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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵


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13話 ストンリッツ2

「いやー良かった、良かった。見込んだ通りだな」

 

「……見込んだ通りと言うのは?」


 おじいさんの呟きを聞き、サミューが警戒心を露わにした。緊張感を纏った低く硬い声の威圧感はとんでもなく、横で聞いているノルですら、息をしにくく感じるくらいだ。それなのに、ただ照れくさそうに笑うおじいさんはすごい。


「皆様のお陰で婆さんに怒られずに済む。うちの婆さんは怖くてね、予約の無い日は『広場で客引きでもしてきな!』ってわしを追い出すんだ」


 おじいさんが肩をすくめながらそう明かすと、サミューから感じた威圧感がスッと消えた。


「ただ尻に敷かれているだけか。嵌められた感は否めないが……」


 サミューの失礼な呟きを聞いて『やっぱり泊めてあげない』などと言われないかノルはヒヤヒヤしたが、運の良い事におじいさんの耳には届かなかったらしい。

 

「わしはシダー。ばあさん……ジュニパーと共に"ペンションシダー"を営んでいるよ」

 

 3人もそれぞれ自己紹介を終えると、シダーはニコリと笑った。


「買い物へ行く前に街の見物でもして行くかい? 荷物はそこのパン屋にでも預ければいいさ。ここ英雄広場の店は、大体わしの顔見知りだからね」


 パン屋に荷物を預けると街の散策を開始した。

美しくも可愛らしい街並みにノルは夢中になりながらも、シダーに置いていかれないよう歩く。彼は見た目よりも若いのか、湿った石畳の道でも澱みなく進んで行くのだ。

 

 この街の建物は木で出来ていて、3階建の大きな建物が多い。赤、ピンク色、オレンジ色、クリーム色、白、茶色、ミントグリーン──。


 色とりどりで落ち着いた色味の外壁の家々が密集するように立ち並んでいる。外壁と同じように色とりどりの窓枠には木の雨戸が付いていた。


 辺りの建物は屋根の角度が急な物が多く、積もった雪が下の方にずり落ち、溜まっている様子だ。街中を歩いているとバルコニーが迫り出した建物や、1軒で屋根を2つ乗せた少し変わった建物もあった。


 


 買い物を終えた3人とシダーは、階段や坂道、迷路のような小道を通り抜け、街のかなり上の方まで来ていた。ストンリッツを一望できる小さな広場で足を止める。


 ここは確かにルカミ山脈の麓に位置するのだと実感出来る景色だ。右手には雪化粧した山の壁。その裾に折り重なるように色とりどりの建物が建っている。屋根に積もった雪が夕日に照らされキラキラと光って見えた。


 重たい買い物袋を抱え、坂道や階段を登った事による疲れも吹き飛ぶ程美しい景色だ。もっとも、チラとサミューは疲れていないように見えるが。

 

 山から吹く冷たい風に身を縮めながらも、絶景に見惚れるノルとチラの横で、シダーが優しく笑った。


「ここはわしのお気に入りの場所の1つでね。迷路のような道を抜けないと来られないから、地元の人間しか知らない穴場なんだ。だからこの景色をばあさんと2人占めする幸せが味わえる」


 3人が絶景を存分に味わうと、シダーは階段の頂上を指さした。そこには、ちょこんと立った緑の郵便受けが見える。


「あの緑色のポストがゴールだ。あの上に家がある。帰ったらこの食材を使って、ばあさんが腕によりをかけて夕飯を作ってくれるはずだ」

 

 シダーは抱えた紙袋をポンポン叩きながら微笑んだ。


 階段を上り切った3人を、郵便受けの反対側に植えられた、アーチのように整えられている木が出迎えた。シダーは、芝生の飛び石を越えた先にある、細長い建物を手で示す。


「ようこそ、"ペンションシダー"へ」


 3階建てのクリーム色をした壁のペンションは、芝生の面より一段高くなっている。オレンジ色の瓦屋根から突き出した煙突は、ゆっくりと煙を吐き出していた。


 得意気にペンションを紹介したシダーだったが、玄関の方を見てビクッとする。庇の下からお婆さんがこちらをいや、シダーを睨んでいたのだ。


 白髪を綺麗にまとめたお婆さんは、腕まくりをして腰に手を当ながら、段上からこちらを見下ろしている。


 ノルが睨まれている訳では無いはずなのに、怒られた時のように胸がざわめく。だが直ぐおばあさんは3人に気がつくと、慌てて袖を下ろし笑いかけた。


「いらっしゃい、こんな高台までよく来てくれましたね。主人が失礼しました。お荷物お預かりしますから、上がって温まってください」


 ジュニパーはノルとチラに温かい牛乳を、サミューにはコーヒー、それとお茶菓子を出すと、シダーキッと睨みつけ、キッチンへ引っ張って行く。


「まったくアンタはこんな時間まで待たせた挙句、お客様に荷物を持たせて帰ってきて! 窓からアンタとあの子達を見た私の気持ちが分かるかい?」


「だっておまえに頼まれた買い物は重い物が多かったからさ……」


「だからってお客様に荷物を持たせる宿主がどこにいるのさ!」


「ばあさんや、わしは歩きっぱなしで腰が痛──」


「しょっちゅう楽しそぉ〜に、裏の山へ登って木の手入れをしてるアンタがかい?」


 ノルはあまり会話を聞かないように努めたが、どうしても無意識に聞き耳を立ててしまう。他人の事情をあれこれ探るのは良く無い。ここはお茶菓子に集中しよう。

 

