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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵


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16話 ストンリッツ5

 それからエマが英雄広場へ戻ってきたのは、辺りがすっかり暗くなり、月が出た頃だった。少し離れた場所にいるためはっきりとは分からないが、息を切らして走っている。ハアハアと息を整えるエマの元へカオが小走りで近づいた。


「こんな時間までどこほっつき歩ってたんだ! ……まあいちゃもんに負けて、スイーツフェスティバルを諦めたって訳じゃ無さそうだな?」


「そりゃそうよ! どうせなら教会の再建に向けて、本物の意見を聞きたいと思わない? あたし達が知らない事も沢山知ってると思う。だから来てもらったんだ、建築の設計士さんや大工さんにさ」


 エマは振り返り、英雄広場へ入って来た建築のプロフェッショナル達を手で示す。

 

「それと、一から作り直してたら当日までには間に合わないでしょ? この壊れた素材を再利用してどうにか作れないかな?」


「名案だ、よく考えたな」

 

 カオはエマの肩を叩き、建築のプロフェッショナル達と握手を交わす。終始真面目な表情をしていたカオだが、その顔からは弟子の成長を見た喜びが滲み出ている。


「お前ら聞け! あと1時間で片付けを終わらせんぞ! スイーツフェスティバルまで今日を入れてあと2日! 何がなんでも当日までに間に合わせるんだ! 寝てる暇なんて無いからな?」


 カオの掛け声に応え、その場にいた職人達が各々の持ち場へ散ってゆく。朝に見た時の動揺や怒り、落ち込みや諦めは感じられない。今は皆同じ方向――スイーツフェスティバルを成功させる事への熱意で満ち溢れている。


 カオは早速建築のプロフェッショナル達と相談を始めたようだ。周辺の店の人達が作業用の明かりを提供し、お菓子の教会があった場所周辺だけが昼間のように明るくなっている。


 ノルに出来る事は無さそうだ。今、声をかけたらかえってこの勢いに水を差しかねない。静かに立ち上がり、英雄広場を後にしようとすると、チラが不思議そうな表情で首を傾げ、ノルの服をつんつんと引っ張った。


「ねーねー、エマに声を掛けて行かないの?」


「ええ、みんなの邪魔したくないの」


「そっか!」


 ノルとチラはニコニコしながら英雄広場を出て、ペンション方面へと続く坂道へ向かった。広場から離れると急に街灯が減り、暗くなる。足元に気をつけて歩かなければ。


「――随分遅かったじゃないか」


 誰も居ないと思っていた暗がりから突然声をかけられ、ノルとチラは飛び上がる。2人がビクビクしていると、建物の影からサミューが現れた。

 

 眉間の皺はいつもより深く、腕を組んでいる。明らかに怒っている様子だ。仁王立ちになったサミューは、いつもより大きい気がした。


「こんな時間まで何をしていた?」


 怒ったような雰囲気に反し、静かな話し方だ。ノルは少しホッとしつつ口元に愛想笑いを貼り付け、目を逸らしながらボソボソと説明した。


「えっと、壊れてしまったお菓子の教会を見てたの。スイーツフェスティバルが中止になるって聞いて」


「そうか。だから何も言わずに出かけ、暗くなるまで帰って来なかったと? 確かお前は『お姉ちゃん』で、チラは『立派なお兄ちゃん』だと言っていたな? それなら連絡くらい出来ると思うが?」


 チラがアワアワしながら必死に弁明する。


「うん。でもね、でもね……エマを励ますために待ってたんだよ」


「夜道は暗く危険が多い。現にお前達は俺の姿が見えていなかっただろう? お前は何のために護衛として俺を雇っている。お前達に何かあった場合、そのエマと言う人も原因の一部になり得るんだぞ?」


「でっ、でも私達が勝手に待ってただけで、エマさんは悪くないの!」


「うんうん!」

 

「お前達にとってはそうだろう。だがエマさんがどう思うかを考えてみろ。確か昨日話して意気投合したと言っていたな」


 ノルはハッとした。それと同時に、サァッと寒くなったような気がする。サミューは俯くノルとチラの頭にそっと手を伸ばした。しかし触れる直前でハッとした様子で奥歯を噛み、静かに引っ込める。


「……分かったのなら良い。シダーさんとジュニパーさんにも謝っておけ。帰りが遅いと心配していたぞ」


 それからサミューは何かを考えているのか、暫く喋らなくなった。ノルとチラも気まずさで口をつぐみ、サミューの後ろを付いてトボトボとペンションへ向かう。


「おかえりなさい」


 ジュニパーはそれだけ言うと、ノルとチラをギュッと抱きしめた。シダーも安心した様子で頷いている。本当に自分達は心配されていたのだと痛感出来て、嬉しく感じる反面、胸が痛い。


