳み終えたノルは、居ても立っても居られなくなりチラと共にペンションを飛び出した。ペンション前の階段を、雪解け水と枯葉に足を取られないよう慎重に下りていると、ロポが横を通り抜けていく。2人はロポの案内で英雄広場へと急いだ。
英雄広場へ着くと衝撃の光景が目に飛び込んで来た。昨日見たお菓子の教会が崩れているではないか。クッキーの壁が割れ、チョコレートの屋根が落下しバラバラになっている。そしてステンドグラスのようだった飴細工が割れ、破片が風に飛ばされたのか、周囲のクッキーでできた壁に大量に刺さっていた。
覇気のない職人達が散乱したクッキー、チョコレート、飴細工などを片付けている。そんな中でただ1人、諦めていない様子の職人がいた。エマだ。
クッキーに刺さった飴を取り除きながら、周りの職人達を励ますように声をかけている。だがそれを聞いた1人がエマを怒鳴りつけた。
「前々から飴細工の繋ぎの強度が弱いと指摘してたよな? 周りを見てみろ! お前が『大丈夫だ』の一点張りで強行した結果が被害を大きくしたんだ!!」
背が低い中年の職人は、そう言いながら引き抜いた飴細工に力を込める。飴細工はチョコレートで繋ぎ合わせた部分から簡単に真っ二つになってしまった。
「お前の見通しが甘いせいで、周りが積み上げて来た仕事がパァになっちまったんだよ!! 他人の応援してる暇があんならな、この状況をどうにか打開出来る案でも出してみろ!」
俯くエマに周りで片付けをしている職人達からも怒号が飛び交う。
「そうだ! オメェの親父さんのお墨付きだからメインを任せたけど、とんだ期待外れもいいとこだ!」
「女の癖にししゃって来んじゃねぇよ!」
「そもそもお前の親父の監督不行き届きじゃねぇか!」
それまで甘んじて周りからの罵倒を受けていたエマがバッと顔を上げた。噛み締めていた下唇が白くなっている。
「――っ!! 父さんは関係無いだろ! これはカオさんの指摘通りあたしの見通しが甘かったせいだ……」
そう言い残し走り去るエマの背中に向け、職人達が口々に追い打ちをかける。
「いなくなってくれて、せいせいしたよ!」
「帰って来んな、この疫病神!」
「女の癖にししゃるのが悪いんだ」
口汚く罵る職人達を、カオさんと呼ばれていた男が一喝する。初めにエマを怒鳴りつけた職人だ。
「お前ら寄ってたかってエマを罵倒するけどよ、カッコ悪いとは思わねぇのか? あいつはまだ未熟だが、人一倍情熱を燃やして精一杯仕事してたんだ。文句言ってる暇があんなら、とっとと片付けをしろ!」
カオさんの言葉にぐうの音も出ない職人達は不満の捌け口を失い、ますますイライラした様子だ。 崩れた教会の中でクッキーから飴を引き抜き、片付けるエマの父親の方へ向かう。それに気が付いた他の職人が止めようと立ち塞がり、一触即発の雰囲気だ。
ノルは目を擦る。先ほどエマを罵っていた職人達から、うっすらと紫のモヤのようなものが立ち上っている気がしたのだ。かなり薄いため、初めは見間違いかとも思った。しかしチラにもそれが見えたらしい。
「ノル、笛を吹いて」
ノルはパッとかんざしを横笛に変え口を付けた。あの紫色のモヤはなんだか魔物の物に似ている気がする。以前効果があった“落ち着く”の曲を演奏しよう。
凛と澄んだ優しい音色がうっすらと広がって行く。音の波を受けた職人達のモヤがスゥッと消え、我に返った様子で周りに謝罪し作業へ戻って行く。これで乱闘騒ぎは起きないだろう。
ノルはホッと胸を撫で下ろした。残る心配事ははエマだ。子供のノルが心配するなどおこがましいかもしれない。しかし、親しみを感じているエマの傷付いた表情を見ると、どうしても心配になってしまう。
しばらくするとエマの父親が休憩のためか、お菓子の教会から離れ広場へ出て来た。ノルはそちらへ駆け寄り声をかける。
「あの……こんにちは。作業お疲れ様です」
エマの父親は広場の端にある花壇の淵に腰掛け、じっとノルを見つめた。
「おや、確か君は一昨日エマと一緒にいた子だね?」
チラは飽きてしまったのか、広場の中央にいる小鳥の群れにそっと近づいていく。それに気づいた小鳥達は飛び立って行ってしまい、チラはしょんぼりと肩を落としていた。
その様子にエマの父親は頬を緩ませ目を細める。他の職人とは違い物腰が柔らかそうだ。
「お姉さん、えっと……エマさんは大丈夫でしょうか?」
「あの子は強いからきっと大丈夫。そのうち帰ってくるさ。幼いときから私に付いてこの世界を見ていたんだ。口が悪い職人が多いのは覚悟のうえだろう。……まぁアイツらは言い過ぎだと思ったがね」
「エマさんってかっこいい」
気がつくと、先ほど飛び立って行ったはずの小鳥達がチラを追いかけていた。キャッ、キャッと声を上げてチラは、走り回っている。
「ははっ、あの子は男勝りな性格だろ? そのせいか女の子の友達が出来なかった。ところがどっこい、君と楽しそうに話しているのを見て驚いたよ。エマを思ってくれてありがとう。それじゃあね」
再び作業へ戻って行くエマの父親の背中を見送ると、ノルはチラを連れ近くの店でパンを買った。そして先程エマの父親と話した場所へ腰を下ろし、エマにどのような激励の言葉をかけようかと考えながらパンをかじったのだった。
【See you next time!】




