14話 ストンリッツ3
「あれっ、チラちゃん?」
周りを見回してもチラの姿は見えない。守るべき存在がいなくなった事で、必死に張っていた一種の虚勢のようなものが崩れ、抑えていた涙がどっと溢れ出た。
「ひっく…………うっ、うぅ……なっ、何でぇぇぇ〜」
ノルが泣いても慰めてくれる人は誰もいない。泣き止めと心に言い聞かせる程に、必死で追い払っていた考えが頭をもたげてくる。
「(サミューさんと仲良くなれたと思ったのに。もしかして私にお兄ちゃんみたいって思われるのは鬱陶しいの? それとも……嫌われてる?)」
弟のようなチラには弱いところを見せられず、母は死に、父には会う事が出来ない。エアはノルの中で眠っていると信じてはいるが……。
そのような状況でノルは必死に『お姉ちゃんだから!』と己を奮い立たせ、チラと2人で生きて来た。そこへ頼れる存在が現れ、一緒に過ごせば親愛の情を抱かない訳が無い。静かに涙を流しながらベッドへ倒れ込んだその時――。
突然ノルの体がぼんやりと光りはじめた。
初めは気のせいかとも思ったがそうではない。ぼんやりした光がノルの胸の辺りに集まり始めたのだ。ガバッと身を起こすと、その光はキラキラと優しく瞬く大小様々な金色の光の粒へ変わり、空中を漂いだした。
ふわふわと漂っていた光の粒は、次第に速度を上げてノルの目の前に集まり、くるくると渦を巻きはじめる。光の渦の中からは懐かしい声が聞こえてきた。
「何やってんだよー? ノルがあんな奴のために泣いてやる必要なんてないだろ?」
光の渦から出て来た少年は、服についた光の粉を払いながらぶつぶつと続けた。
「だから気を許すなって言ったんだ。せっかくノルの泣き虫をひっぺがして、眠りについてやったのにさー」
ノルは目をぱちくりさせ、その様子を見つめる。
「もしかして……エア!? エアなの?」
「そうだけど……そ、そんなに見るなよな? 言いたい事は分かるけどさ、しょうがないじゃん。俺、回復中――」
ノルはエアにガバッと抱き付く。見た目はかなり幼くなっているが、この口調、この雰囲気は間違い無く双子の弟だ。以前はノルよりほんの少し背が低くかったくらいのエアが、今はチラと同じくらいの身長になっている。
「もゔ〜全然出てこないで心配したんだからぁ……。居なくなっぢゃっだかと思っだでしょぉ〜? 生ぎでで良かっだよぅ〜」
気付けばノルの目からは、先ほどより大粒の涙がこぼれていた。ノルがエアをぎゅっと抱きしめるとエアもノルの背中に腕を回した。エアの手は記憶より小さく力無いが、しっかりと温かい。
「勝手に俺をいなくなった事にするなよ。夢の中でも会ってるだろ? ノルは1人じゃないんだから、無理すんな」
「ゔんっ! だけど…………いいえ、何でもない」
『エアが小ちゃくなってるのは、私のせいだよね……?』
そう言いかけ、グッと飲み込む。この質問は意味が無い。エアも自身も心が弱るだけだ。そっと抱きしめていた手を離し、別の質問をする。
「出て来られたって事は、これから一緒にいられるのね? どうやってサミューさんや、シダーさんとジュニパーさんに紹介しよう?」
「ごめん、無理。長時間外に出てるのはまだ辛いんだ。どうせならムカつくアイツをびっくりさせて、ギャフンと言わせたいじゃん? とっておきのタイミングまで黙っててくれ」
ニヤリと笑うエアの口元から犬歯が覗く。相変わらずなその雰囲気にノルはどこかホッとした。
「それにさ、出たり消えたりする奴って絶対変だろ? 妖精族の存在は秘密なんだ。だからこれは俺達2人だけの秘密な?」
「分かったけど……チラちゃんにも言っちゃダメなの?」
「うーん、チラなぁ……。チラって隠し事出来なそうだろ? 頃合いを見て俺から言うよ。それじゃあ、またしばらく寝るから!」
エアはそう言うなりパッと消えた。ノルはパチンと頬を叩く。エアはしっかり生きていて、しかもノル自身の中から周りを見ている。
姉として恥ずかしくないように振る舞わなくては。いつまでも部屋に閉じこもって泣いていては、エアに笑われてしまいそうだ。サミューとの事はあまり気にしないようにしよう。
「(そうだ、昨日見たお菓子の家を見に行こっと!)」
ノルはジュニパーに出かける旨を伝え、ペンションを飛び出した。木のアーチをくぐり抜け階段を下り、街を一望できる広場をずんずんと進む。
しかしその先にある、迷路のような小道で迷子になってしまった。
「(どうしよう……)」
深く考えず1人でペンションを出たのが間違いだったか?