 しばらくして、お小言から解放されたシダーが、何事も無かったかのように3人を客室へと案内した。階段を上り、2つ並んだ部屋のうち手前がノルとチラの部屋だ。奥の部屋のサミューと一旦別れると2人は割り当てられた部屋へ入った。


 天井が斜めで窓が2つある部屋だ。アーチ型の小窓からはストンリッツの街が一望出来る。雨戸の付いた縦長の窓からは森の奥に夕焼けが見えた。


 焦茶色の木組みの床の上にはベッドとクローゼット、小さな机、それからふかふかのソファが置いてある。斜めに削られた天井と、暗めな配色の床で狭く感じられる部屋だ。しかし、このこじんまりとした雰囲気がかえって落ち着く。


 それは木製の家具の落ち着いた色合い、壁紙やカーペット、カーテン、ベッドカバーや布団の明るい色合いが上手く調和しているからかもしれない。


 ノルが荷解きをしている横で、チラは慎重にベットへ歩み寄り、腰掛けた。ファディック村の宿屋で大泣きした件で警戒しているのだろう。 


 その様子にノルは笑うのを堪えながら、カバンから取り出した服をハンガーに掛け、クローゼットへ仕舞った。外が暗くなってきたのに合わせ、窓に付いた緑色の雨戸を閉める。


「明日の朝はね、チラが雨戸を開けるの!」

 

 カーテンを閉めるノルの横でチラがぴょんぴょん飛び跳ねた。


「えっと……チラちゃん届きそう?」


「届くよー!」


「そう? じゃあお願いしようかな」


 もし届かなかったとしてもノルが開ければいいだけだ。そう思い頷くと、チラはやる気に満ちた表情で頷き、ニコニコしながら部屋を飛び出して行く。


「サミューの部屋の窓も開けるー!」

 

「ま、待って! ――わっ!」


 ノルが慌てて部屋を出ると、シダーと鉢合わせた。


「おや、2人共丁度良いところに。夕食が出来たってよ。ダイニング……さっきまでお茶していた場所まで、3人で下りておいで」


「ありがとうございます。直ぐにサミューさんを呼んで来ますね」


 程なくして3人でテーブルへ着くと、シダーが料理をそれぞれの前へ置いた。半熟卵のオムライス、かぼちゃスープ、カリカリのベーコンが乗ったサラダだ。ジュニパーが手早くサラダにチーズを削り掛ける。


「さぁ、冷めないうちに召し上がれ。それから私達も一緒のテーブルに着かせてもらいますね」

 

 当たり前の事にノルは首を小さく傾げつつも頷きながら、早速オムライスをスプーンで切る。中身はケチャップライスではなく、バターライスだ。その代わりオムライスにかかっているトマトソースには、たっぷりと角切りの野菜が入っていた。


 バターライスは鶏肉とバターの旨みが生きたシンプルな味だ。野菜の旨みが染み込んだトマトソースを絡めて食べる。角切り野菜からジュワッと染み出した水分とトマトソース、少しこってりとしたバターライスが合わさり、いくらでも食べられそうだ。


 具沢山のトマトソースや少し大きく切られた鶏肉、バターライスに掛けられた半熟の薄焼き卵。母ロエルの作る物とは違うが、家庭的で愛情のこもった安心する味付けだった。美味しそうに食べる3人を見てシダーが目を細める。


「ばあさんの料理は絶品だろ?」


「はい、母の料理を思い出します」


「そう言ってもらえると、とても嬉しいわ。私もお客様に少しでも家庭の温かさを感じて貰いたいと思っているの。だからコース料理の順番じゃなくて――」


 ジュニパーはハッとして両手で口を押さえた。


「ああっ、私ったらお客様と話していると言うのに、砕けた口調で話してしまい、申し訳ありません」


「いいえ、出来ればジュニパーさんにはさっきみたいに話してほしいです。ね?」


 チラとサミューも頷く。3人となぜかシダーにも見つめられ、根負けしたジュニパーは少し赤くなった。


「……分かったわ。それならノルさん、チラくん、サミューさんも敬語は無しよ?」

 