「夕食はキノコのシチューよ。やっぱり食事はみんなで食べないとね。今、温め直すから待ってて」


 ジュニパーはゆっくりと立ち上がり、ダイニングの方へ歩いて行く。その後ろ姿を見ながらもじもじする2人の背中を、サミューがそっと押した。


「ほら、謝るんだろ?」

 

「うっ、うん。シダーさん、ジュニパーさん、心配してくれてありがとう。遅くなってごめんなさい」


「これからは気をつけるの」


 ノルとチラが謝るとジュニパーは2人の頭を優しく撫で、サミューをちらっと見ながら小声で囁いた。


「彼ね、夕方近くなってもあなた達が帰って来ないって心配して飛び出して行ったのよ。それから『見つけた』って連絡来が来るまでは、あっという間だったわ。本当にいいお兄さんね」


 もしかしてサミューはノルの思いを理解し、ずっと影から見守ってくれていた?

 

「(私達の気が済むまで待っててくれたんだ)」


 ジュニパーの話が聞こえたのか、寒さで元々赤かったのかは分からないが、サミューの耳が赤くなっている。そのぶっきらぼうな思いやりを実感すると何だか心がくすぐったい。


 それから食事と入浴を済ませ、ノルとチラは布団に潜り込んだ。チラが寝息を立てはじめてもノルはなかなか寝付けない。


「(シチュー美味しかったなぁ。お母さんのとはキノコの種類が少し違って、隠し味のチーズも効いてて――。うっうぅ……お母さんだったら、今日の私をどうやって怒るんだろう……?)」


 もう食べる事が出来ない母の味を思い出すと、目頭が熱くなる。母の声や、頬に触れる少し乾いた手の感触を思い出し、涙がポロリと溢れた。袖口でそっと涙を拭う。


「(サミューさんの手は、ちょっとだけお母さんに似てたかも)」


 勇気が出ない時に背中を押してくれた、少し強くて温かい母の手を思い出す。するといつのまに目を覚ましたのか、チラが寝ぼけ眼を擦りながら、心配そうな視線をこちらへ向けた。

 

「ノ〜ル〜大丈夫? 悲しいと目からお水が出ちゃうの〜? お水が無くなったら大変だよ〜」


「ふふっ、これはお水でも涙って言う水なの。嬉しい時にも出るんだよ。でも確かに水が無くなるのは良くないね」


「うんっ!」


 真面目な表情で頷くチラを見ると、自然と笑いが溢れる。気が付けば涙も止まっていた。



 ♢♦︎♢

 


 その頃、サミューは日課の素振りを終え、シャワーを浴びるために着替えの用意していた。腕に掛けていたベストを荷物の上へ置いた拍子に、胸ポケットからピンク色のスカーフがスルリと落ちる。所々繕われたそのスカーフを拾い上げ、丁寧に畳みながらサミューはふと昔の事を思い出した――。



 

 


 幼い頃から姉ナーシャと2人暮らしだったサミューは、体の弱い姉に少しでも楽をしてもらうため、10歳になると冒険者の道へ進んだ。


 初めは近場で薬草採取などの簡単な依頼をこなしていたが、それもほんの2ヶ月くらいの話だ。剣の師匠と出会うとメキメキと実力を上げてゆき、依頼と修行のため、自ずと遠出をするようになっていった。

 

「ただいま。明日から師匠と出かける事になった。1週間程帰らないと思う」


 家に帰るなり腰から下げていた木剣をベッドに放り投げ、旅の準備を始めるサミューを見て、ナーシャは内職の手を止めニマッと笑う。


「……な、何だよ」


「いやぁ〜、ちぐはぐで面白いなって。言葉遣いはおじさんみたいだけど、物の扱いを見るとまだまだお子様ね〜。師匠から真剣を譲ってもらう日は、まだまだ先ですかな?」


「うっ……」

 

 たじろぐサミューに目を細めつつ、ナーシャは引き出しからスカーフを取り出した。


「これ着けときなさい」

 

 サミューは差し出されたスカーフを見て口を尖らせた。そのスカーフはどう見ても女物。しかもピンク色だ。


「……それ姉さんのだろ? 俺はいいよ」


 ナーシャはニマニマ笑いながらピンクのスカーフをサミューに握らせる。

 

「まあまあ遠慮しないで。首元は常に隠しておきなさい。もしも蛇に噛まれたり、枝で引っ掛けて怪我をしたら大変でしょ? それにスカーフを首に巻いていれば温かいんだから」

 

