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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵


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12話 ストンリッツ

 昼食を食べ終わると、3人は約束通りダンマの馬車に乗せてもらい、ストンリッツへ向けて出発した。


「ダンマさん、馬車に乗せてくれてありがとうございます。歩きっぱなしだったから本当に嬉しくって。でもストンリッツ方面への乗り合い馬車が運行されてないなんて、酷いですよねー」


 ダンマは曖昧に笑った。


「いや、元々乗り合い馬車は運行してたんだ。だけどファディックとストンリッツは領主が違うだろ?」


 首を傾げるノルとチラに、ダンマは声をひそめ付け足す。


「あまり大きな声では言えないけど、ウローヒル群の領主、ファッツ男爵が他の領地へ人を流れさせないため、一方的に運行停止にしたんじゃないかってもっぱらの噂だよ」


「えーっ、乗り合い馬車が無いのって、そんなくだらない理由だったんですか? あっ……でも子供の私には分からない、難しい駆け引きがあるんでしょうか?」


「……いや、十中八九真っ当な理由ではないだろう。己の事しか考えていない奴が必死になって捻り出した愚策だ」


 サミューが苦虫を噛み潰したようにそう返すと、ダンマは真っ青な顔をする。


「思っていてもそんな事を口に出したら駄目だよ! 誰にどこで聞かれるか分からないんだ。不敬罪で捕まることだってあるんだからね?」


「えっ、捕まっちゃうの……? サミューさん駄目っ、そんな事を言っちゃ。シーっだよ、シー!」


 ノルが人差し指を立てて口の前に当て「シー」とすると、チラはそれが面白かったのか、しばらく「シーッ」と真似して遊んでいた。


 


 馬車に揺られ、3人は沈む夕日を眺めながら軽めの夕食を食べていた。


「食事中にすまないが、魔物避けのランタンを出してくれ」


「分かった」


 ノルはゴソゴソとトランクケースの中から、ランタンとマッチを取り出した。


「ありがとう。あとはやっておくから、お前は食事を続けてくれ」


「はーい」

 

 サミューがマッチで火をつけた蝋燭をランタンに入れ馬車の金具に掛けると、ダンマが興味深そうに見つめた。


「これで魔物を追い払えるのかい? 凄い道具だね。魔物は恐ろしいと分かっていても、そうそう出くわす事も無いから、護衛を雇うのも現実的ではないし。良い道具を知ったよ」


 ダンマの話にノルは静かに首を横に振る。


「いいえ……つい最近私達、襲われたんです。近所の人の馬車に乗せてもらってたんですけどね、馬車と積荷はダメになってしまって……」


「それは何と言うか……大変だったね。だからこのランタンを買ったのかい?」


「いいえ、ランタンは持ってたんです。だ、だけど昼間だったから……」


 あの時の恐怖を思い出し俯いたノルの肩を、サミューが軽く叩き話を引き継いだ。

 

「襲撃を受けたのが日中で、ランタンを出していなかったもので。まあどちらにしろ、白昼ランタンに火を入れていても効果は無いようですが」


 サミューの話にダンマは心底仰天した様子だ。


「ええっ!? 日中に出たのかい? 僕はてっきり魔物は夜にしか出ないと思っていたよ」


「俺も何度か魔物に遭遇した事はありましたが、日中は初めてで……。まあ皆、無事で済んだのは不幸中の幸いでした」


 サミューは魔物の話をそこで切り上げると、ダンマの方へ身を乗り出した。

 

「もうそろそろネロリが休憩する時間ですよね? そうしたら御者を交代しませんか? 俺は以前馬車を操った経験があります」


「おっ、いいのかい? その方がストンリッツへ早く着けるし、ありがたいよ。それじゃあ早速……」


 ダンマはそう言うなり手綱を引き、馬車を止めた。ネロリが水を飲む間、馬車の前でダンマと相談するサミューの後ろ姿を見てノルは無意識のうちに呟く。


「サミューさんって何でもできてすごい」


「ね〜、ボクの理想のお兄ちゃん像なんだ」


「確かに。本当、サミューさんって理想のお兄ちゃんって感じだよね。私もあれくらい色々できたら、お姉ちゃんの威厳が出てエアに揶揄われないで済むのかな?」


 ノルが首を傾げている間に、サミューとダンマは2人で御者席に乗り込んだ。初めは細かい指示と様子見をするのだろう。

 