「(えーっと、ここを右に行けばきっと抜けられるはず)」
右に曲がると石造りの手洗い場がある建物の前へ出た。
「またここ〜? もう5回は見た……。い、いいえ、決して迷子ではない……はず」
思わず独り言を呟き頭を振る。誰の目から見ても、明らかな迷子だという実感から来る独り言かもしれない。先程までは迷わず分かれ道を進んでいたが、さすがに自身の判断に自信を無くす。
「さっきすれ違った人に道を聞いておけばよかった……。だけど迷って立ち止まってるだけじゃ、先には進めない!」
無鉄砲なやる気に満ち溢れたノルは大きく頷き、再び歩みを進めた。この行動こそが迷子になる原因なのだが、それに気付いていないノルの前を小さな影が横切る。
「……ロポ?」
「ワン!」
ぽてぽてと歩いていた子犬が立ち止まり振り返る。ロポはシダー夫妻の飼い犬だ。コロコロとしていて可愛らしく愛嬌がある。
「ペンションに居ないと思ったら、こんな所にいたんだ〜」
ノルはロポを抱き上げ撫で回していたが、そっと地面に下ろす。そう言えば、ロポは子犬ながら、とても賢く頼りになるとシダーが言っていた気がする。ノルは先日聞いた会話を思い出した。
「わしらを気遣ってか分からないけれど、ロポ1匹で散歩に出かけて、ちゃーんと帰って来られるのさ」
自慢げに言うシダーをジュニパーが小突く。
「あんたが散歩を怠けるから1匹で散歩に行ってくれるようになったんじゃないか。賢い子だったから良かったけど、あのときは心配で小皺が増えるかと思ったよ!」
「え〜、それ以上どこに増やすんだ?」
「そうだねぇ〜、あんたに増やされた皺でいっぱいいっぱいだからねぇ〜」
今思い出すと漫才のような掛け合いだったが、あのときはハラハラしたものだ。
「私ね、迷子になっちゃったかもしれないの。英雄広場へ行ってお菓子の家が見たいんだけど、
道を知らない? ……なーんてあなたに言ってもしょうがないか」
ちょこんとおすわりの姿勢になっていたロポは首を傾げた。ハアハアと口を開け、舌を見せる姿はまるで笑っているようで愛らしい。
「ふふっ、それじゃあね」
その可愛らしい姿に少し元気をもらったノルは、立ち上がり再び歩き始めた。だが――。
「ワン、ワン!」
呼び止めるかのようなタイミングで聞こえたロポの鳴き声に、ノルは思わず振り返る。するとロポはすっくと立ち上がり、ノルに背中を向けてぽてぽてと少し歩き、振り返った。
ふわふわの尻尾をぷりぷりと振るその様子はやはり愛らしいが、その表情はまるで付いて来いとでも言わんばかりだ。
「(まさかね〜。でもこのままロポがいなくなって、私だけになっちゃったら……)」
藁にも縋る思いでロポへ付いて行く事にした。ぽてぽてと歩いては振り返るロポに付いて歩く。ノルが小1時間かけて探検した迷路のような小道を、5分もしないうちに抜けられた。
「ロ、ロポ〜ありがとう!」
「ワン!」
普段可愛く思っていたロポがとても頼もしく見える。まさか子犬に助けられるとは、人生何があるか分からない。ノルはロポに感謝しながら英雄広場へ向かった。
英雄広場にあるお菓子の建物は、ほとんど完成しているらしい。雨よけの大きなタープの下では、建物を囲う木の足場を職人達が解体している最中だ。その隙間からお菓子で出来た建物の全容が見えた。
何人もの人が中に入れる大きさの教会だ。道行く人々が甘い香りに引き止められ、お菓子の教会を見上げる。皆圧倒されている様子だ。
香ばしく焼き上げられたクッキーで出来た外壁。屋根はツヤツヤとした板状のチョコレートで出来ており、甘い香りが漂っている。尖塔には小人の帽子のような、三角のチョコレートがちょこんと乗っていて、どこかユーモラスだ。教会の扉は見るからにサクサクしていそうなチョコレートウエハースで出来ていた。
「ふおぉぉぉ〜〜!」
ノルも御多分に洩れず目を輝かせる。その横を20歳前後の若い女性が忙しそうに、束ねた赤毛をなびかせ走り抜けて行った。お菓子職人だろうか? 設計図を見ながら他の職人と話している。
赤毛の職人が指示を出すと、他の職人達は掛け声をかけながらロープを引き始めた。端には板状の物が結び付けてあり、途中が足場に引っ掛けられていた。板状の物が持ち上がると、ワッと観衆から声が上がった。