「ええー、俺にこれをつけろって言うのか?」


「だってそれしか無いんだもの。大丈夫、あんたは可愛らしい顔をしてるんだから。ピンクのスカーフでも似合うわ!」


 ナーシャがグッと親指を立てると、サミューは盛大に顔を顰めた。線が細く、中性的な顔立ちをしているサミューは、周りの女の子からの人気が高い。しかしそれを羨んだ男の子達から、容姿を揶揄するような心無い言葉をかけられていた。


 すっかり自身の容姿が嫌いになっていたサミューは、ナーシャに気にしていた事を言われブスッとする。


「可愛くなんかないっ!! ……俺だって成長すれば男らしくなるんだ。こんなの着けたら、ますます馬鹿にされる。姉さんのなんだから、姉さんが着ければいいじゃないか」


「いいからあんたが着けなさい!」


「でも……」


 再び口を尖らせるサミューにナーシャは諭すように言った。


「冒険者の道を選んだあんたを昔みたいに守る事は、お姉ちゃんもう出来ないの。そうだとしても、あんたに降りかかる悪い“もしも”を少しでも減らしたいのよ。あんたがそれを着けてくれないと、お姉ちゃん心配で食事も喉を通らなそう……」


 両手で顔を覆い、肩を震わせ俯くナーシャを見て、渋々サミューはスカーフを首に巻いた。それを見たナーシャはパッと顔をあげニコッと笑う。


「うん! やっぱり似合ってる。お姉ちゃんの見立てに間違いは無かったわね」




 

 

 得意気に頷く姉のありし日の笑顔を思い出し、サミューは声を抑えて笑いながらスカーフをそっと撫でる。まるでナーシャの思いが乗り移ったかのように、駆け出しの頃は随分とこれに助けられた。


 きちんとした装備を揃えられるようになってからは、このスカーフは身に付けないようにしている。亡き姉に半ば押し付けられる形で貰ったこのスカーフは、充分にその役割を全うした。それでも、破れほつれた箇所を繕い、お守り代わりに肌身離さず持っている。


 サミューは胸ポケットにそっとピンクのスカーフを仕舞い、ベストをきちっと畳む。考えてみれば、姉のありのままの姿を思い出したのは久しぶりだ。最近よく眠れるからだろうか?

 

「(しかし、あれを着けていたせいで花吹雪などと呼ばれるようになり、噂がひとり歩きして……。あいつらにだけは絶対に知られたくないな)」

 

 駆け出し時代からサミューの身のこなしは目を見張るものがあり、瞬く間に剣捌きも洗練されて行った。相対した者の目にピンクの残像を焼き付けた事から、いつしか花吹雪と呼ばれ、恐れられるようになったのだ。


 スカーフを押し付けられた頃から考えれば、成長して身長はかなり伸び、体格もマシにはなった。剣士として活動して行くには何ら問題無いだろう。しかし子供の頃から憧れている雄々しい顔にはなれず、山のような筋肉を求めどれだけ鍛えても骨格のせいか手に入らなかった。


 そればかりではない。この見た目のせいか、外を歩けばかなりの確率で、女性に熱を帯びた視線を向けられるのだ。成長してからはそれが顕著になった気がする。大人しそうな表情で言い寄って来たかと思えば、急に体を触って来る事も稀ではない。気付けばすっかり女性が苦手になっていた。


 また今は自警団や騎士団に目をつけられている可能性が高い。絶えず周りを警戒していても、ああ熱烈な視線を向けられては気が休まらない。

 

 シャワーを浴びるため階段を降りると、ダイニングに明かりが点いており、話し声も聞こえた。シダーとジュニパーだ。


 しかし2人共いつもならこれくらいの時間には寝ているはず。気になったサミューがそっとダイニングを覗くと、椅子に座ったジュニパーの肩をシダーが揉んでいた。


「こんな肩が凝るまで放っておいて、ガチガチじゃないか……」


「あら、私は肩を揉んで欲しいなんて頼んでませんよ〜」


 すっとぼけたようにジュニパーが言う。


「いや、目の前で肩に手を当てて、首をコキコキされたら誰でも肩を揉んでやりたくなるだろう。それにしてもこれは凄い。岩のような硬さだぞ」


「そりゃ毎日老骨に鞭打ってバターライスのオムライスやら、ビーフカツレツやら、キノコたっぷりのシチューやら作っているからねぇ」


 それを聞いてシダーはぽっと赤くなる。


「考えてみればわしの好物ばっかりじゃないか。ばあさんの料理はどれも美味いからな。ついつい食べ過ぎてしまう」


 ジュニパーも照れたように赤くなった。


「(ここの料理に不思議なアレンジが加えられていた理由は、シダーさんの好みだったのか)」


 サミューは2人の邪魔をしないよう、気配を消してシャワールームへ向かった。


【See you next time!】

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