「それじゃあ出発するよ〜」


「「はーい」」

 

 振り返りそう言ったダンマに2人は荷台の上から返事をする。馬車は再びストンリッツへ向けて走り始めた。雪道をランタンが照らしているため道中は意外に明るい。


「さぁて、御者はサミュー君に任せて、僕はひと眠りする事にするよ。おやすみ」

 

 荷台へ移動して来たダンマはそう言いながら積荷に寄りかかる。サミューならば大丈夫だと判断したのだろう、直ぐにいびきをかき始めた。馬車が出す音は雪に吸収され静かだ。ノルとチラも直ぐにウトウトし始めた。 


 途中何度か道の窪みに車輪が取られ、馬車が大きく揺れて目を覚ましたが、それも一瞬の事だ。ネロリが2回休憩を取った後、御者をダンマに交代してサミューも眠った。


 

 

――またあの夢だ――。


 この頃サミューは眠ると決まって悪夢を見る。しかも毎回同じ、冷え冷えとしたカゴの中に囚われた姉が泣いてる夢だ。


 サミューは物心ついた時から、体の弱い姉と2人で暮らしていた。しかしそれを不満に感じた事は一度も無い。姉は生まれつき病弱だった反動か、打たれ強く陽気で負けん気が強い性格だった。姉はその快活さを、サミューは実直さを武器に2人で支え合って生きて来たのだ。


 姉にこれでもかと言うほど、愛情を注ぎ込んでもらった自覚があるサミューは姉を尊敬し、大切に思っている。恥ずかしくて、とても口には出せないが。


 しかし、姉は1年半前に風邪をこじらせ亡くなった。


 姉の死を受け入れられず、悲しみを別の事で誤魔化すため、心の穴を埋めるように義賊の活動を始めたのだ。元々優秀な冒険者だったため、賊に身を堕としても優れた結果を残した。もちろん盗みでの功績だが。


 そうして裏の世界で一躍時の人となったサミューは仲間を得ていったが、少々有名になり過ぎたらしい。ファッツ男爵に呼び出され屋敷を訪ねてみれば、姉の魂は捕らえられ人質にされていた。


 死者の魂はあまりにも痛めつけられると、壊れて消えてしまうと聞く。そうなればその存在は無かった事となり、2度と生まれ変わる事は叶わない。更には生きている人々にも忘れられてしまうと言う。


 また死者の魂を怪しい魔術で弄り、悪霊に変えると言う話も聞いた事がある。

 

 姉を助けるため、本意では無い依頼を受けたものの、どうすれば良いのか思い悩んでいるうちに、この夢を見るようになったのだ。


 ノルから死者の霊が自身の側にいると聞き、『もしや、姉は捕えられていないのでは?』とも考えた。しかし自身では姉の魂を見る事は叶わない。


 夢と言うにはリアルで、現実と言うにはやや曖昧なこの世界でだけ姉と再会出来るのだ。しかしここへ来る度に姉は少しづつ、確実にやつれていた。


 元々体が弱い姉が更に弱って行く様子を見たくないと思う反面、眠る度に姉と会える事が嬉しいとも思ってしまう。そんな自身に嫌気がさし視線を落とすと、目の前のカゴの中から啜り泣く声が聞こえる。視線を上げると――。

 

 どんな時にも涙を見せる事の無かった姉が、今日も涙を流しているのだ。


 助けを求められているようでいて、赤ローブから姉の状況を日々見せられているようでもある。


 姉を慰める言葉を掛けたくても、声が出ない。震える姉を抱きしめ温めたくても、自身がその場から動くことができない。


 少しでも姉へ恩返しをしたい一心で必死に己を鍛え、冒険者や剣士として実力も身に付けた。しかし大切な姉が苦しむ姿を見ても、この夢の世界で身体の自由が効かないサミューは、何もする事ができなかった。