色とりどりな板状の飴をチョコレートで繋ぎ合わせた飴細工だ。
赤、ピンク、オレンジ、黄色、緑、青、紫──。
日の光に照らされ、地面にうっすらと様々な色の光を映し出している。ノルも観衆もその飴細工に釘付けになっていた。
慎重に、慎重に引き上げられるなか、時折風で飴細工が揺らされると観衆から声援が起こる。見ている皆がハラハラしながら応援した。
お菓子の教会に空いていた穴の高さへ飴細工を持ち上げると、外と中にいる職人が息を合わせながら素早く窓枠へ嵌めていく。
やっと飴細工の窓が嵌ると観衆からは大きな歓声と拍手の渦が巻き起こる。ノルも惜しみ無い大きな拍手を贈った。
飴細工を窓枠に嵌める一大イベントを見届けた観衆は散って行ったが、興奮冷めやらぬノルはまだその場で立ち尽くしていた。
「スイーツフェスティバルの間は一般の人も教会の中に入れるから、あなたもぜひ見に来てね。それでスイーツフェスティバルが終わったら、取り壊して皆に振る舞うから!」
ハッとしてノルは声のした方を見ると、先ほど横を通り過ぎて行った赤毛の職人がニカッと笑っていた。
「ええっ? スイーツフェスティバルが終わったら、あのお菓子の教会、壊しちゃうんですか? もったいない……」
「あなたの気持ちも良く分かるよ、でも形ある物いつかは壊れるでしょ? それに美味しいお菓子は美味しいうちに食べないと。不味くなっちゃったらその方がもったいないでしょ?」
「言われてみれば、確かに! 美味しい物は美味しいうちに食べる。そんな事を忘れていたなんて、私ったら食いしん坊の風上にも置けないな……」
「えっ、あなた食いしん坊だったの?」
赤毛の職人にそう言われ、ノルは恥ずかしさで体が熱くなった。
「じ・つ・わぁ、あたしもなの!」
大笑いする赤毛の職人に誘われたようにノルも笑い出す。赤毛の職人と意気投合したノルは聞いてみた。
「お姉さんは飴を作る職人さんですか?」
「そう、あたしはお菓子の教会の飴細工を任された栄えある職人よ! スイーツフェスティバル当日はここの広場で出店も出すから是非寄ってって」
赤毛の職人は太陽のような笑顔で得意気に胸を張った。
「おーいエマ、そろそろ休憩時間が終わるよー!」
「おっと、父さんが呼んでる。それじゃあね、スイーツフェスティバル当日にまた会いましょー!」
エマと呼ばれた赤毛の職人はノルに手を振りながら、お菓子の教会の方へ駆けて行った。ノルもエマに手を振り返していると、横に観光客らしき1組の男女が立っていた。女性が本に目を落とす。
「これがお菓子の家ね。今年は教会かな? ガイドブックによれば毎年違う物になるらしいわ」
「へぇ、よく出来てるな」
「あーっ! この近くに花吹雪が立ち寄った食堂があるって! 行ってみましょうよ〜」
「(えっ、花吹雪がっ!?)」
ノルは申し訳ないと思いつつも2人の後をこっそり追いかける。
「(ガイドブックに載ってるって事はやっぱり花吹雪は実在するんだ! サミューさんに教えてあげなくちゃ。『疑ってすみませんでした』って謝ってもらうんだから! 花吹雪に対して!)」
サミューに呼び捨てを断られた事は気にしないようにしているが、多少当たりが強くなるのはご愛嬌だ。
2人の行き先は英雄広場の近くにある、みどりの広場のようだ。この辺りは安価ながら美味しい料理を出す店が多いとサミューが言っていた気がする。ノルは美味しい料理を食べる想像で口元が緩むのをどうにか抑えた。辛うじて周りの目を気にする余裕は残っている。
しかし2人が入って行った食堂は、サミューに相談無しに入るには少し勇気が要る価格帯の店だった。ノルはそっとお財布の中身を確認する。1番安いメニューなら食べられそうだ。
「(これは私が稼いだお金なんだからいいよね? それに私は怒ってるの! ……だけどサミューさんが稼いだお金でもあるし、相談も無しにこれだけ使ったら怒られそう。う〜ん……)
ノルは店の前をウロウロと10回程往復した後、ペンションへ戻る事にした。
【See you next time!】