 ウインクするジュニパーに、チラが元気に手を上げる。


「はーい!」


「ほら、お弁当が付いているぞ」


 食後のコーヒーを飲んでいたサミューが、チラの頬に付いたご飯粒を取る。その様子を見たシダーが目を細めた。


「君達は仲が良くて兄弟みたいだね」


「(やっぱりサミューさんって理想的なお兄ちゃんだなぁ〜。チラちゃんもそう呼んでいるし、私も呼び捨てでサミューって呼んでも怒られないよね?)」


 

 ♢♦︎♢


 

 朝日が昇る前に目を覚ましたサミューは汗ばんだ服を脱ぎ、シャワーを浴びると鏡の前で朝の支度を整えた。


 今朝はいつもより更に早く目が覚めた。その理由は手紙を届けに来たブラウンに、往復ビンタで叩き起こされたから。


 姉の視線から早く解放され助かった反面、頬がヒリヒリする。鏡に映った自分の顔には、赤い腫れが目立った。


 その分目の下にうっすらと見える隈があまり目立たず、どこかホッとする。だが誰の目からこの隈を誤魔化そうと思っていたのか、ふと考えた。


 部下のスミスか? 


 男爵へ引き渡すか決めかねているノルか? 


 姉と引き離す事になるかもしれないチラか? 


 昨日会ったばかりのシダーとジュニパーか?


 それとも会う事が叶わない姉か?


「(誰かに心配してもらえると思っていたとは、我ながらおめでたい考えだな……)」


 一旦自分の部屋へ戻り荷物を取ると、窓は開けずスミスとの待ち合わせ場所へ向かった。


「アニキ! その顔どうしたんっスか?」


「気にするな、それより要件は何だ?」


「言いにくいんっスけど……何度も何度も男爵からの遣いが来て、せっつかれてるっス。アニキの姉上がどうなっても知らないぞって」


「そうか……。大変だとは思うがもう少し引き伸ばしてくれ。あいつは俺を信頼し始めている。旅の最後に上手く言いくるめれば、男爵の下へ連れて行くのも簡単なはずなんだ」


 サミューはぎこちない笑みを浮かべつつ、ぶつぶつと呟く。

 

「いや、しかし……本当に姉さんが捕えられているとすれば、残された時間は少ないのか?」


 すっかり心が弱りきったサミューの様子を見てスミスは悲しそうに呟く。


「アニキがそう言うなら従います。ですが、なんとかしてノルさんを差し出さずに済む方法は無いんスかね? アニキだって以前『希望が見えた』って言っていたじゃないっスか……」


「それはそうだが……」


 サミューは額に手を当てる。


 旅の楽しさをや初心を思い出させてくれたノル。一緒に旅をするうちに、ノルとチラを妹や弟のように大切に思う気持ちが芽生えていた。


 しかしそれと同時に大切な姉を囚われている自身の状況と、夢の中の姉の視線を思い出す。


 こんな事なら2人と一緒に旅をしなければ良かった。以前は依頼だと割り切る事が出来ていたはずだ。サミューは無理して微笑み、ポケットからオレンジを取り出す。


「おっと忘れるところだった。これはブラウンへの土産だ。今回は本物だぞ」


 心配そうな視線をこちらへ向けるスミスに、返事も聞かずオレンジを押し付け、足早にペンションへ戻った。


 

♢♦︎♢

 


「おはよう。さあ、チラちゃんには雨戸を開けてもらおうかな〜?」


「うん!」


 チラは元気に手を上げて返事をすると窓へ駆け寄り、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら一生懸命雨戸を開けた。


「あっ、サミューだ!」

 

「本当だ。もう出かけてたなんて、やっぱりサミューさ……サミューは朝が早いね」


 ペンションへの階段を上って来るサミューに2人で手を振ったが、当のサミューは気付いていない様子だ。部屋を飛び出して行ったチラの後を追い、ノルもペンションの外へ出る。


「おかえりなさい。あのね……」


 玄関にいるノルと、薄っすらと雪が積もった芝生の上に立つサミューの目線が合う。目が合うとサミューの視線が少し動揺したように揺れた。


「ただいま。……どうした?」


 昨日は言えず終いだったが、今日こそは。


「ええとね……私達だいぶ打ち解けたでしょ? だからいつまでもサミューさんの事を“さん”付けで呼ぶのって変かと思うの。これからはサミューって呼び捨てで呼んでも良い?」


「…………駄目だ」


 ショックで固まるノルの横を、サミューとチラが通り過ぎて行く。その時、チラが心配そうにサミューを見上げている事にノルは気が付かなかった。


「(言い方が悪かった? それとも馴れ馴れしすぎたの?)」


 朝食を食べ終わった後からも、ちょっとした親愛の証をサミューに断られた理由を、ぐるぐると考え続けていた。ベッドに座り俯くノルを、横に座ったチラが心配そうに見つめる。あまりのショックで、チラが横に居なければ泣いていたかもしれない。


 しかし暫くして顔を上げた時には、チラが居なくなっていた。


【See you next time!】

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