 無力なサミューを嘲笑うかのように姉を捕えるカゴは、冷たく堅牢に姉と自身の間に立ち塞がっている。姉はガタガタと震えながら軽蔑するように、涙で濡れた目でただこちらを見つめていた。


 姉はそんな目を家族へ向ける人では無い。頭ではそう分かっている。しかし捕らえられた事で変わってしまった人々も見て来た。何も出来ない自分を姉は憎んでいるかもしれないと考えると怖い。


 不安、恐怖、無力感、焦燥感、罪悪感――。


 それらがチクチクとサミューの心を刺し続け、姉が向ける軽蔑の視線を脳裏に少しづつ、だが確実に焼き付けていった。


 そのとき突然サミューは激しく揺すられ目を覚ました。ハッと目を開けると、ノルとチラがとても心配そうに覗き込んでいる。


「サミューさん、一昨日もうなされてたけど大丈夫?」


「サミュー、おでこに汗かいてるよ」


「…………俺は大丈夫だ。問題ない」


 サミューは、ハンカチで額の汗を拭おうとするノルの手をやんわりと払い、袖口でゴシゴシと拭った。全身うっすらと汗ばみ、前髪が額にペッタリくっ付いている。ひんやりとした空気がより一層冷たく感じられた。



 ♢♦︎♢

 

 

 翌日の昼過ぎにはストンリッツへ到着し、ダンマと別れた3人は、宿屋を探しながら街を見物する事にした。


 ストンリッツはルカミ山脈の西側の麓、標高が高い場所に位置する小さな街だ。山と森に囲まれたこの街は、周囲の街より一足早く冬景色が見られる。


 周囲に点在する湖には薄氷が張り、森の木々には雪が積もっている。そして山麓に佇む木造の家々の屋根はうっすらと雪化粧をしていた。

 

 また、ルカミ山脈を挟んだ先にはイータル共和国があり、国境に近い街でもある。標高が高い山々が連なり形成されたルカミ山脈の山頂付近は、1年のほとんどが雪に覆われているため、山越えは過酷だ。


 そのためストンリッツのすぐ近くにイータル共和国へ渡る飛行船乗り場がある。その飛行船は移動の手段でもあるが、周辺の景色を楽しむアクティビティとしても人気だ。


 木造のカラフルな可愛らしい家々、雄大なルカミ山脈、周辺の自然と絶景の揃ったこの街に一度は訪れてみたいと言う人も多い。


 3人で宿屋を探して歩いていると街の広場に出た。大勢の人で賑わう広場の1番奥では、今まさに建物が建てられている。ノルはそれを見るなり目を輝かせ、サミューの静止も聞かずに駆け寄った。


「わぁ〜やっぱり! この建物お菓子で出来てる〜!」


「おい、人が多い場所で急に走るな。逸れたらどうする」


 後から追って来たサミューが目を三角にしながら注意した。美人が怒った顔は通常、迫力があるものだが、今回はイマイチ迫力に欠ける。チラを肩車しているせいだろう。


「ごめんなさーい。あっ! あれ何だろう?」


 ノルはサミューのお小言が始まりそうな予感を敏感に感じ取り、サミューの後ろに見えた銅像を指さす。ノルの肩と同じくらいの高さの台座に乗った銅像は、等身大の人物よりも少し大きい。


 目と鼻を隠すようなお面を着け、腰から剣を下げていた。ゆったりとしたローブや服にできた皺、お面の装飾、剣の細かい細工まで緻密に表現されている。像の台座には"半日の英雄"と彫られていた。


「あれ? ファディックで街灯に火を点けてたおじさんのローブに似てるような……」


「うんっ、綺麗だったね!」

 

「言われてみればそうだな」


 3人でその像を見上げていると、近くのベンチに座っていたおじいさんが顔を上げた。


「おや、お前さん達この像が気になるのかい?」


「ええ、ファディックでこの像の服と似た物を着てる人に会ったんです」


 ノルが答えると白髪を短く刈り込んだおじいさんは、嬉しそうに目元に皺を寄せ頷いた。


「それは、英雄様の服を真似たんだろう。ファディックは英雄様が最初に奇跡を起こした場所だと言われているからね。少し長くなるけど、英雄様についての話を聞いてくれるか?」


「えっ、長っ……はい、聞かせてください」


 内心失敗したと思いつつ頷くノルを、サミューがちらりと見る。その目は『ほら見た事か』と言わんばかりだ。おじいさんはその様子を気にも留めず話を始めた。


「この像は、昔この街を災いから救ってくれた英雄様を模しているのだよ。昔この地で戦争が起こってね、兵隊や戦士は戦う事への恐怖心がまるで無く、戦いに歯止めが効かなくなったそうだよ。それにより無意味に血が流され、大勢の人が亡くなった。しかしその事を悲しむ人もまるでいなかったらしい」


 おじいさんはちらりと“半日の英雄像”を見上げる。


「そこへ現れた英雄様の神秘的な力で、皆が我に返った事で戦争は終結したのだよ。英雄様は僅か半日で戦争を終わらせると足早に立ち去ったため、感謝を伝える事も出来なかったという。その感謝を込めて先人が石像を作ったそうだ。この像は確か3代目だったかな」


「戦争って怖い、起こってはいけない事ね……」


 想像して身震いするノルにサミューは頷く。


「本来感じるべき恐怖を感じる事が出来ないとは。恐ろしいものだな……」


「だけどこの人えらいねー!」


 像を見上げるチラが発したひと言に、おじいさんは深く力強く頷いた。


「だろう? こちらの英雄様は甘い物が好きだったそうでね、それにちなんで毎年終戦のこの時期にスイーツフェスティバルが開催されるんだ」


「えっ、スイーツフェスティバル!? だからあそこでお菓子を使って建物を作ってるんですね! どんなお祭りなんですかっ!!」


 食い気味に聞くノルに、周囲にいた人々が驚いたようだった。ノルは我に返り、キョロキョロと周りを見渡し赤くなる。


「5日後だよ。当日、広場はお菓子の出店でいっぱいになる」


 言われてみれば広場の至る所に出店用だろうか、木の柱や折り畳まれた布が沢山置いてある。スイーツフェスティバルの気配を感じたノルは、ソワソワしながらサミューに聞いた。


「急ぐ旅じゃないし、あと5日。あと5日だけこの街にいたらダメ? サミューさんだってここのお料理は美味しいって言ってたし困らないよね? それに綺麗な景色を見て観光してたら5日なんてすぐに過ぎるでしょ? ねっ、ねっ?」


 ノルの必死な様子にサミューがクスリと笑う。


「ああ、これは急ぐ旅では無かったな。ただし5日分の宿代と、スイーツフェスティバルで食べ歩く代金を稼がなくてはならないぞ」


 そんな話をするノルとサミューをおじいさんが見つめている。サミューの言葉にノルは激しく頷いた。


「うんっ、うんっ! そうと決まれば早速宿屋を探して作戦会議をしなくちゃ!」


 それを聞いておじいさんは目をキラリと光らせた。


「それは厳しいんじゃないかな? スイーツフェスティバルは5日後だからねぇ。どこの宿屋も予約でいっぱいだと思うよ。そこで提案なのだが、わしの買い物を手伝ってくれたら良い宿屋を紹介してあげよう」


 如何にも怪しい提案に、サミューは胡乱な視線をおじいさんへ向ける。しかし、おじいさんはどこ吹く風と言った様子でノルの肩を叩き、街の高台を指さした。


「わしはペンションを営んでいるんだが、街のかなり上の方にあってね。見えるかい? あそこのオレンジ色の屋根のペンションだ。婆さんの料理は絶品だし、見晴らしも抜群なんだが……。唯一の欠点がお客さんに見つけてもらえない事でなぁ」


 ノルとチラは目を輝かせる。

 

「わぁ〜サミューさん、ぜひお手伝いして泊めてもらおう? ね、良いでしょ?」

 

「ボクもあそこがいい!」


「あ、ああ……」

 

 サミューはノルとチラに押し切られるかたちで頷いた。


【See you next time!】

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